第38話 ミスティアの一大事

 ウカタマと一緒に菜園を見回っていたら、物凄い勢いでマツカゼに吠え立てられた。


「うわっ!? ど、どうしたんだマツカゼ!! ミスティアは? 一緒じゃないのか?」


 こんなことは初めてなので、ちょっと驚く。


 激しく吠えるマツカゼが、ダッシュして足を止めてこっちを見る。それをくり返す。

 ウカタマがマツカゼに向かって走り出した。


「ついてこいってことか?」


 俺は首を傾げつつ、二匹を追った。

 狼は俺がついてくるのを見て、どんどんスピードを上げる。


 首に巻かれた可愛らしいリボンを見て、はたと不安がよぎる。


 まさかミスティアになにかあったとか言わないだろうな。


 逸る気持ちが足を加速させて、マツカゼの尻尾を蹴り飛ばしそうになって慌てて自制する。

 落ち着こう。


「あっ、ソウジロウ! 早かっ――」


「ミスティア、大丈夫かそれ!? どうしたんだ!?」


 マツカゼについていった先に、ミスティアがいた。

 血まみれで。


「ああこれ、私の血じゃないわ。この子のやつよ。だから大丈夫」


 背中に背負っている鹿くらいある大きな獲物を目で示して、ミスティアはなんともないように言った。

 それから、神妙な顔で俺を見る。


「いえ、大丈夫じゃないわ。マツカゼに呼んでもらったのは、血まみれなせいなの。魔獣が寄ってくるかもしれないし、悪いんだけど拠点に着くまで護衛して。お願い」


「構わないけど……っていうか、俺が持つけど」


 〈クラフトギア〉で鳶口を取り出すと、ミスティアは慌てて後ずさった。


「待ってソウジロウ! この子、まだ生きてるから!」


「えっ?」


 驚きつつ背負われたものをよく見ると、いつも見る狩りの獲物とは様子が違っていた。

 布で縛られた翼と胴。目隠しをされた頭。同じく布で縛られた手足。

 生け捕りにされてる。


 翼から、ぼたぼたと血が滲んで垂れていた。


 その翼は、よく見れば鳥などとはまったく違う皮膜と甲殻を持っていた。


「この子は絶滅したと言われていた飛竜種なの。――下手すると、たった今絶滅しちゃうところだったけどね」


 ミスティアが背負っているのは、怪我をした仔竜だった。





 その竜は、狩りの途中でマツカゼが見つけたらしい。


 どうも怪我を負って動けなくなったようで、森の中でうずくまっていたという。


 その状態でなお自分を威嚇する仔竜の姿に、見捨てるべきかどうか、ミスティアは悩んだ。

 放っておいたら、翼の骨を折った仔竜は死んでしまうだろう。

 自然の掟というなら、それまでだ。


 しかし、結局は捕獲して、連れ帰ることに決めた。


 暴れる竜を布で縛って大人しくさせ、血を浴びながら背負ってきた。


 ただ、魔獣に襲われたらなにもできないので、マツカゼに応援を呼んでくれるように頼んだのだ。


「ちょっとした賭けだったわねー」


「危ないよ本当に」


 華奢なミスティアより大きい竜を背負って帰ってくるという行動は、ちょっと無茶だ。


「いちおう、やっちゃったけど……良かったんですか?」


「ありがと、千種。ソウジロウも。無茶なこと言ってごめんなさい」


「いや、べつに俺たちはいいんだけど」


「そんなことない。せっかく作ってもらったのに、あんなこと言って本当に悪いと思ってる」


 連れてきた竜は拘束を解くと逃げてしまうし、かと言って、縛り上げたままにもできない。

 ミスティアの小屋の私物を全て外に出し、壁の一部を大きく切り取って中に入れた。

 切り取った壁は、竜を入れてから『固定』して戻した。


 千種は拘束していた布を影で飲み込んで解放しつつ、部屋全体に闇を下ろして暗くしておいたらしい。


 そうすると静かにしているらしいとかで。


「翼に添え木しつつ、様子見かな。治癒の魔法は専門じゃないし、警戒されてるから抵抗して暴れちゃうかもしれないし……竜種の回復力に任せた方が良いかな……」


 ミスティアが考え込んでいる。


「まあ……とりあえず、血を落としてきなよ」


「おっと、そうね」


 全身汚れたままのミスティアにそう言うと、いま気付いたとばかりに自分の姿を見下ろした。


 千種と一緒に川へ向かうミスティアだった。





「うーん、まだ落ち着かないみたい。歩き回ってる。壁とか引っかいちゃうかも。ごめんなさい」


「いやそういうのはぜんぜん良いけど……」


 秒で川から戻ってきたミスティアが、小屋の近くで地面に耳を当てていた。


 まだ髪が湿っている。戻って来るにしても急ぎすぎだろう。


「あっ、葉っぱ付きの枝とかってある?」


「まあ、いくらかは」


「小屋の中に飛竜の寝床作らないと。枝でいいのか分かんないけど、とりあえず入れてみたいの。もらってもいいかしら?」


「いいよ」


「ありがとう!」


 そう言って、ミスティアは俺の作業場のほうへと走っていった。


 なんかあわあわしてるなー……珍しい。


 大丈夫だろうか。

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