第44話 エルフもたまにはすれ違う

「ウカタマー? コタマー? おーい」


「う、ウカさーん、いないですかー」


 俺と千種は、菜園エリアに来て声をかけていた。

 一日がかりの伐採作業で出た木の根を、ウカタマに提供するためだ。


 しかし、目当てのウカタマがいない。

 いつもは畑でのんびり日なたぼっこしてたりするのだが、留守にしてるらしい。どこに行ったんだろうか。


「お、帰ってきた」


 テテテテと四足歩行で走ってくるウカタマが、森の奥から現れた。その背中には、コタマが乗っている。

 けっこうな速さで足下まで走ってきた精霊獣に、俺は硬いけどつるつるで手触りの良い頭をぽんと叩いて労う。


「おつかれさま。わざわざ走ってきてくれたのか」


 なにか用? みたいに小首をかしげるウカタマ。


「あっ、根っこなんですが……なんかウカタマさんも根っこ持ってますね……」


「こういうのは苗木って言うと思う」


 精霊獣の背中に乗っているコタマは、小さな苗木をその手で抱えていた。まるでウカタマから生えているように見えるが、コタマがぴょんと抱えたまま飛び降りてくれたので、生えてるわけじゃないとわかった。


 コタマがウカタマにはいと手渡して、ウカタマが俺に向かってはいと差し出してきた。


「もしかして、ここに植えるのかこれ?」


 しゃがんで受け取りつつそう訊ねると、ふんふんとウカタマがうなずく。


「なんの木なんでしょうね……」


「なんだろうな。……ん?」


 さすがに苗木を見て分かるほど詳しくもない。

 根っこのあたりを土塊で固められた苗木を手に、千種と同じように首をかしげるしかなかった。

 そんな俺たちを見て、ウカタマがちょいちょいと森の方を指し示す。

 森の方から、ムスビがぱたぱたと飛んできている。


 白く神々しいふさふさの脚を持つその姿には、荒い目の網袋っぽいものがぶら下がっていた。


 飛んできたムスビが少し高度を上げて俺の頭上をフライパスしつつ、袋を落としてくる。胸元へ飛び込んできた網袋を受け止めると、ふわりと爽やかな香りに包まれた。


「オレンジだ」


「あっ、森のどこかに生えてるんですね」


 網袋には、数十個のオレンジが入っていた。けっこう量があって、一つ一つがなかなか重い。

 果樹園のように一つの木を大量に集めて植えたり剪定したりされてないので、遠目には分からないのだろう。

 まあ、今まで伐採した樹の中にもたまに実が生ってたりしたが、正体が分からないので見ないふりしてた。まだ青かったし。


 しかし、ムスビが持ってきたのは馴染み深い橙色の果実。柑橘類特有の軽い香気。

 オレンジだった。


「わあー、高級品!」


 千種が嬉しそうに言う。


「高級品?」


「あっ、はい。この世界だと、見慣れない果物はまず高級品ですね。ブドウとかりんごとか梨とか、そういうのも庶民からしたら高いです。プラムと野いちごが食べられれば、けっこう良い食事です」


「なるほど……」


「でもそのお高い果物も、日本人的にはちょっと酸っぱいくらいですね」


「ああ、まあ仕方ないな。ジュースとか料理にすれば、酸っぱくてもなんとかなりそうだけど」


 俺が言うと、千種がぎゅっと目を閉じて顔を背けた。なにか嫌な思い出に当たったように。


「小っちゃい果物をすり潰して、はちみつと香辛料と一緒に混ぜて固まるまで煮たやつ。ありましたよ。クセが強くて、まずいけど甘いから食べられるレベルのジャムペーストみたいな……。あんな味でも、他のよりマシだったんです……」


