第53話 森のあるじ


 町のすぐ近くの森で、アイレスが低空で人化した。

 俺と千種は、二〇メートルほど落ちて着地。そこから歩いて町に向かう。


 門まで近づくと、前回とはうって変わって、人だかりがあった。


「あっ、冒険者と兵士がわらわらいる……」


「ちょっと時間かかるかな?」


 前は全然人がいなかったのに。何か盛り上がることでもあったのかな?

 景気が良いのは良いことだ。しかし、町に入るにはちょっと待たないとダメそう。


「おあっ! ああ、そこのアンちゃん! エルフの連れの!」


 人だかりの中から、俺に向かって手を振る人がいた。顔に見覚えがある。あの門番だ。

 周囲にはたくさん人が集まっていたが、こちらに気づくと全員を無視して呼びかけてきた。


「ちょっと待っててくれ! 頼む、ちょっとだけな!」


「あ、はい」


 そう言い置いて、門番が町の中に走っていった。

 そしてすぐに、


「あ、セデクさん。こんにちはー」


「来たか、ソウジロウ殿! いやいや、そんな気はしていたよ!」


 画家さんが現れた。

 周囲の人から、視線が集まる。なんだろうか?


「さあさあ、早く入ってくれ! 共にドラロのところに行こう! 森のあるじが来てくれたのだから、オレもドラロも大歓迎だ!」


 人だかりを押しのけて、とてもとても大仰な素振りと声で招いてくれる。

 周りの人達も、なにやら神妙な顔でこちらを見ていた。

 注目されてしまっているなー。


 しかし、


「森のあるじというのは……?」


「大魔獣を物ともせずに仕留め、エルフと共に暮らすお方だ! 森のあるじと言うほかあるまい!」


 コンビニで『骨なしチキン』みたいに呼ばれてるような感じだろうか。

 一回しか来てないのに、あだ名をつけられているとは。


 まあいいか。


「ええっと、連れがいるんですが、いいですか」


「かまわんかまわん。連れて入ってくれ」


 俺は助かるけど、いいんだろうか。


「オレとドラロの客だからな。借金がある相手を待たせられん!」


「なるほど」


 俺も借金した相手が目の前でまんじりとしているのは、居心地悪いかもしれない。

 お言葉に甘えさせてもらおう。


「領主様に、借金?」


「手持ちが足りなかったらしくて。……領主様?」


「セデクって名前で、貴族っぽい振る舞いしてる人なら、この町の領主様だと思います、けど」


 千種にそんなことを言われてしまった。

 ……画家さんじゃなかったのか。


「すみません、知らなかったです」


「かまわんかまわん。説明しなかったのはこちらだ」


 セデクさんは鷹揚に笑って手招きした。


「森に住むそなたが、落ち着いた様子で歩いてきてくれた。それだけで、オレの方の問題は、もう解決したようなものだ。とてもありがたい客人だとも」


「わーお、顔パスじゃん」


 アイレスが機嫌良く門をくぐる。物怖じしないなーこいつ。


 まあいいか。俺も行こう。


「森のあるじ様がここにいる! 竜がどこへ消えても大丈夫だ! さあ散った散った!」


 俺の背後で、門番が叫んで、ぞろぞろと人が散っていった。

 どうやら俺は、何かのベンチマークにされてるらしい。


「すみません、歩いてきたんじゃなく飛んできたんですが、それで大丈夫ですか?」


「……と、飛んできた、のか」


 呆れたような半笑いの顔で、セデクさんはちょっと引いてた。俺もあのミスティアの姿を見た後なので、気持ちちょっと分かる。





「森の中ですか? あれからわりと、人も動物も増えましたねー」


 ドラロさんに近況を聞かれて、そう答えた。


「どうか詳しく頼む」


「え、うーん……」


 とはいえ、急に語り部を求められても。

 当惑する俺に、ドラロさんは笑みを浮かべて言った。


「なに、気負わなくていい。持ってきた物があるのだろう? それを誰がどんな風に作ったのか、聞かせてくれればいい。職人はそうやって商品価値を高めるものだ」


 なるほど。


「そういうことなら喜んで」


 みんなの話をして、持ってきたものを知ってもらう。それくらいならできそうだ。


「ではまず、この心臓殺しの一角兎をどうやって仕留めたのか、教えてくれまいか?」


 ドラロさんが白い毛皮を手に取って、そう言った。え、そこから?


