第54話 千種の立ち位置
「冒険者ギルド、久しぶりだぁ……」
突然だけど、この世界には冒険者ギルドというものがある。まあ、なんか冒険者をサポートしてくれる組織なんだけども。
ここで依頼を受けたり仲間を募集したりする。あととっても安ーいお酒と食べ物も売ってる。
つまり、冒険者のたまり場になるわけで、情報収集に行くと、たちまち自分も情報の一部になっちゃうことがよくある。
「ここでなにするの、チグサ?」
わたしにそう聞いてくるのは、なんかついてきたアイレス。
「わ、わたしこのままだと行方不明だから。その、ギルドから除名されてたら、めんどいし。顔見せと、あと変な噂ないかだけ……」
めんどくさいけど。
後先考えずに神樹の森にアタックしたけど、ダンジョン扱いされてる森からずっと帰ってこないのは、死んでる扱いされてるかもしれない。
お兄さんはなんか商売考えてるらしいし、冒険者にウケる道具とかだったら、わたしからギルドに売り込むとかあるかもしれない。
死んでないよというところ、見せておこうと思う。
……神樹の森で生きてた冒険者として、また注目されちゃうかも。見直されるかもしれない。
そしたら、この世界でも、もうちょっとまともに人気になれるかも?
「えへへ……困るなあ……」
「なんか笑ってる。こわ」
……でも待って? わたしが森でしていたことって、重い物を浮かすのとしまうのだけじゃない? 神樹の森でずっといたんだし、パワーアップした感がないと、ずっと美味しいご飯もらってぬくぬくしてたのバレるのでは?
「パワーアップか……」
ハチャメチャに髪を伸ばして逆立てるとか。もうこれっきりでいい、だからありったけを。いやだめだ。冒険者ギルドの天井はそんなに高くない。あとわたしにそんな能力はない。
えっ、どうしたらいいんだろ。黒いオーラでも出しとく? それなら出せるけど。でもそれ前から出せたしな……。
つ、強気になっちゃうか? でも強気ってどうやってやるんだ……?
「チグサ、めちゃめちゃ見られてるけど真正面から破壊するの? やるねぇ」
「はっ?」
ふと気づいたらすでに魔力出してた。冒険者ギルドの人達がこっち見てる。
「謎の魔法使いのカチコミだぞ!」「あんな奴に俺らじゃ足りねえよ!」「逃げろ!」「バカびびんな!」「お、おいあれ噂の〈黒き海〉のイオノらしいぞ!」「どうして襲撃に……!?」
勘違いされてる!?
「いけー! 人間侵略兵器チグサー!」
アイレスが煽る。
「そんなことしないってば」
「えっ、しないの? なーんだつまらんー」
そう言うと、慌てる冒険者達に手を振りながら、ギルドへすたすた入っていく。
「あ、みんなごめんね、しないんだって。入れてねー」
「あっ、す、すみません!」
急いでその後ろ姿を追う。
物怖じしないな! これが強気か……。
「あれ、なんだったんだいったい……?」「あの闇魔法使いのイオノに、連れ合いだと……?」「神樹の森でなにがあったんだ……」
外にもいっぱいいたのに、ギルドの中にも人が割といた。
……冒険者やたらと増えてないこの町?
