第五章
第43話 日々の営み
「では、優秀な妖精がありがたくもらっていきます」
「いや相手にちゃんと届けるんだぞ、サイネリア」
ソファとおにぎりを持たせて、妖精を送り出した。行き先は米とビールをくれた(サイネリアが勝手に持ち出した)相手である。
妖精のイタズラに付き合わされる形にはなったものの、良い思いをしたのも事実だ。相手がソファを気に入ってくれるといいんだが。
ともあれ、これで食べた分は返せたと思うので、次の作業に取りかかれる。
「お前はもうすっかり、寝る時以外は小屋を使わなくなっちゃったしな」
爬虫類じみた大きな飛竜の顎を撫でてやると、ぐぎゅぎゅぎゅ、みたいな唸り声をあげて撫でられるがままになっている。
すぐに怪我の癒えた飛竜は、勝手に小屋を出て外でうろつくようになった。狭いのが嫌なのだろうか?
「まあ、これで竜種の末席だし、このあたりで飛竜を襲うほどの魔獣は私達で狩り出してるものね。隠れる必要が無いって分かったのよ、きっと」
俺と一緒になって飛竜の背を撫でるミスティアが、そんなことを言う。あんなに頑張って世話をしていたミスティアがそれでいいなら、まあいいか。
「ちょっとした広場を作って、馬房……っていうか出入り自由な竜小屋かな。そういうのを隅に置こう」
放牧、というほど広くはできないけれど。マツカゼもいまは抱っこできるサイズなのに、これから大きくなるということだし、馬が少し走り回れる程度の広さはほしい。
「同じ場所を使ってマツカゼの小屋もつけておくか」
運動不足にならないように。というより、ストレスを溜めないように。
「それなら、魔物避けの範囲変えておくわね」
「お願いします」
ということで、当初から広めにしてあったらしい魔物避けの魔法も、さらなる拡張をお願いした。
「あっ、それなら今日は開拓ですか?」
「まあそういうことで。同じようなことが多くてごめんな」
千種は不思議そうに首をかしげた。
「わ、わたしの蛸さばきも上達してますから、ゆったり作業は歓迎ですけど?」
なるほど。
「たしかに。あくせくすることはないな。……ないよなぁ」
同じことの繰り返し?
べつにいいじゃないか。これは仕事じゃなくて、好きでやってるだけだ。
ご飯を毎日作るのに、同じものを繰り返し作ることに疑問に思うことは無い。
なのに、仕事はなんだかもっといろいろしないといけない。という気持ちを勝手に抱いてしまう。
まだまだ、ブラック気質が抜けてないのかもしれない。
その点、千種は素晴らしい。特に新しく覚えることなんてなくても、自分の手練が上達するというところを理解してる。
「千種は賢いな」
「へ? そ、そうですか? なんでかよくわからないですけど、えへへ。あっ、もしかして蛸ダンス練習してるの見てました? 八本同時は意外と大変なんですよぉ」
いや、なにも考えてないだけかもしれない。その練習で何をするんだろう……。
ともあれ、千種と一緒に、森を拓いていくことにした。
相変わらずだが〈クラフトギア〉の力で、森はかなりハイペースで伐り拓かれていく。
まずは木を倒す。次に枝を払う。丸太に加工して、千種に保管してもらう。最後に、根っこを抜いてから地面を固める。
同じ作業はまとめて繰り返して作業効率を上げる。ある程度の本数を先に倒してしまい、伐倒木を二本ほど玉切りして加工し、バツの字に『固定』した馬台を作る。馬台に置いた木材を枝払いして長さを切り揃えてしまえば、見慣れた丸太になる。
伐採するのには、もはや一本に一分かからない。どんな太さでも、狙いどおりの方向にさくさく倒していける。
「うわ、前より早い……ひぃい……」
「そうかな? まあ、伐採はもうずっとやってるからね」
どのくらいの高さの木を、どこに倒すか。そういうところで迷わなくなった。
実は一回失敗して、伐倒木が切り株に当たって跳ねてしまうという事故を起こしてしまったことがある。
手さばきを失敗したわけではなく、俺の見積もりが甘かったのだ。
その時は慌てて〈クラフトギア〉で『固定』して、何事も無く済んだ。
それから少しの間、ちょっと慎重になっていた。しかし、きちんと気をつけていれば伐採を失敗することもない。心構えさえあれば、最悪の場合でも慌てずに〈クラフトギア〉の力で『固定』してしまえる。
失敗してからまた伐採を繰り返すうちに、気をつけるべき勘所を改めて理解した。で、徐々にペースアップしているわけだ。
「……繰り返していても、まったく同じってわけでもない、か」
女神様から神器を授けられて、これ以上は俺が何事を成すことも無いかと思っていた。
しかし、そういうわけでも無さそうだ。
「のんびりやるかなー」
ゆっくりと手に馴染みつつある神器を、握り直した。
少しずつ、同じことをやっていこう。
改めて、俺は伐採を進めていった。
「だからじゅうぶん早いですけど……!?」
そんなことも言われたが、まあ気にしない方向で。
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