第56話 長いお付き合い
「代金の話だがな。貴殿が物々交換しか望んでおらんので、各地から珍しい野菜だの薬だのを、手当たり次第にかき集めておいたわ」
「お手数かけます」
「まったくだ。辺境に来たはずが、貴族とでも商売しているような気持ちになる。売る物も買う物も、商いのやり方もな」
ドラロさんがやれやれという顔をしている。なにかが書き連ねられたリストを差し出してきた。
「こいつが品目の帳簿だ。この中から持って選んでもらおうと思っておったが、〈黒き海〉が仲間なら全部持って行けるだろう。できればすべて受け取ってほしい」
「そんな大雑把でいいんですか?」
「エルフの流儀に合わせるとも。だいたいこれで、前回分になる。今回分は後々に、とな」
どうやらエルフというのは、細かい帳面より付き合い方で商売相手を決めているらしい。
なるほど。貴族の相手みたいだ。
「俺からも、ソウジロウ殿に買ってほしいものがある」
ずいっと、セデクさんが身を乗り出してきた。
「というより、買う準備をしてほしいもの、か」
「いったいなんですか?」
「友好条約だ」
にかっと笑いながら、わりと奇妙なことを言われる。
「……条約?」
「まあ難しく考えてもらわなくてもいいんだが。天龍族の来訪で、町はパニック寸前だったのだ。今まで森から来るのは、恐ろしい魔物ばかりだったからな。幸福をもたらすものが、そこにいるとは思わなかった。だからだ」
「なるほど」
襲撃と思われたわけか。
「であるから、個人としてではなく、ブラウンウォルスが町として存続する限り続く、約束を結びたい。町人の安心のためにな」
「うーん。そう言われると、こちらとしても、誤解されないようにはしたいですけど」
「だろう?」
「それは助かりますけど……具体的にはどうするんです?」
「こちらからのお贈り物とそちらからの贈り物を交換し、堂々と飾っておきたい」
うん? なんだか意外なことを言われたな。
「それどうするんですか?」
「人に見せるのだ。お互いの間には友好的な約束があり、その象徴としてこれを預かった。そう説明するためにな。正式な文書も作る必要はあるが、大事なのはむしろそちらだ」
なんだか本当に条約を結ぶみたいだ。
俺は森の奥でのんびり住んでるだけだ。わざわざそこまで大がかりなものを用意しなくても。
「大げさじゃないですか……?」
俺がそう言うと、セデクさんは苦笑いした。
「俺もこう見えて貴族であるからには、儀式と伝統を守る必要があるのだ。十年やそこらでは、儀式も伝統も役に立たなくて済むと思う。しかし、そのさらに先まで今と同じ関係でいるには、伝統を利用するのが一番良い」
「そんな先のことまで考えたお話だったんですか」
そっちの部分がむしろ貴族らしい。十年やそこらは食うに困る心配は無いからこそ、その先を考えられるということだ。
「うむ。そうすれば、正式に市壁を無税で通行することができる。町人となにかあれば、領主に押しつけて良い。他にもいろいろと、特権をつけておく」
ずいぶん大盤振る舞いに聞こえる。
「こちらの守る条件は?」
「町に対して、友好的でいてくれること。それだけだ。お互いを尊重し、対等な関係で平和共存を望むという約束をしている仲であればそれでいい」
たったそれだけ? 俺としては、特にデメリットもない。でも一応聞いておこう。
「えーっと、もしも、それを断ったらどうなりますか?」
「気長に説得させてもらうとも。ただし、次に貴殿が来訪した時には、気をつけてもらわねばならん」
セデクさんはいきなり、真剣な顔つきになった。
やっぱり友好条約を結ばないと、なにかあるんだろうか。
「もしかすれば……俺がせっかく買ったモスファーを、伝統的な贈り物の一部として主張できずに、王族に取り上げられて泣いているかもしれんからな! 恨むぞ!」
「私利私欲ですか!?」
「尻の欲だけにな! がはは!」
まじめだと思って損した。
「領主がバカですまぬ。だがまあ、儂も賛成だ。免税特権というか、要するにツケの覚え書きとでも思ってくれていい」
領主の頭をぱしりと叩いた商人さんからそんなことを言われる。
「分かりました。で、最初に準備しろって言ってたのは贈り物についてですか?」
再びセデクさんに確認すると、領主様はうなずいた。
「それもあるが、もう一つ。こちらはブラウンウォルスという家名と領地にかけて約束する。そちらも同じように、個人ではなく、開拓地のものとして約束してもらいたい」
個人としてではなく、か。
……そういうことなら、俺だけで決めてはいけないかもしれない。
「だったらミスティアにも相談しないと……ああ、なるほど」
そこまで聞いて、ようやく合点がいった。
「俺が連れてきたアイレスとかにも、ちゃんと大人しくしててほしい。そういうことですか?」
「そういう約束があると主張できる、ということだ」
なるほどなー。
空を飛ぶアイレスの姿は、確かにかなり威厳があった。ラスリューの姿は見ていないが、アイレスによれば、もっと大きいらしい。
「大げさに聞こえるかもしれないし、まあ、俺の欲望が入っていることも認めよう。しかしな、便利でもあるんだぞ」
「便利?」
なにかに使えるということだ。
「領主として言わせてもらうと、ソウジロウ殿についてくる者はまだまだ増えるだろう、という予感がある」
「予感ですか」
俺はそんなにもたくさんの人を世話できる自信は無いけど。
「その時に、人間との約束を守る気が無いなら無理だ、と一線を引くのに使えるのだ。これは無論、俺も他の貴族に対して言える。約定がある、とな」
「なるほど……」
思い返せば、ラスリューやアイレスなどの人外が理性的だったからといって、こちらと同じ常識でいるわけではない。
守るべき確認事項があれば、そこを手がかりにできる。
受け容れるか否かの説明が、格段に楽だ。
それに、俺自身のこだわりや思いつきでもないので聞きやすい。
セデクさんは思ったより、ちゃんと領主だったらしい。そんなこと思いつきもしていなかった。
「というわけで、お互いのためになる話だ。どうだ?」
「持ち帰って前向きに検討しますよ」
「うむ、よろしく頼む。俺のモスファーのためだ」
最終的にそこでいいのだろうか、領主として。
「神璽くん! 海行きたい!」
「……アイレス、冒険者ギルドで大暴れしたっていうのは、本当か?」
「ううん、ぜんぜん! ちょっと人間撫でてただけだね!」
「あっ、冒険者に喧嘩はつきものなので、あれくらいはギリセーフですから……」
「……ありがとう」
千種のフォローで、ようやくほっとする。
……友好条約、やっぱり必要かもしれない。
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