「わあー。なにここ? ひょっとして貧困街ってやつ? ボク、初めて見るよ」
「ぜんぜん違うから」
とかなんとか言いあったり。
アイレスみたいな変わった服を着た美少女が突然登場したことに、ギルドの中は騒然としていた。
それはそう。
でも物怖じしないアイレスは、そんな視線を意に介さずあちこち歩き回っては、自分を見る冒険者達に愛想よく微笑みを返している。
注目されるのに慣れてるやつだ。強い。
そんなアイレスの手を引っ張って、受付に向かった。じゃないと、この天龍はいつまでもあちこち歩き回りそうだったから。
「あ、あのっ、すみません。久しぶりですけど、一百野千種です。──
辺境にあるギルドなので、背後にお酒の棚があるバーカウンターしかない。
そこにいるガラの悪い気怠そうな三〇代後半くらいのお姉さんに声をかけて、影の中からギルドカードを取り出す。
でも、お姉さんはカードを見向きもせずに肩をすくめた。
「そんなもん見せなくたっていいさ。闇魔法使いで、そんな小さい体で、しかもつい最近にここに来てた相手だ。どんなバカだって、アンタが誰かくらいわかるよ。〈黒き海〉のイオノ」
「へえーえ、かっこいいねぇ」
アイレスが横で茶化してくる。やだなー、この陽キャ。
「まだ生きててくれたとはね。口の悪い奴なんかは森で死んだって言ってて、もっぱらの噂だったよ」
「あー、やっぱりそういうふうになりますよねー」
思ったとおりになってた。顔を見せておいたのは正解かも。
「でも……これからはそんな噂は立たないだろうね。森の中から帰ってきたってのに、汚れ一つないし、入る前より顔つきが良くなって、服もピカピカだ。どんな魔法があれば、そうなるのやら」
「あっ、そうですね……前より美味しいもの沢山食べてますし、服はムスビさんが作ってくれたので」
「ムスビサン?」
「シルキーモスです。伝説の精霊獣の」
「……驚いた。あの森を、マジで攻略しちまってるのかい?」
「あっ、いえ、わたしなんかには無理です。けど、最近あそこに住んでる人がいるんです。わたしはその人の……その人に……拾われ、て? ご飯もらって、て……?」
改めて説明しようとすると、わたしってあの森でどういうポジションなんだろ?
「飼われてるんだねぇ。ボクと一緒に」
アイレスが変なこと言う。
「アイレスは別にそうじゃないと思う」
わたしたちのやりとりに、受付嬢さんは首をかしげて不可解そうにしている。
「……イオノは?」
わたしは、うーん、なんだろう……?
「話を聞かせてもらった。ちょっといいか?」
「あん?」
って不機嫌そうに口にしたのはアイレス。わたしは無言で振り向いただけ。
わたしたちの横で、カウンターに肘をかけてこちらを見ている男がいた。その後ろには、彼の仲間らしき人たちも数人。
「俺たちは森の噂を聞いて来たんだ。まさか、さっそく手がかりがあるとは思わなかったけどな。あんたが〈黒き海〉か。森の攻略は順調みたいだな?」
えええ……この手合いがまだ出てくるの? さすがは辺境。王都のギルドだと、これ系はあんまりいなかったけどな……。
「俺たちがアンタに協力してやるよ。そうすれば──」
「死体が六個できあがるだろうねぇ」
アイレスが楽しそうに口を挟んだ。うわぁー。
「お姉さん?」
「中でやるなら負けた方が弁償。
小僧て。雇ってるのアナタでしょそれ。
ちなみに台帳というのは、賭け事で誰がどっちに賭けたのか記録する係だ。
つまり、
「胴元はお姉さんですよね……」
わたしはため息。
確認している間に、アイレスはたちまち事態を悪化させていた。
なんだこのガキ相手して欲しいのか小さき人間どもが卑しく生きてるのほっとするよ仲間に入れて欲しいなら仲良くしてやろうじゃねぇか?アハハ面白いぶちのめしてあげるよ下品な人間どもなんだとこのガキガシャーンドカーン。
アイレスが大乱闘を始めてた。天龍族ってもっと高尚な存在だと思ってたのになー。
ギルドにいた冒険者たちは、喧嘩に参加したりどっちが勝つか賭け始めたりと、いきなり忙しくなっていた。
「うわ、えぐ。あのお連れさんは、冒険者志望とか?」
「あっ、ただついてきただけです」
「人間じゃあないね……」
自分より大きくてごつい男の頭を、片手で持って体ごと振り回してる美少女。見た目どおりの相手じゃないとは、一発で分かっちゃう。
そういう存在がいる世界だ。
さすがに受付嬢さんも、アイレスの暴れっぷりに目を丸くして釘付けになっていた。
「わたしはしばらく森にいることにします。今日は、とりあえずそれを伝えておこうと思って来ただけで」