 口ぶりからして、美味しいものにはならなかったらしい。


「だから、新鮮な果物が生で食べられる時だけが救い……」


「食べてみる?」


 ナイフで四分の一に割ったオレンジ救いを差しだしてみると、千種はふへへと笑って受け取った。


「王様でもこれは食べられませんよぉ……神樹の森で採れた果実なんて、聞いたことないですからね……ざまぁ。わたしに美味しいものくれなかった王様、ざまぁ。滅びろ」


 なんか怖いひとり言を漏らしつつ、オレンジを大事そうに見つめる千種。

 一時だけ身を置いていたという王宮の暮らしは、よほど悪い思い出が積み重なっているようだ。


 そんな千種を見つつ、両手を合わせて上下に振りくれくれとアピールしてくるウカタマにもオレンジを渡して、最後に頭の上に乗ってきて早く食べてみろと急かすムスビに従う。


 見たところ、果肉はたっぷりと汁をたくわえていて、果肉はみずみずしく膨らんでいる。普通に生でそのまま、いけそうな見た目だ。

 これでムスビたちが持ってきたものでなければ、ミスティアに食べられるものか相談してから口にするところだが、精霊獣は信じられる。


 かぶりついてみた。


「んん……! っと、水分がすごい。けど、甘酸っぱい。かなりうまいなこれ。イケる」


「うまぁー!!」


 みかんのような甘みに、オレンジの軽い香り。酸味が程良いので、甘い果肉を飲み干してすぐ次を心惹かれるような後味がある。

 これは一箱いくらのものじゃない、お歳暮レベルの味だな。

 あるいは千種が感動で大きい声を出すレベル。


「美味しい……美味しいよぅ……」


「いっぱいお食べ」


 もう一つ切って差し出すと、千種が泣きながらあぐあぐと口に運んだ。

 トラウマを呼び覚ましたせいで、当時の味と比較しているようである。しばらく役に立たなさそうだ。


「それで、この苗木はこのオレンジのやつってことか?」


 脇に置いていた苗木を改めて指さして訊ねてみる。


 皮ごとシャクシャク食べるウカタマとコタマを見ると、二頭とも同時に首を縦に振る。

 合ってるらしい。

 なるほど、果樹園を作りたいのか。そういえば前にそういうこと言ってたな。


「苗木からだと数年がかりになるけど……ま、気長にやるか。うまいからな」


 確かにめっちゃ美味しいんだ、これ。


 ぐ、と親指を立ててやると、ウカタマは器用にも同じように親指を立ててうなずいた。


「ムスビも、ありがとう。持ってきてくれて」


 俺が言うと、ムスビはそれだけで満足したかのように、飛び去っていった。

 クールなやつだ。


 その後、俺とウカタマで一緒に苗木を植えた。

 しばらくしてからもう一度菜園を見たら、苗木は増えてた。どうやらウカタマは一本では足りないらしい。


 ちなみに、近くに積んでおいた木の根っこは減っていなかった。果物ばかり食べているな、あれは。

 まあ、木の根は持て余すようなら薪にでもしてしまえばいいし、問題無い。


 しかしオレンジか。俺も、頑張って取りに行ってみてもいいかもしれない。





 その日の夕方。


「つっかれたぁ! もー、今日は大変だったわよー」


 珍しくちょっと薄汚れて、怪我までしたミスティアが帰ってきた。

 心なしか、マツカゼも走り疲れた感じでへたりこんでいる。


「おかえり。どうしたんだ?」


「あ、うん、ただいま! 実はね、すっごく良いもの見つけちゃったのよ」


 俺が飲み物を差し出しながら訊くと、ミスティアはぱっと顔を明るくして語り出した。


「でもね、すっごく良いものだから、森の獣にも狙われるの。で、獣を狙う魔獣なんかも来ちゃうわけ。だからもう、ストームグリフィンくらいの格がある魔獣が、次々現れる地帯になっちゃってて。その中で闘いながら採取してたから、こんなに手こずっちゃった。私もまだまだね」


 興奮ぎみに言うミスティアである。どうやら闘争のせいで、気持ちは高ぶりを残しているらしい。


「そんなに危険なら、俺も手伝うよ。やるなとは言わないけど、心配になる」


「そ、それはあの、ありがとだけど、そこまでじゃないっていうか、あの、はい。あはは」


 目を逸らしてもじもじするミスティア。どうやら調子に乗ったのが恥ずかしいらしい。


「まあ、分かってくれれば。それで、なにを見つけたんだ?」


「そう! それが大事よね! 実はね、闘いながらもぎ取ってきたのよ!」


 ミスティアが、いそいそと戦利品を取り出した。


「じゃーん! はいこれ! 神樹の森のオレンジ! 一緒に食べましょ!」


「…………わ、わあー、すごいな」


「む、微妙な反応。もー、わかってないなぁソウジロウは。こんなの貴族だって大枚はたいて買えない代物なのに。それに、すっごく美味しいんだから!」


「いや、嬉しいよ。本当に嬉しい。すっごく頑張ってくれたのは、本気でありがたいと思ってる」


「そ、そうかなー。えっへへ。じゃあソウジロウが切ってね」


 満面の笑みで、その貴重な戦利品を差し出される。


「あ、でもみんなで分けましょ。チグサー? いるー?」


 待ってくれ。

 俺はゆっくり説明したい。なにも知らない千種を呼んだら、一瞬で状況把握して第一声を選び抜いてくれる奇跡が起きないとどうしようもないことに


「あっ、はい。あっ、またオレンジですか?」


 ミスティアが笑顔のまま静止した。


「……また・・?」





 精霊獣の特性として、魔獣に察知されづらく、敵対されづらい。そして、ウカタマは穴を掘って近づけるし、ムスビは飛べるので穴に落として収穫作業をできる。

 俺は自分で取りに行くのはやめておこうと思う。少なくとも、しばらくの間は。


 どうしようもなかった。


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