「ウサギはだいたい、ミスティアがマツカゼと一緒に狩ってきますね。動物の毛皮は、たいていがミスティアの狩りです」


「マツカゼというのは?」


「うちで飼ってる猟犬です。可愛いですよ。森でミスティアが拾って。一緒に育てているんです」


「あの森で生半な猟犬が生きていけるとは思えんが……なんという犬だ、種類は?」


「たしか、ブラックウルフとかいう」


「それは別名で『悪夢の魔獣』というやつだな。間違いないか?」


 セデクさんが身を乗り出して訊ねてくる。


「はい。賢いんですよ、なかなか」


「悪夢の魔獣、ブラックウルフを従えるのか……」


 ドラロさんがなにやら遠い目をしてる。ちょっと手が震えてるけど、大丈夫だろうか。


「毛皮はムスビが鞣してくれます。精霊獣のシルキーモスっていう種類の」


「噂では聞いたことある、か……? 待ってくれ、えーっと、たしか……そうだ、エルフの儀礼服もその糸で紡いだらしいという、噂でしか聞いたことのない種族だな。ははは」


「なるほど。だからムスビが来たときにミスティアが喜んでたんですね」


「いるのか。ははは」


 なぜか棒読みの反応をされる。


 ドラロさんとセデクさんは、顔を見合わせて何事かを目で相談すると、


「ソウジロウ殿、少し突拍子もないが、急いで聞きたい」


「なんですか?」


「先ほど『飛んできた』と言っていたが……もしや、空を飛んでいた竜も、お知り合いか?」


「それはさっき会ったあの子ですよ。白い髪してた方の。天龍族のアイレスです。背中に乗せてもらってました」


「てん、りゅう……遙か西方で眠っているはずの……?」


「起きてましたが、西の方から来たとは言っていましたね」


「町に入っている……天龍が……!」


 ミスティアがさんざん『伝承の存在ばっかり集まる』と言っていた。まあ、簡単に信じてもらえないのは、予想していた。

 俺も昔、偶然に居酒屋で芸能人に会ったときはドッキリしたものである。


「……ソウジロウ殿、できれば我々以外には、その正体を内密にしていただけるだろうか?」


 と、セデクさんがいきなりそんなことを言う。


「いいですけど、なぜですか?」


「天龍族の来訪ともなれば、この町はお祭り騒ぎになる。お忍びにしてもらえれば、お互いに気を楽にして顔を合わせられるからだ」


「分かりました」


 嫌われてるとかではないようで、良かった。

 まあ、アイレス本人も町に入る前に『内緒にしとく』とは言っていた。

 だから森が切れるギリギリのところで降りてきたんだが、ひょっとしたら門の前で集まっていた人たちは、アイレスのせいかもしれない。


 悪いことをした。


 やっぱり竜って大事おおごとだよな。ちょっと感覚が麻痺してた。人の拠点をネコカフェ扱いして潜り込んでくるから。それも二人も。


「……ソウジロウ殿は、森を拓いて住まうのが目的だったな。我々はただそれだけでも、この町を治めるために、全力を尽くすべきであるわけだ」


 セデクさんが、重々しくそんなことを宣言した。なんだろう。領主をやっていると、そういうことを思う瞬間が、いきなり湧いてくるんだろうか。


 いやそういえば、絵を描きたい人だっけ? なるほど。


「ああ、引退生活したかった、みたいな話ですか。わかりますよ。今は俺ものんびり暮らしてて、こんなにのほほんとさせてもらって悪いなって、たまーに思います」


 苦笑いしながら同意する。


「頼むから、ソウジロウ殿は急がずにいてくれ。今日のようなことが、立て続けにあってはかなわん。これでも町をあちこち走り回ったんだ」


 セデクさんは、急いで答えてくれた。


「それに、人間は少し罪悪感を覚えるくらいがちょうどいい具合でもある。サボるにせよ、休むにせよ、だ」


「働かんか、ヘボ画家!」


 隣で睨みつける商人がいる。領主様は肩をすくめた。


「……働くにしても、だ。何かとつい仕事を優先してしまう生活は、罪悪感が少しあるだろう?」


「ふん、そんなもの当たり前だ」


「少しばかりの後ろめたさは、何をしていても持ってしまうということだ。行き過ぎないならば、それがちょうどいいものである。うむ、我ながらいいことを言った!」


「引退はさせんからな。絶対に、させぬからな?」


 ドラロさんが、何度も何度も言い含めていた。

 うーん、仲がいいなこの人たち。


「まあもっと聞かせてくれ。〈黒き海〉のイオノまで連れ歩いてきた御仁だ。他の品の話も、ぜひ聞きたい」


「分かりました」


 どうやら千種は〈黒き海〉なんて呼ばれてるらしい。冒険者ギルドに行くって言ってたけど、そこでもそう呼ばれてるんだろうか?

 ちなみに、アイレスも『大人の話つまんなさそう』とか言って千種に付いて行った。


 ……あの二人、放っておいて大丈夫だろうか?



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