第七章

第60話 名付け親になってた

 森で一夜を明かして、拠点に戻ってきた。

 大きい放牧場を作ったので、空から見るとけっこう見やすい。

 とはいえ、やはり森の方がまだまだ大きいので、そこそこ近づかないとわからないのだが。


「ただいま」


 もす、と頭に乗っかってきたムスビを撫でる。

 平和だ。


「飛竜ちゃんいないな……」


 アイレスがぽつりと言う。そういえば、放牧場に降り立ったのに飛竜の姿が無い。小屋の中にも。どこかに行ったんだろうか?


「ラスリューが面倒見てくれてるはずだし、心配はいらないと思うけど」


 ラスリューはこんな破天荒娘の親をしているとは思えないほど、しっかりしている。物腰落ち着いていたし、なにしろ飛竜に会いたいという気持ちを我慢して、贈り物のことを考えていたらしいから。


 付き合いのことをまず考えるあたり、セデクさんと同じく貴種なのだろう。アイレスはちゃんと親を見習ってほしい。


「心配なんてしてないけど会いたい! 一日ぶりの飛竜ちゃんに」


 純粋にそういうやつか。


「ムスビ?」


 頭の上の賢いお留守番に訊くと、すぐに前肢で方向を教えてくれた。


「あっちらしい」


「行こう行こう」


 運んでくれたこともあるので、アイレスをとりあえず優先してあげることにした。


 ムスビを頭に乗せたまま、指し示す方へと向かう。どうやら川のほうだ。


「ラスリューも飛竜と一緒にいるはずだけど、水遊びでもしてるのかな」


 ラスリューが魔物に襲われるところで、飛竜を放っておいたりしないだろう。


「パパ様に話したいことあったし、ちょうどいいよ」


 ムスビが頭に乗ってるからか、アイレスは俺の手にぶら下がるように抱きついてついてきた。


 拠点は手狭ではないが、広いわけでもない。

 少し歩けば川辺に着く。


 そこで、飛竜がひっくり返って寝ていた。


 日差しが降り注ぎ、その陽気で温まった川岸には、ほどよく熱を持った石がごろごろ落ちている。飛竜のサイズと皮の厚さなら、それもまた床暖房のベッドみたいにはなるんだろう。


 それはとてもわかるんだが。なんて無防備な。


 しかし、


「ヒリィちゃーん、おねんねでちゅかー? きもちいーでちゅねぇ。ちゅーしちゃいまちゅよぉ~」


 もっと無防備にしている人物がそこにいた。

 猫撫で声で、ささやくように飛竜に語りかけている。赤ちゃん言葉で。


「パパ様ー! ただいまー!」


 アイレスがその背中に叫ぶと、フリフリ振っていた尻尾が逆立ち、動きが止まった。赤ちゃん言葉も。


「……あ、あら、おかえりなさい。ソウジロウ殿。少しヒリィちゃんの……飛竜の世話をしていて、お出迎えもできず申し訳ありません」


 ラスリューは微笑みをたたえて、何事もなかったかのように応対してくる。


「名前つけたの? ヒリィちゃん? わーいヒリィちゃーん! 寝てるところも可愛いねぇ」


 アイレスも何事もなかったかのように──いや、もしかすれば、


 ……飛竜を前にすると、いつもあんなものなのか……?


 常習犯の可能性が出てきた。


 アイレスがぺったぺったと首周りを撫でる。飛竜がうるさげに目を薄く開き、寝返りしてアイレスからそっぽを向いて丸まった。


「あー……ヒリィ?」


「はい……『飛竜ちゃん』と呼んでいたら、その感じで名前を覚えてしまったようでして……仕方なく……」


 どれだけ呼んだんだ、それは。


 アイレスの飛竜好きは、親のラスリューをしっかり見習った結果だったのだろうか。

 ちょっと認識を改めないといけない。


「じゃあまあその名前で育てますか……」


「すみません……。あの、またお詫びをなにかしますので……」


 お互いにちょっと気まずかった。

 なんというか、バイクの運転をしながらノリノリで熱唱しているドライバーと、信号待ちでその歌声につい振り返って目が合ってしまった時のような。


 別に悪いことじゃないので、堂々としていてほしい。こちらにとってもなんだかばつの悪さがある。


「あー……こちらこそ、遅くなってすみません。出ている間になにか変わったことはありましたか?」


 大人の対応で切り替える。

 すると、意外なことにラスリューは頷いた。


「実はありました。マツカゼには、もう会いましたか?」


「そういえば会ってないですね……」


 お出かけから帰ってくると、ムスビと同じくらいすばやく出迎えてくれるマツカゼが、今回その顔を見せてない。言われてみれば、ちょっと変だ。


「彼には出会いがあったんです」


「出会い?」


 首を傾げてしまう。


「お兄さーん!」


 千種が呼ぶ声がする。振り返ると、


「マツカゼ増えてましたよー!」


 リボンをしているブラックウルフのマツカゼと、見覚えの無い顔をしたマツカゼと同じオオカミがそこにいた。


「……マツカゼまで」


 増えるのは、ウカタマだけではなかったようだ。





 ハマカゼ、と名付けておいた。

 特に意味は無い。マツカゼがいるので、分かりやすく松と浜でなんとなくペア感無いだろうか。無いかもしれない。


 ともあれ、ハマカゼを見つけてきたのはマツカゼらしい。拠点の近くで他の魔獣に追われているハマカゼを察知して、助けに行ってしまったらしい。

 世話役を請け負ったラスリューとしては、マツカゼに加勢してハマカゼを助ける他はなかったと。


 それは納得。おそらくラスリューが放っておいても、ムスビが助けただろう。

 怪我をしたハマカゼに一晩中寄り添って、マツカゼはすっかり拠点に迎え入れていたらしい。


 メスのブラックウルフのハマカゼは、マツカゼより体も大きく一歳くらいは年上だろうとのこと。

 傍目に見てもハマカゼはマツカゼと、とても仲良くなっている。今更引き離すのもかわいそうだ。


「マツカゼ、お手!」


 ささっと手を出すマツカゼ。それを見るハマカゼ。


「ハマカゼ、お手!」


 マツカゼの真似をしてお手するハマカゼ。


 ……やっぱり賢いなー、魔獣。


 どうやらハマカゼも、俺に対して敵意が無さそうだ。というか、言うことを聞くあたり、マツカゼがすでに親代わりとして教えているのかもしれない。


 これならいいかな? でもなー、どうしようか……そうほいほい無責任に増やすわけには……


「よーし、マツカゼただいまー!」


「終わりましたよー」


 荷物の整理を終えて、ミスティアが向こうで手を広げた。マツカゼは喜んで走りだした。


「あ」


 やっぱり真似して、ハマカゼも走り出した。


「やったーマツカあれ、そっちはだれー!?」


 マツカゼが勢いよくエルフに向かって、思いっきりジャンプする。マツカゼの体をキャッチして、ミスティアが困惑している。


 ハマカゼも全力で跳んだ。ただし、ハマカゼは鹿よりでかい超大型犬サイズである。

 しかし幸いにも、マツカゼを抱きしめるミスティアではなく、手の空いていた千種の方にジャンプした。


「ぐえー!!」


 女子高生の悲鳴が響く。


「……よし」


 その光景を見て決めた。結局、ハマカゼも拠点の仲間に迎え入れるしかあるまい。

 犬は好きだし、名前をつけてる時点で俺の心の底はそうなってたんだろう。


 地面に転がった千種を不思議そうに見ているハマカゼの姿に、俺はブラックウルフを増やす決意をしたのだった。

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