第61話 お引っ越しの相談
帰ってきて最初に取りかかったのは、放牧場に併設した犬小屋の増築。
今後増えてもいいように、厩舎にした。
マツカゼたちブラックウルフは魔獣なので、雨風がしのげればよほど大丈夫とのこと。
放牧場の近くに厩舎を建てていく。
地面を少し盛って押し固めて床にして、切り出した石を置いて『固定』しておくことで簡単な基礎にする。
大きく作って仕切りをしていくので、余った部屋は倉庫にしよう。
最初はマツカゼとハマカゼの二頭が入ればそれでいい。
遊んだり、走ったりは外でやってもらうとしても、窮屈すぎてもかわいそう。馬くらいのサイズには育つらしいので、馬房くらいの広さにしておいた。
まだまだ中型の成犬を超えないサイズのマツカゼには、大きすぎる広さ。
しばらくこっちに居るのは、ハマカゼだけになるかもしれない。
「すまないな」
建設中に建設現場に遊びに来たらしいハマカゼに謝ると、首を傾げられた。ちなみに今は一応ギリギリ入るマツカゼの小屋で、二頭とも一緒に寝ている。
「ハマカゼのおかげで、狩りもだいぶ楽になってるわ」
とは、ミスティアが言っていたこと。
マツカゼに仕込んだ技はポイント──獲物を静かにマークするということだった。ちなみにまだ幼犬のマツカゼより、聴覚はエルフの方が上らしい。こわい。
いずれ成長したら自然とほかの技も覚えていくだろう、というところで。
しかし、ハマカゼのおかげで、マツカゼも狩猟が遊びではなく本気の気迫が出てきたとか。
野生で暮らしていたハマカゼの狩りの集中力が、マツカゼに良い影響を与えてくれたということだろう。
逆に、ハマカゼもミスティアを信じて動くマツカゼの信頼感が、狩りのリーダーが誰かを教えてくれたという。
「ウルフエルフ……」
「変なこと言うのはこの口ね?」
「あっ、ごごめんなひゃいぃ……!」
千種がミスティアに責められている。
マツカゼ、だんだん逞しくなっているのか……。
「もしかしたら、すぐ大きくなるかもねー」
厩舎の完成が急がれるだろうか。
「マツカゼ、早く作ってやるからな。……でも、もうちょっとゆっくりでもいいからな?」
膝上でころころしてお腹を見せてくるマツカゼに語りかけると、黒い毛玉は目をぱちくりさせて伸びていた。
まあ犬はすぐ、大きくなるものだ。仕方ない。
「実は、こちらからお願いがあるのですが、よろしいですか?」
「いいですよ。なんですか?」
「この森に移住したい者たちがいます。総次郎殿から、許可とお力添えをいただきたいのです」
「移住?」
ラスリューから言われた話に、少し戸惑う。
この森は広いし、俺が統治しているわけではない。勝手に住み着いている俺が、勝手に許可とかそういう話をして、いいものだろうか?
「アイレスがこの土地をとても気に入ってしまいました。もちろんヒリィちゃんと、貴方のことも。ですから、近くに住みたいのです。傘下に加わると、そう思って頂いても構いません」
「毎日通ってきてますからね、アイレスは」
住処まで変えてしまうとは。いいんだろうか。
しかし、アイレスはこれまで毎日通いだったが、ご近所になるとまで言うなら、飛竜の飼い主である俺に話が来るのも分かる。
「つまり近くに住みたいけど、目的がこの拠点とご近所さんになることなんですね。引っ越しするってことですか?」
「はい」
「今でも毎日通ってきてるし、俺はいいと思いますが……」
大変そうだが、まあそんなに変わらないのでは?
とかのんきに思っていた俺だが、
「しかしそうなると、我々の奉公人たちもまた連れてきてやらねば、忍びないのです」
「奉公人」
おお、なんか皺くちゃのおばあちゃんくらいしかもう口にしないよ。奉公とか。
「はい。私たちは天龍族ですから、それ相応に仕える者たちもいますので。土地も奉公人も、いちおう他の龍に譲ることはできるのですが……できれば、連れてきてやりたいと思っております」
あれ、俺が思ったより大きい話かもしれないなこれ?
