第六章
第52話 龍が飛ぶところ
「ところで、ドラロ。最近なかなか、羽振りがいいそうだな」
「町のためだ、セデク。冗談を言うな」
いつものように絵画をこき下ろされて、しゅんとして仕舞い込みながら言うセデク・ブラウンウォルス子爵。
そんな彼の言葉に仏頂面で答える老商人のドラロは、この世に面白いことなど一つも無いとでも言いそうな、いつもの調子で答えた。
「冗談ではないとも。この町に出入りする冒険者たち。それに漁村の漁師たち。彼らが盛況になれば、自然とここも儲かる。この町では外との交易で、このドラロ商会以上の場所はない」
「要するに、前に話していた生産物がどれほど集まるかの話だな?」
「そういうことだ」
商人は、腕組みをして少し唸ってから答えた。
「よくわからん」
「わからんはないだろう。お前に分からなかったら、誰にも分からないぞ? それでもいいのか?」
「お主はいち商人に町の財政を握らせて、どうしてそんなでかい態度が取れるんだ」
一つ文句を置いてから、ようやくドラロは答えた。
「森ばかりではなく、海まで大漁だということだけは分かっておる。しかし、それがどれほど続くのか、それがわからんのだ」
「……つまり今は、大漁であるということか?」
「良いところだけ聞くなバカタレ」
調子のいい相手に、ドラロが苦い顔をする。
「だが、収穫は上がっているんだろう」
「……そうだな。やけに漁獲高が多い。海魔におびえながらの漁労に猟師たちが酒を飲んでくだを巻いてもいいころだ。だが、奴ら、良い酒を買っていく」
不満をぶちまけるための安酒ではなく、みんなで楽しむお祝いをするための酒だ。
発破をかけたのは領主だが、無理に働けば不満がたまるはず。それがないということは、
「ほう、つまり。いつもよりむしろ苦労していないと」
「うむ。だから別にヘボ画家に威厳があったわけではない」
漁師たちに、いつもよりたくさんの漁をと号令をかけたのはセデクだ。
彼らがその期待に応えようとした──わけではない。
「雀の涙だが、おぬしが村長に贈った小舟一艘と漁網でも、ずいぶん感謝しておったわ。あれは使い倒しておるな」
「聞けば聞くほどいいことにしか聞こえないのだが?」
「海の調子がいい。村長に話を聞いた時にはそう言っておったが、本当にそれだけのようだ。ということは、いつまで続くか分からん、そういうことだろう」
「ドラロはいつもそうなんだなぁ。喜べばいいではないか」
「儂がお前ほど暢気になれるわけなかろうが!」
ガンと机を叩いてセデクを怒鳴るドラロであった。
「ははは、まあオレはここのところ、ずいぶんと楽をさせてもらっているからな」
海が不可解な一方で、森での狩りが調子良くいっていることには一定の納得をしている。この町に、冒険者達が集まりつつあるからだ。
どうやらセデクが王族との取引をしたという話題が、冒険者達の気を引いたようだ。
一攫千金狙いの若者たちが、神樹の森に挑もうと訪れては森に入り、そして失敗している。
大蛇を見つけるどころか、心臓殺しの一角兎・アルミラージに見つかれば俊敏かつ小型でその姿を捉えることもできず、防具ごと体を貫かれていることも多々あるらしい。
生き残った冒険者達は、あの魔獣をどう回避するかと、真剣に対策を練っているところだ。
しかし、奥地に行けずじまいであっても、食い扶持は稼がねばならない。領主権は有象無象が森の手前で獣を狩ることは許していない。だが、手の届かないダンジョンで魔獣を狩ることまでは、止められない。
冒険者たちは文字どおり冒険に出かけ、獣や魔獣を仕留め、肉や魔石を売って生計を立てている。
わざわざこちらから依頼を出すまでもなく、冒険者達は森の恵みを町へ運んできていた。
