第57話 アイレスの心境

 ボクは悪いことしてないのに。問題児に言い聞かせようとするみたいに、神璽くんが怒ってきた。ボクは天龍族のアイレスなのに!


「アイレス、千種がセーフって言ってるから喧嘩するなとまでは言わないけど、町の人に大怪我させたらお説教だからな」


 とか言って。

 僕はもう数百年生きる天龍族なのに。飛竜が主と認めてたり、パパ様が丁重に相手してるから信用してあげたのに。


 まあ一応聞いておくけど。パパ様に言いつけられたら嫌だから。

 神器を宿しているとはいえ、ただの人間は同族──混沌の化け物みたいな、チグサの頭を押さえてればいいんだ。

 ボクまで手間のかかる子みたいに思うなんて、図々しい。


「はいはーい」


「パン食べさせないぞ」


「むぐぅ……ワカリマシタ……」


「よし」


 自分が作れるものを武器に、脅迫してきた。

 か弱い人間のくせに生意気な。ボクが怒ったらすごいことになるんだぞ。チグサが怖いから我慢するけど。


「でもまあ、そんなにむくれないでくれよ。魚がほしいなら買ってやるから」


 ボクが海に行きたいのはそういう理由じゃないんだけど。


 ……まあいいや、驚かせてやろ。


「おさかな!」


 ボクよりむしろチグサが謎に喜んでた。





 チグサと神璽くんを乗せて、漁村というより海岸を目指して飛んだ。

 すると、海の一部で異様な気配が膨れ上がる。


 ボクはそちらに向けて飛んだ。


 そして、


「あれはおさかなじゃない……」


 魚とイグアナを合わせたような巨大な海魔が、目の前に現れた。


「このあたりの海で、神樹の森から流れてくる妖魔を食べて成長してた海魔の親玉だよ」


 無分別に流れる力は、それを穢す力にも対抗できない。神樹の森に流れる川は、海魔の養分にされていた。

 そんなところだろう。


「お魚を食べるには、アイツが邪魔だよね? やっつけないと」


「そうなのか?」


「あんなのがいるところで、漁なんてできるわけがないでしょ」


「それもそうか……」


 しきりに威嚇の咆哮をあげる海魔は、明らかにボクを敵視してる。

 それもそうだろう。奴らがいたのは、神樹の森から流れる川の流れ込む海域だ。


 そこでいくらでも力を貪っていたのに、唐突にその神性は浄化へと強く傾いた。

 神器の持ち主が、川辺で暮らし始めたからだ。


 おまけに、天龍族の気配まで色濃く流し込まれた。海魔どもにとっては、心安らぐ水温だった縄張りに熱湯でも注ぎ込まれたようなものだ。

 小さければ逃げだし、大きければ足りない養分を仲間から得る。──つまり、共食いだ。

 この後は、たとえ苦手でも半ば陸に上がりながら川を遡上するか、もしくは、


「ずいぶん気が立ってる。もしかしたら漁村やあの町を襲うね、あれは」


 大きさはボクと同程度。人間の町は陸上で戦うとしても、壊滅的な被害になるだろう。


「あんまり食べられそうにないのを殺すのは、可哀想なんだけど……」


 神璽くんがそんなことを言う。


「ふふん、偉そうに。戦うのはボクじゃないか」


 それも、大喧嘩になる。ボクだって無事じゃ済まないだろうけど、それくらいじゃないと楽しくない。


「え、いやいや。ラスリューさんから預かってるんだ。危ないことしないでくれ」


 変なことを言い出す。

 それはまあチグサが戦ってもいいけど、


「あっ、あの、お兄さん向こうに、漁船がいますし……襲われそうですし……」


「本当だ」


「わたしとアイレスは、あっちをやっとくので……」


 チグサの指差す先に、親玉よりは小さいけど人間を食べるのには十分な海魔がいた。

 近くにいた漁船を、群れが襲おうとしている。


「わかった。アイレス、ちょっと俺は親玉の前に下ろして。千種のお手伝いを頼む」


「えええ?」


 相手はボクでも討伐に時間がかかりそうな、巨大な海魔だ。切れ味が良くて特殊能力があっても、神器一つでどうにかなる相手には見えない。


 ……まあ、本人が言うならいいか。


 美味しいもの作ってくれるから、死にそうなところで助けてあげよう。


 そんなことを思いつつ、ボクは海魔の前を横切ってソウジロウを落としていった。





 海魔の首から上は、たった一撃で粉々になっていた。


「魔石取り出すの、手伝ってくれないか?」


「なんなりと!!」


 パパ様が丁重に相手してた理由が分かった。

 ただの神璽じゃない。

 人間の言っていたとおり、神樹の森に君臨する森のあるじなんだ、この人間。


 やばすぎるでしょ。


 背中に乗せるの、ちょっとゾクゾクする。でもそれがなんだかちょっとだけ、クセになりそう……。

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