「あ、ああ、そうかい。……剣を素手で握りつぶした!? 盾の鉄を食いちぎってる! うわあ……!」
「はっはっはぁ! 蹂躙してあげるよ人間ども! もっと本気でかかってこーい!」
振り返ると、アイレスは絶好調だった。わざわざ相手の武器を抜いてから手に握らせて、かかってこいの挑発までしてる。
「最近は新参者が多くて、もめ事もそこそこあるから、アンタみたいな実力者にバカどもの頭を押さえておいてほしかった……んだけど……」
「あっ、わたしそういうの向いてないので……お気持ちだけで……」
そんな怖いことしたくない。
「ぐおおおっ!」
ドカン、とアイレスに吹っ飛ばされたさっきの人がカウンターに引っかかっている。
「あっ、じゃあそろそろこれで……」
「待て……〈黒き海〉の……あ、アンタに、王宮から森の攻略に参加しろって……手紙が……」
そんなこといまさら言い出した。最初に言おうよ、そういうことは。
……王宮からかー。
断ったらたぶん、面倒くさいことになるんだろう。
たくさんの町で起きた散々な展開を、たくさんの人に信じてもらえなかったことを。わたしはぐるぐると思い出す。
だから、
「森の中まで手紙を届けられたら、考えてあげます」
わたしはそう答えておいた。掌印を結ぶ。
「千種影操咒法──〈蛸〉」
わたしの影から這い出した何本もの蛸足が、ついにほぼ全員で大乱闘を始めた冒険者たちを数珠つなぎに縛り上げる。
「うげっ!」
慌てた声を出すアイレスには、わたしの袖から伸びた蛸足が絡みつく。
「ていっ」
ぶん、と和服美少女をギルドの外に投げ捨てた。
「あっ、いちおうこれ迷惑料と挨拶料ってことで、ギルドに収めておきますね」
「あ、ああ……って、これ岩火熊の頭と毛皮!?」
飾ると見栄えがすると思うけど、森の中だといまいち使い道が無いやつ。魔獣の毛皮なので、適切に加工すればきっと立派な革鎧とかにできるはず。鉄より丈夫で軽いやつに。
「じゃ、そういうことで……」
頭を下げてから、冒険者ギルドを後にした。
外に出て魔法を解除する。ギルドの中で暴れてた冒険者は、一人も追ってこなかった。よしよし。
「帰るよ、アイレス」
「なんだよう。もういいの?」
「うん。最低限は済ませたから」
地面に転がっていたアイレスが、華麗に飛び起きて着地する。転がしたはずなのに、汚れひとつない。非常識にもほどがあった。
「チグサってボクにだけ当たりがキツくない?」
「えっ、でもわたしアイレスには負けないし……」
「む、むかつくなこの人間……!」
一緒に歩き出す。
「でもさー、チグサは王宮とやらの手紙を受け取れば、人気者になれたんじゃないの?」
聞いてたらしい。乱闘してたくせに、余裕ありすぎ。
「あっ、そうかも。……でも、別にいらないかな、って思って」
かつてのわたしならきっと、王宮に身を寄せることで得られるさまざまな特権とか、人気とかがほしかったかも。
でも、
「わたしがここに来たのは、お兄さんとかミスティアさんとかのためだから」
わたしが個人的に王宮に関わっても、きっと森のためにはならないから。
「ふふん、チグサの立ち位置はこっちなんだね」
アイレスが面白そうに言う。
わたしの立ち位置。そんなこと、考えたこともなかった。けれど、
「そう、なのかも……」
わたしはきっと、王宮の中に居るよりも、あの森の中にいたいんだ。
そう考えると、思ったよりもしっくりきた。
以前のわたしは、神樹の森に死ぬ気で突撃したのに。
いまは、あそこで生きたいと思ってる。
「えへへ……」
早く帰ろ。
「ま、ボクも雑魚を撫でて遊んだからいいけど。海のほうにだけ寄ろうよ。あっちなんか騒がしいから」
「お兄さんに聞いてみよ。海のお魚とか買えたら買いたいかもだし」
▼
「〈黒き海〉のイオノ……俺達が束になってかかっても蹂躙された相手を、一方的に……」「これが神樹の森かよ」「この毛皮だけでも、四年は遊んで暮らせるぜ?」
冒険者たちは、暴れるだけ暴れて立ち去っていった二人の少女たちに、戦慄していた。
「イオノが仕える森のあるじか……」「いったいどうすれば、王宮の誘いを蹴る破天荒な魔法使いを手懐けられるんだ?」「もっと真面目にやるか、俺たち……」「そうだな……バカやってる場合じゃねえわ」
この辺境の冒険者ギルドでは、次々に集まる冒険者同士で自分こそがこのギルドの実力者であると力を誇示したい者どもが、あちこちで小競り合いを続けていた。
が、彼らはもはやそれが無意味だと悟った。
真の実力者は、森の中にいるのだ。それが彼らの共通認識になった。
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