第42話 夢を見るエルフ

 ミスティアの様子がおかしい。


「どれくらいおかしいかと言うと、俺から言い出すくらい」


「あっ、自覚あるんですか」


 千種の言葉のナイフがよく刺さる。


「沐浴するとき、川の中に沈んで、出てこなくて焦ったからな……」


「あっ、あれはわたしもトラウマ刺激されました」


「食べてる時も、なんか食べるのか食べないのか、よく分からなかったし」


「乙女エルフの手が止まっていましたね」


 サイネリアがなぜか得意げに言う。なんだその顔。


「おまけに、なんかマツカゼ置いて出て行っちゃったしな……でっかい鞄で」


 ミスティアは俺が町に行くときに使った、特大の鞄を背負って出かけていった。

 何か狩猟以外が目的っぽい感じだ。


「心当たりは、あります?」


「いや、なんでか俺のこと観察してたなーって思ったら、振り返ると目をそらされて……」


 ぽん、と思わず手を打つ。

 どんなふうにおかしいのか、いま気付いた。


「俺が避けられてるんだこれ」


「あっ、なんかやったんですか……?」


「いや、水路とか作りたいなって言ったくらいで……」


 心当たりが無い。


「どうしよう……? 理由は分からないけど仲直りする方法とか、ある?」


 千種に訊ねてみるが、JKは難しい顔で首を捻った。


「わたし、ぼっちだったので、言われてる意味がよく……」


「ごめんなんでもない。JKだからって女の子に詳しいわけでもないよな。よくあることだよ」


「あっ、わたし慰められてる」


 妖精だけが、素知らぬ顔で足を組んでいた。





 私は変になっちゃった。

 なんだかソウジロウの前で、うまく立っていられない。


「エルフと、人間……だから、ダメなんだろうなー……わたし、エルフだからなー……」


 ここ百年くらい、人間のところで、エルフがうまくいってる話は聞かない。

 だから、たぶんダメだと思う。


 ダメになる前に、離れちゃったほうがいいんだと思う。

 そう思った。



「ミスティア、遅いな……」


 いつも帰ってくる時間になっても、ミスティアが戻ってこない。


 大抵は、一度戻ってきて獲物を置いて、また出て行くみたいなすごい狩猟をしてる。

 狩りに出てから一度も戻ってこないのは、たまにあった。


 そんなミスティアが、今日に限ってはずいぶん遅い。


 ……気になる。


 気になって、ついついミスティアが出て行った方へと足を向けてしまった。

 森に少し足を踏み入れて、帰ってきてないかと首を伸ばして周囲を見渡す。


 もうじきに暗くなる。


 森の奥を見つめて、思わずつぶやいた。


「大丈夫かな、ミスティア」


「……だ、大丈夫ですとも!」


「うわっ」


 いきなりミスティアの大声が降ってきた。


 驚いて上を見上げると、樹上にエルフの姿があった。


 軽く手を振って、飛び下りてくる。


「ごめんねー、遅くなって。心配しちゃった?」


「まあ、ちょっと」


「……ありがと。えっへへ」


 はにかんだミスティアに、訊ねてみる。


「どこ行ってたんだ? 狩りじゃなさそうだけど」


 お肉持ってないし。


「うん、その。これを採りに行ってて……」


 言いながら、ミスティアは背負っていた鞄を下ろした。

 口を開いて、中を見せてくれる。


「えっと、なにこれ? 岩の欠片?」


「卵の殻よ。叩き割って入れてきたの」


「これ全部、卵の殻なのか!?」


 大きな背負い鞄いっぱいに、白かったり茶色だったりはするけど、卵の殻がぎっしり詰まっている。


「どうしたんだこれ」


「ストームグリフィンみたいな、おっきい鳥がね、巣を作ってるところがあるの。卵の殻は、雛が生まれた後は用済みで、いくらでも落ちてるから」


 大きい鳥がいるなら、卵も大きい。殻も大きい。

 山ほど手に入るわけだ。


「でも、なんで卵を?」


「チグサから聞いたんだけど、ソウジロウは卵の殻が欲しいって」


「あ」


「ちょっと遠いから、魔法でびゅんびゅん走ってきたの。……つ、使ってくれるといいな、って」


 わざわざ俺の為に、採ってきてくれたのか。

 こんなに遅くなるのに、走り回って。


「ま、まだいっぱいあるから! 足りなかったらまた採ってくるけど!」


「うん……いや、」


 俺は鞄を受け取って、ミスティアに言った。


「ありがとう。それと……おかえり」


 ミスティアは、思い切り笑顔で答えてくれた。


「うん! ただいま!」





 きっと、離れたほうが楽だけど。

 でも、離れられないくらい、この胸が高鳴るから。

 ここで夢を見てしまう。





「ソウジロウ」


「うん?」


「今度は、なに作るの?」


「そうだな……楽しいものか、美味しいものかな」


「あはは、なにそれ!」


 森の中での暮らしは、まだまだ長くなりそうだった。

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