第62話 お手伝いさん現る

 マツカゼが顔にダイブ。ハマカゼが腹にダイブ。というか、ほぼ全身覆われてる。


「うぐおお……お前たち……おはよう……」


 ハマカゼはもともと大型だが、すくすく育ったマツカゼもさすがに顔はきついとわかった。


「手加減を頼む……」


 小屋に突撃してきた二頭の狼は、俺が起きて顔を撫でてやると、うろうろと足元を忙しなく走ってから外へ飛び出していった。


 あいつらの厩舎も、早く完成させてやらないと。





 朝風呂を浴びてさっぱりした頃合いで、ラスリューとアイレスがやってきた。

 それと、今日はまだ数人いる。


「総次郎殿、彼らがお話ししていた奉公人の先陣です」


 ラスリューが紹介してくれたのは、統一感のある和装をした一団。


「みんな額に角が」


「鬼族ですから」


 先陣の鬼は五人。筆頭はゼンという名前の鬼だった。壮年の男性で、髪には白髪が交じりながらも、太い首筋と厚い胸板から筋骨隆々とした彼の体躯が分かる。


「俺は戦士です。他の三人で簡単な野営地を作ります」


「三人? もう一人は?」


 なお、ラスリューから事前に、彼らは奉公人だから敬語など使わないでやってくれ、と頼まれている。

 そのほうが彼ら自身も楽だろうとのこと。郷に入っては郷に従うしかない。


 最近俺にアドバイスをしてくれる偉い人のいうことは、素直に聞いておいた方が楽になることばかりなので。


「アイレス様のお世話役になります。あれを残していくので、ソウジロウ様のお役に立てればと。なんなりと使ってやってください」


 とのことだった。


 そして四人はラスリューの手振りでそそくさと下がっていった。彼らは大荷物を抱えている。その荷物を持って、予定地である湖に行くらしい。


 そして、残された鬼の女性が、改めて俺に向き合った。


牛頭鬼ごずきの、コマです」


 とても背が高い女性だった。

 ミスティアも高身長だが、コマは俺より大きい。一九〇くらいはありそう。


「でっっっっか!!」


「挨拶中に失礼よ」


 千種が叫んで口をあんぐり開けているが、ミスティアが手で塞いだ。ありがとう。


「牛頭鬼、ですか?」


 首をかしげると、ラスリューが近寄ってきた。


「ええ、ウシのように大きくて頑丈で、我慢強い。この血が発現する者は珍しいのですよ。鬼族がみんなこのように大きいわけではないですから。同じくらいの大きさだと、馬頭鬼めずきのマコくらいですわ」


