第51話 大集合する露天風呂

 完成した大浴場をさっそく使ってみた。

 まず足だけ浸かれるように、そして湯船の中で座れるように段差を作っておいたので、足湯のようにまずは足先から体を温める。

 なかなかいい湯加減だ。


 そこで気付いたが、少し水も用意しておいたほうがいいかもしれない。

 湯船の温度を調整するのに、水源の調整だけだと時間がかかりすぎるかも。まあこの辺は今後の課題としておこう。


 今日はとりあえずじっくり入ってみて、いろいろと確かめるのが先だ。


 つまり。


「肩まで入れて足が伸ばせる風呂って最高……」


 全身浸かれて、じっくり入れて温まればオッケーだ。


 かけ流しの温泉(のようなもの)を、こんなところで味わえるとは思わなかった。

 森の中の川辺で、さわやかな風が吹き抜けている。聞こえるのは女神像から注がれるお湯で波打つ浴槽の音と、近くを流れる川の流水。

 絶好の癒し空間だった。


 そんな中でまったりと体を温める。


 なかなか良い出来だと言えるんじゃないだろうか? いや良い出来だ。そう決めた。


「ムスビ、ウカタマ、気持ち良いか?」


 一緒についてきて湯船に浮いてるムスビに語りかけると、ムスビはプカプカと漂いながら少し羽根を動かした。多分同意してくれてる。


 ウカタマは沈んでしまうのか、段差の部分で立ったままぽけっとしている。しかし、その顔はリラックスしているように見えた。

 ウカタマは今回の作業でずっとついて手伝ってくれていた、一番の功労者と言ってもいい。もう少し入りやすくしてあげた方が良さそうだ。

 これは絶対にやろう。


 そんなことをぼうっと考えていると、背後から動物が走ってくる気配がした。

 勢いが落ちずそのまま浴槽に飛び込んでバシャンと音を立てる。


 ちょっとびっくりしたが、すぐにぷかりと浮いてきた。その正体はマツカゼだ。知ってた。

 朝の沐浴によく付き合っているマツカゼは、すぐに風呂にも適応して、犬かきでこっちに寄ってくる。


 毛がしんなりしたその姿にちょっと笑ってしまいながら、顎を撫でてやる。

 大集合だなこれ。もしかしたら、飛竜も寄ってくるかもしれない。だが、大きい浴槽はまだ幼い飛竜ならたぶん入れる。


「みんなで楽しめるように、俺もなかなか頑張ったと思うんだ……」


「いいでしょう。優秀な妖精は、素直に褒めてさしあげます。景観と使い心地を両立させようと苦心した、職人めいたこだわりを感じる場所です」


 風呂桶を小さな湯船代わりにして漂うサイネリアがいた。

 妖怪のパパさんスタイルだな……。

 入っているのか幻想的で見た目だけでも高貴そうな妖精なのは、なかなかシュールだが。


 しかし、こうして集まると、わざわざ大きく作った甲斐がある。予想してたことだし。


「あっ、お風呂だ。うわー、久しぶり。久しぶりだー」


 珍しく千種の明るい声が聞けた。

 早く交代してあげないといけないかもしれない。


「うへへ、でっかい温泉なんて、この世界じゃ本当に一部の国の一部の土地にしかないからなー」


 振り返ると、千種はさっそく脱いでいた。


「温泉は語弊があるんじゃないかな? だって、これパパ様の宝珠だよ」


 謎の力で着物を消し去ったアイレスもいて、すでに湯船に足先をつけようとしている。


「いやあの、二人とも?」


「あっ、まだダメでした……?」


 千種がびくりと足を止める。アイレスが笑った。


「なにかな? どうせもう一緒に入ってる奴らがいるんだから、ひとりじめは無理だよ。いいじゃないか」


「いやほら、見張りとか」


「天龍の加護がある温泉に、強い魔獣なんて現れないさ。弱い魔獣なら、エルフの結界で確実に惑わされる。問題は無いでしょ」


 問題は無い。無いなら、いいんだろうか。


「あら、千種が自分から入ってる? やっぱりお湯だと違うのね」


 ミスティアも来て、なんだか当然のように脱衣場へ向かった。


 結局どうなったかといえば。

 ……さすがに、ここへ飛竜は入れなさそうだった。


 ラスリューが、嬉しそうに言った。


「私が入れてあげますから。お任せください」


 その嬉しげな様子からして、最初から狙っていたに違いない。


 ともあれ、温泉はとても好評だった。自画自賛ながら、俺自身も気に入っている。


 これからは、川よりここに入ることになるだろう。ただ、ミスティアだけ「なんだか締まらない」と言って、川に入って仕上げ(?)をしていた。

 サウナ後の冷水風呂みたいなものだろうか?




 ところで、


「最近収穫が多いな」


 果物のことだ。ウカタマやムスビはたびたび果物を運んで来るようになって、ミスティアも野イチゴやベリーみたいな小さい実を摘んでくる。


「季節ですもの」


 ミスティアは薄切りにした果物を、魔法で乾燥させている。ドライフルーツだ。わりと美味しい。


 美味しいのはいいし、なんだかいつの間にか増えているコタマとかも、消費してくれる。

 しかし、味の相性というものはあるので、加工しすぎて小麦粉や砂糖を切らしてしまった。


「一度、ブラウンウォルスに行っておくか」


 補充しないといけないものがいろいろとある。


「あら、じゃあ遠征ね」


「あっ、み、皆さん行くならわたしも……」


 ミスティアと千種も行くことに。


「作ったものも、一応持って行こう」


 買い取ってくれるかもしれない。それに、何かこれが欲しいみたいなことを教えてくれるかも。


 ラスリューが来てくれて分かったんだが、やっぱり人に求められるものを作るには、人と張り合うことも適度には必要だ。

 それが自分にとっても、大きなものを作るきっかけになる。


 今の俺なら、嫌なものは断ればいいし、という気楽さもある。


 あと、


「千種、これも持ってく?」


「あっ、はい」


 大きくても重くても、千種が全部飲み込んでくれるので。

 運ぶ手間がかなり楽だ。


「でも、チグサがソウジロウのペースで町まで歩けるかしら?」


「発想の転換だ。千種が物を運んでくれるぶん、俺が千種を運ぶ」


「えっ、わたし、ずっとおんぶされるんですか?」


「いや、もちろん背負い子を作って座っててもらう」


「あー、トラックの荷台に乗っかって行くみたいな?」


 そういうことである。

 背負える椅子に座らせた千種を、俺がイスごと担いでいくようなスタイル。それを予定している。


 そんな話をしていると、


「なんだい、水臭いなあ。ボクに乗って行けばいいじゃないか」


「いいのか、アイレス?」


「ちょっとそこにあった人間の町までだよね? そんなのすぐだよ。人間三人くらい乗れるよ、ボクの背中は」


 俺より千種より小さなアイレスが言うと違和感が大きいが、これはもちろん龍の姿のことだろう。

 ありがたい提案である。


「その代わり、パパ様に飛竜のお世話をお願いしてくれない?」


 ああ、怒られてた分を取り戻そうとしてるのか。


「わかったよ」


 それはむしろ、こちらとしてもありがたい。

 二度目のブラウンウォルスへは、前回よりずっと早く行けそうだ。


 

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