第59話 もの作りをシンプルに

 石で囲んだ焚き火の周りに集まりつつ、ミスティアに今日あったことを話した。


「友好の話に、海魔退治かー……ソウジロウはどこに行っても、大人しく終わらないのね」


「俺自身は大人しくしてるんだけどな……」


 それよりこの世界が、人間以外の理由でもトラブル多いんだと思う。


「セデクさんの話はもっともだし、それであの町の人が安心するなら引き受けようかなって思ってる」


「それなら今度は、私も一緒について行くわ。約束を守るための、エルフの祝福をかけてあげる。英雄が王様と約束するときは、エルフに頼むと間違いなしって評判なのよ」


「大げさなことはしなくていいんだけど、ついて来てくれるのは正直助かる」


 特権とかいろいろ言われたけど、俺としては普通にしてほしい。

 とはいっても、むしろ『これが普通だが?』と返された時には、なにも言えなくなる。そのあたり、やっぱりミスティアにお願いするのが一番だと思っている。


「頼りにしてます」


「まっかせて」


 胸を張って請け負ってくれるミスティアが頼もしい。


「……でも、ずいぶん懐いたわね、アイレス」


「海に行ってから結構……」


「え? ボク? ソウジロウくんの飛竜になるね。いっぱい乗って?」


 背中から顔を出してきたアイレスが、そんな宣言をしてくる。


「それもよくわかんないんだよな……」


「むしろ乗られてるものね」


 ずっと背中にぴったり張りついてるアイレス。謎である。


「海っていったら、さっき話してた海魔退治よね」


「特に珍しいことはしてないけど……」


 アイレスに頼んで海魔の正面に下ろしてもらって、長柄のハンマーにした〈クラフトギア〉を足場にして着地した。

 〈クラフトギア〉を使っていて、手が痛くなったことはない。手応えはちゃんと感じるが、それ以上は返ってこない。つまり、反動を感じていないということである。

 なのでハンマーの頭に足を乗せて着地しつつ、海面を『固定』して足場にした。その後は、いつものようにハンマーを投げただけ。


「人間だって、爆弾が好きな人間だっているじゃないか。ボクもそういうタイプなんだよね」


「爆弾……?」


 俺はそういうのじゃないが?


「天龍族の印象がどんどん崩れていくわ……」


 ミスティアは複雑そうな顔をしている。


「んー……こう? いや、こう?」


 ちなみに千種は、手をあれこれ組み合わせて新しい技を作ろうとしていた。


「あれに対抗できるくらいの〈須刧まっこう〉で怪獣大決戦になっちゃうと、漁船が助からなかったし……」


「千種も割と爆弾みたいなものだと思うけど?」


 むしろ俺よりも。


「千種はなんかヤだ」


「喧嘩売ってる……?」


 にらみ合う魔法使いと天龍だった。仲がいいやら悪いやら。


「ソウジロウはこれからちょっと大変ね」


「なにが?」


「友好の証。作らないとでしょ」


 そういえばそうだ。


「漠然としてて、ちょっとわかんないんだよな。それ」


「一番いいのは美術品よね。美しさで目を引いて、説明に興味を持ってもらうの。これを作ったのはどんな人なんだろう、どんな風にここに来た逸品なんだろう。そう思ってもらえるようなのなら、一級品よ」


「それはちょっと……」


「自信が無い?」


「正直そのとおり」


 肩をすくめて肯定する。ミスティアはくすりと笑った。


「大丈夫よ。どうしてもダメだったら、他の方法があるから」


「どんなのが?」


「森で大物を探して、魔石と剥製を贈るのよ」


「魔石なら、今日倒した海魔のやつがあるけど……千種、海魔の魔石って出せる?」


「あっ、どうぞ」


 ビールケース二箱くらい積み上げた大きさのある魔石が、いきなり現れて焚き火の灯りを乱反射した。


「これはこれですごい価値があるけど……三百年以上の大魔獣ってとこかしら……。亡骸はどうしたの?」


「そのまま沈んじゃったからな……。あ、でも腕だけ切り落として、村の人にあげておいた。セデクさんに話しやすいかと思って」


「そうなんだ。それきっと、伝説になるわね……」


 そういうものだろうか。


「そっちで伝説になってるなら、魔石を渡しても友誼の証に海魔を倒したってことで、通ると思うけど」


「……ちょっと野蛮だよな」


「それはそうね」


 やっぱり、ミスティアの言うとおり美術品を渡すのが一番良さそう。


「〈クラフトギア〉でなにか作って贈ろう」


「うん、それがいいと思うわ」


 結局、最初に出た結論に戻った。まあ、話し合いでよくあることだ。


 ……しかし、贈り物と思うとなんだか緊張するな。


 ブッシュクラフトは、実用品と俺の手遊びくらいのものしか作ってない。改めて人にあげるものをと考えると、なんだか怖い。


 これがモノを作るということか。うーむ。


「私はソウジロウが作るものなら、間違いないと思うから。家だって椅子だって、心が篭もってたもの」


 俺よりずっと自信満々に、そんなことを言ってくれるミスティアの笑顔。

 そこまで言ってもらえるなら、


「……エルフの審美眼を、信じてみようかな」


「あら、私の手柄にしてくれるんだ?」


 誇らしげにすら見える顔で言ってくれたエルフの言葉で、俺の中で創作意欲が上向いてくる。

 我ながら単純だ。

 けれど、それでいいだろう。俺はシンプルな生活がしたくて、この森と生活を選んだのだから。


「やってみるよ」


「頑張ってね」


 森の中で俺はミスティアとうなずき合ったのだった。


「うーん……〈芭蕉ばしょう〉」


「うわあー!?」


 ズドン、と暗闇の中をぬめぬめと光るなにかが飛んで木に刺さった。アイレスが悲鳴を上げてる。


「よし。飛び道具、これにしよ」


 びちびち暴れる一つ目のなにかを満足げに見る千種だった。


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