「森の様子がおかしくなれば、冒険者たちが教えてくれる。そうなるまでは、オレと兵士たちに出番は無い。いつもの討伐遠征無しで、畑を順調に広げる。仕事に困った冒険者が、鋤鍬を握ることもあるようだしな」
「
「そうだな。息子に言っておこう」
「働け。バカタレ。妙な絵ばかり描いておらんで」
「いやいや、オレまで忙しく働いてみろ。きっと大変なことになる」
「なにが悪いと言うんだ?」
その時だ。
紹介の扉が、勢いよく開かれた。音が響くほどの激しさで、だ。
「何事だ?」
「領主様! 領主様はおられますか!? 森に異変が! 大至急です!!」
兵士のものとわかる大音声に、領主であるセデクはいそいそと立ち上がった。
「こういうときに動けるのは、オレしかおらんだろう?」
「とっとと行け。こんなことが滅多にない時から、何年も働いておらんくせに」
「ワハハハハハ! これはかなわんな!」
セデクは大笑いしながら走り去っていった。でかい体の割に、やたらと機敏な男であった。
使われていない資産があることが我慢ならない商人と、十年に一度の何かに備えねばならない領主。
その違いがあらわになってきた、とも言える。
「やつが元気になってきた最近は、この領地も変わろうとしておる時、ということか……やれやれ。年寄りにはきつい」
せめてあと二〇年、早ければと思いつつ、ドラロは窓に歩み寄って空を眺めた。何十年と変わらずにいるのは、天に浮かぶ太陽や雲くらいだろう。そう思って。
「違うものまで浮いておる!! なぜだ!!?」
長年生きてきて初めて見るものが、まさにそこで見つかってしまった。
空を飛ぶ小さな生き物──違う。遠くからでも簡単に見つかるほど巨大な生き物。
一度も見たことはないが、そんなものは一つしかいない。
「竜族……! これか……!!」
セデクが走って行った理由を、瞬時に悟ったドラロであった。
とんでもないことが起きている。
▼
中途半端な高さだと、魔獣が興奮して襲いかかってくるかもしれない。
ということで、だいぶ高いところをアイレスは飛んだ。俺たちを乗せたまま、苦も無くするする高度を上げて飛んだ。
数十分ほどで、すぐに目的地のそばまで到達してしまう。歩いて三日もかかったというのに。
「じゃあ、私はあっちの方だから」
アイレスの背中に乗って空を飛ぶさなかに、ミスティアが立ち上がってそう言った。岩塩を取りに行ってくれるらしい。町とは少しだけ離れたところにある。とのことだが、上空から見るとわかる。
「あの山の方?」
「そうなの」
ミスティアが指差すほうに、岩山がそびえ立っていたからだ。
アイレスが大回りしてそちらに近づくルートを取っているが、まだ少し遠い。
「チグサ、十秒だけ無重力くれる?」
「あっ、はい」
ミスティアはそう言って闇魔法をかけてもらうと、にっこり笑った。
「ありがとう、じゃあ行ってくるねー」
そう宣言すると、いまだ空を飛ぶアイレスの背中から跳躍。空中で魔法陣を蹴って加速し、凄まじい速度で飛んでいった。
「い、いってらっしゃい」
砲弾みたいに飛んでいった。
すごいことするな……。
「じゃあ町の方に行くよ。ゆっくり降りるとめんどくさいから、神璽くんたちも途中で飛び降りてね?」
「えええ~!?」
千種は悲鳴を上げていた。闇魔法で重力を打ち消す役がそれだと困る。
「じゃあ、俺が背負うから、千種は魔法使ってくれ」
「ら、ラジャです……」
ダメだったら〈クラフトギア〉でなんとかするしかなさそうだ。
さて、久しぶりの人里だ。あの門番に忘れられてなければいいけど。
いざとなったらドラロさんにでも頼れば、まあ大丈夫だろう。よし。
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