「私たちに時折分けていただけるお食事などをお土産にすると、喜んで飛び上がっているのです。置いて移住してしまうと言えば、絶望して二日は泣き崩れて動かなくなりそうな者もおりまして……」
「そんなことになってるんですか!?」
「はい。アイレスが毎日帰ってくるたびに、なにか手土産はないのかと、おこがましくも期待することを恥じておりました」
「わあ」
かわいそうだが、嬉しくもある。自分が作ったものを、そんなにも喜ばれているとは。
ちょっと顔がにやけそうになる。
「とはいえ、私どもも大勢で押しかけたいというわけではありません。ここの下流に、大きな湖がありました。そちらの畔で小さな屋敷を置いて、畑を拓いていきたいと考えております」
「そういえばありましたね。なるほど、あそこなら遠くも近くも無さそうな」
「はい。その折には、総次郎殿のお力をお借りしたいのです。森を伐り開くのに、私の力では焼き払ってしまうしかできません。それでも開拓はできますが……あまり、優雅ではありませんから」
「それは確かに」
なるほどな。ということは、伐採や製材などを期待されているということか。うーむ、傘下に加わるとまで明言しているのは、俺がラスリューの上に立つぐらいの気持ちで考えてくれということだろう。
実際にそんなことはないとしても。
それは正直、あまり望んでいるわけではないけど……。
問題なのは、飛竜やマツカゼ・ハマカゼといった、面倒を見る相手が増えていることだ。
正直なところ、人手があると助かる。いや、彼らが手間がかかるとか、そういうことでもないんだが。
ただ、マツカゼが相棒を迎え入れて良い変化があったように、ミスティアや千種のような超人的人物ばかりがいるだけでは、俺の手や意識も鈍ってしまうかもしれない。
それに、ラスリューが連れてくる者たちだ。最悪でも、彼女がちゃんと取り仕切ってくれるだろう。
赤ちゃん言葉を使ってヒリィを可愛がるばかりが天龍族じゃないはずだし。
「……もちろん、お礼はいたしますよ。それに、奉公人たちは、きっと総次郎殿を喜ばせることもできますから」
「俺を?」
「あら、お分かりになりませんか……?」
ラスリューが妖しげな笑みを浮かべて、俺の手を握る。
触れるか触れないかの儚い距離で、細い指が手の甲を撫ぜ回してきた。
「私たちは、傘下に加わるのです。どんな奉公をさせても、よろしいのですよ……?」
「ラスリュー、それは──」
あまりよろしくない想像が脳裏に浮かぶ。
反射的に顔をこわばらせた俺に、あくまで優雅な態度を崩さず、ラスリューが微笑みながら告げた。
「たとえば……お・こ・め、などですね!」
お こ め。
「……お米? あ、そうか」
ラスリューから、たびたびお米をもらっている。
それは彼女が自分で作っているようには思えない。
「はい。奉公人が米作りをしておりますから。ここでも作りましょう。お裾分け……いえ、いっそ田植えをこちらの拠点でやる方が、総次郎殿の好みでしょうか?」
ニコニコしながらそんな提案をされた。
……確かに、願ったり叶ったりだ。
ラスリューの引っ越しを手伝うだけで、近くに信頼できる相談相手ができるとも言える。農業やその他の。
「もちろん、全員に人間と友好的に接するように取り仕切りますから。私が。天龍族ですので」
むしろ、こちらからお願いしたいような条件だ。
しかし、
……
ちょっと意地悪なやり取りは、そう思わないでもない。
「分かったよ。よろしく」
お米のために、俺はうなずいた。
「いえいえいえ、こちらこそ。総次郎殿がハマカゼをお迎えしたので、これから人手を増やしたくなるかもと、時機を狙っておりましたから」
まあ確かに、飛竜も魔狼も増やしたせいで、獲物の解体がわりと大変になってた頃合いなのだ。狩りが順調で、食べる役も増えたから。
厩舎の完成が遅れていたのも、そういう雑務がいろいろ重なってきたところもある。
ラスリューは、俺が思った以上にちゃんとしていたようだ。自分の要求を通すタイミングを、きっちり見据えていた。
「……降参だ」
「名誉挽回です」
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