「あ、そうだったんですか」


 大きな体つきに、しっかりした体幹。額からは角が生えていて、赤い目をしている。そして、下向きに垂れた尖り耳。

 なるほど、鬼っぽいところも牛っぽい角もある。


「では、コマ。ご挨拶を」


「なんでも、言いつけてください。ソウジロウ様」


 少しハスキーな声でそれだけを言って、コマの挨拶は終わりのようだった。

 いろいろ特徴はあるが、種族を無視した見た目だけで言うならば、栗色の髪で、切れ長の目じりをした物静かな女性である。


 と、その肩にひょいっとアイレスが飛び乗って腰を下ろした。


「ほらほら、手土産を渡さないと泣き崩れるの。あれがコマなんだよね。でもって、コマはボクのお世話係」


「泣いては、いません……まだ」


 そして意外な追加情報。

 なるほど。アイレスが入り浸っているから、いっそお世話係も連れてきたのか。


「あ、食べるのが好きなんですか?」


「……お恥ずかしながら」


 ちょっと頬を赤くして、切れ長のまなじりの目を焦ったように横へ逸らす。


「鼻と舌が敏感なんだよ。他の鬼はちょっと腐ったものも気にせずかじるけど、コマは涙目になるから」


 アイレスが、自分より大きな鬼をつつき回しながら、そんな紹介をしてくれる。

 なるほど、そういうことなのか。


 同じ扱いしていいのか分からないけど、確かに牛も鼻が利くし、牧草の状態や種類で乳量変わるしな……。


「それなら、ご飯の手伝いって、してもらってもいいですか?」


「もっちろん。そのために連れてきたもん」


「なんでもします」


 紹介のやり方を考えるに、たぶん最初からそういうつもりで連れてきたと思われる。こういう時に、ラスリューは意味の無い紹介はしないはず。

 そして、実際それは俺のやりたかったことでもある。素直に受け取ることにした。


「助かるよ」


 ……しかし、大丈夫だろうか? 人に教えるなんて、したことないんだが。




 とりあえず様子見代わりに、潮汁を作る。


 とてもシンプルな汁物だ。砂を吐かせておいた貝から出汁を取って、少しの香味野菜と塩で味付けする。具に海藻も入れておく。海岸で拾ったアオサっぽいやつ。


 味見をしてみると、貝類の出汁と海藻の持つ旨味が合わさって、なんだかほっとする味わいになった。

 味噌とか醤油とかがあれば、もっと深みが出せると思う。でも、肉厚の貝が具として鎮座しているので、これはこれで十分とも感じられる。


「少し味見してみて」


「はい」


 こっくりとうなずいたコマが、慎重な手つきで汁を取った小皿を両手で受け取る。小皿には小さく切った貝と、少しだけアオサが入っている。

 ゆっくりと顔を近づけて、


「すぅー…………ふぅぅ…………」


 真剣な顔つきで湯気を嗅ぎ取り、大きく息を吐いた。


「……極上の香りです…………」


 ぽっ、と頬を赤くしている。

 それからようやく、口にする。ちなみに箸は使えるらしい。


「っ~~……お、美味しいです……本当に……」


「それは良かった」


 出汁を噛み締めるように、目を閉じて唇を引き結びつつも、口元をむぐむぐと動かしている。

 本当に食べるの好きそう。


 塩と貝出汁だけのシンプルなものを、これほど味わってくれるというのは喜ばしい。

 というのも、シンプルなのでほぼ素材の味を楽しむものになる。ここで美味いまずいはあまり分かれない。

 ただし、凝った料理が好きなのか、それとも食べるのが好きなのかは、だいたい反応が分かれる。これは食べるのが好きなタイプ。


 ……目が釘付けだからなー。


 味見の分を食べ終えてしまい、じっと鍋を見つめている。

 とても名残惜しそうだ。


 と思ったら、


「ソウジロウ様。お米、もう炊けます」


「え? あ、ほんとだ」


 鍋で炊いていたお米が、菜箸を当てても静かだ。炊きあがっている。

 かまどから鍋を移そうとしたら、ぬっと出てきた手が鍋をがっしりとつかみ上げた。

 素手だ。


「だ、大丈夫なのか?」


「はい。鬼、なので」


 そういうものなのか?


 すっと火から下ろした鍋を、なにも言わなくても蓋を開けずに置いておいてくれる。

 そしてすんすんと匂いを嗅いでいる。


「このまま蒸らし、ですか?」


「そうして」


 米は火が通ってから蒸らしの時間を置くと、炊き上がりが良くなる。そんなことは基礎知識、とばかりの動きだ。


 本当に世話係として、手慣れているらしい。


「普段は、どのくらい蒸らしてる?」


「……良い匂いになるまで」


 すごい回答がきたな。熟練にも程がある。いや、能力なんだろうか。


「蓋は閉まってるけど」


「大丈夫、分かります」


 蓋には小さい蒸気穴が空いている。それだけで十分ということだろうか。


 と、感心していたらハッとした顔でコマが振り返ってきた。


「……ソウジロウ様の炊く匂い、覚えた方がいいですか?」


 俺がやるいつもどおりの味を覚えた方がいいか、ということだろうか。


「いや、食べてみたいから、任せるよ」


 作ってる人が炊いたお米を食べてみたい。

 そもそも、いつも俺が調整しているタイミング、というのは実はあんまり無いし。他が用意できるまで、放っておいてるのが俺の蒸らし時間だ。


「はい。分かりました」


 コマは静かに力強くうなずいてくれる。

 どうやら思った以上に、頼もしい料理人が来てくれたらしい。これはプロの顔つきだ。


 教えられるか、なんて不安に思う必要は無かったようだ。

 この分なら、きっと横で見ているだけで、すぐに覚えてくれるだろう。食べたことはあるけれど、時間がなくて再現できていない料理も、いろいろとある。

 一通りの料理を見せられたら、そういう料理の再現も、ちょっとお願いしてみたい。


 もちろん、俺が自分で作るのもやめるわけではない。楽しいので。

 でも、やりたいことがもっとやれるようになる。それは素直に歓迎していこう。


 朝ごはんに食べたご飯は、粒が揃った良い炊き上がりをしていた。

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