第39話 新しい縁結び
「んあ、マツカゼ……? いや早くない……?」
朝、とすら言えない時間。
まだ薄明かりすら差し込まない明け方前に、マツカゼに起こされた。
マツカゼはきゅんきゅんと申し訳なさそうに鳴いている。
「そういえば、ミスティアの小屋は竜が入ってるから……ふあ、なんでお前一人なんだ?」
あくびしつつ聞いてみるが、昨日と違って緊急事態という感じの顔はしてない。
とりあえず起きて窓の外を見上げるが、やっぱり暗い。まだ日の出よりほんの少しだけど早い。
「んー……?」
ふと思い当たることがあって、俺は外に出た。
「ミスティア、何してるんだ?」
「あれ、ソウジロウ?」
小さな灯りが、ミスティアの小屋の近くで見えた。
歩み寄ってみると、やっぱりそこにはエルフがいた。
見たところ、寝起きの姿のままだ。
「飛竜の様子がおかしくて。あんまり寝てなさそうなの」
「直接、中を見に行けばいいのに」
「まだ家に慣れてないから、刺激したくなくって」
「分からなくもないけど、まだこんなに暗いのに」
朝早く――どころじゃないほど早い。
「……私は二十年くらいこの森にいるけど、あの子を見たのは初めて。二〇〇年以上生きてた時間を含めてもね。とっくに滅んだと思ってた。目の前で絶滅させたくないの」
「まあ、そうだな」
うなずいて相槌を返すが、ミスティアの意識は飛竜の方を向いている。
たぶん聞いてないだろう。
マツカゼが俺の後ろについてきてる。
ミスティアが起き出したので、自分も起きないといけないと思ったのかもしれない。
「狩りに行ってくるから、マツカゼをお願い」
「まだ陽も昇ってないのに」
「竜に食べさせるお肉を獲ってこないといけないから。ごめんね」
言いながら、ミスティアはさっさと走り去っていった。
暗いところで狩猟犬がいると、魔獣と戦う時に巻き込むかもしれないので置いていく。
肉も、新鮮なのを食べさせたいんだろう。まだここに連れてきたばかりのやつだし。
「……しかしまあ、竜かぁ。異世界での竜って、どんな扱いなんだ」
詳しそうな子に聞こう。
「真龍・古龍みたいなのは喋ります。っていうか、人間より頭が良くて強いって言われてますね……。会ったことある人間は、あんまりいないけど……」
千種が斜めに傾きながら言う。
「あれはだいぶ獣っぽいけど……大きくなると喋るのか?」
「飛竜種は、人間と猿くらい違う……みたいなことを、竜族が人間に教えたって伝承がありますけど……」
「ああ、なるほど。種の起源が同じだけど、枝分かれして違うものになったのか」
「あっ、そういう意味なんだ」
よく言われるけど”人は猿から進化した”のではなく、もっとずっと種を遡って”猿とは別の進化をした”のが人間だ。
物にたとえて言えば、鍬と刀はどちらも鉄でできているが、鍬が進化して刀になったと言われると、そんなわけないだろとなる。
「神樹の森の飛竜……古代に竜騎士が乗ってたと言われた、原種の飛竜かもですね……」
「へえ。それなら、頑張れば馴らしたりできるのかな」
「どうなんでしょう……」
その日以来、ミスティアはずっと竜にかかりきりになっていた。
「ミスティア」
「ちょっと魔石を獲ってこないとなので!」
ちょっと相談したいことがあったけど、急いで走っていってしまう。
「ミスティア見なかった?」
「あっ、なんか食べる肉と食べない肉があるとかで、も一回狩りに行きましたけど……」
うーん、タイミングが合わない日が続くな……。
「ミスティアは?」
「石を探しに行きました。優秀な妖精に竜の体調を見ろと言うので、綺麗な石を要請したところです」
「お前のせいか」
サイネリアは宝石でも作る気だろうか。
ともあれ、ミスティアはずっと走り回っている。
マツカゼがついていけないくらいだ。
「ミスティア知らないか?」
寝転んでいたマツカゼにそう訊くと、きゅーんと情けない声で鳴いた。
違うんだ。ついていけてないのを責めてるわけじゃないんだ。
そんなことがあってからようやく、アウトドアチェアに腰掛けたミスティアを捕まえた。
「ミスティア」
「うあっ、あ、ごめんなさい寝ちゃってたわ」
「いや、起こしてごめん」
座ったまま寝てたらしい。
「そろそろ、竜は落ち着いた?」
「うーん、たぶんね。もう私を見ても威嚇しないわ」
笑って答えて、立ち上がる。
「休んでるところ邪魔しちゃったな。ごめん。退散するよ」
「えっ、そんなことないのに。何か用があるんじゃないの?」
「いや、いいんだ。ゆっくり休んでて」
体を休めてもらうのを優先した。
詳しい話はまた後日で大丈夫。
まあ、一つだけちゃんと聞いておきたいことはあったけど……。
「ん?」
歩み去ったつもりが、背後からすごい気配がする。
振り返ると、ミスティアがダッシュで駆け寄ってきていた。
「あ、あの! もしかして、私が最近こんなだから何かあった!?」
「えっ」
「なんか竜のことばっかり話しちゃっててごめんなさい! えっと、食べたいものがあったとか? 狩る? 頑張るけど!? 竜のことばっかりでサボってたわけじゃなくて、その――」
「いやそういうことじゃないんだよ」
追ってきてまでそんなこと言うとは思わなかった。
「ただ俺は、ちょっとだけ聞きたいなーって思ってただけで……」
「なになに!? なんでも聞いて!」
そんなに必死になることじゃない。
「あの竜って、俺が見たり触ったりしに行っていいのか聞きたくて」
「ほぇっ」
ほえ?
ミスティアがびっくりした顔で、びっくりするような声を上げる。
「もうちょっとしたら放し飼いもできるかもって言ったから、まあ、もう少し待とうかと」
「ソウジロウは、竜にご興味がある……?」
「あるある。撫でてみたい」
恐竜みたいでかっこいいじゃないか。
しかも賢そう。
でかい爬虫類と言えばワニとかコモドドラゴンとか、絶対触りに行くと食べられそうなのしかいないからな。
硬い肌で賢くて大きい。象みたいだ。
「えー! そうだったんだ! 嬉しいー!」
ミスティアが俺の手を握ってぶんぶん振る。
「大丈夫よ! 飛竜って強面だけどちゃんと懐くから、もう全っ然、撫でれるから! あっ、お腹いっぱいの時に見に来ない?」
「行く行く」
「やった!」
ずっと我慢していたけど、むしろミスティアは喜んでくれることだったらしい。
「うわ、なんかグルグル唸ってるけど、大丈夫か?」
「へーきへーき」
竜の小屋に入ると、ドダン! と竜が反対側の壁際まで跳ねて下がった。
俺を見ている。
ミスティアのことは慣れた、というのは本当らしい。
俺のことだけ警戒している。
「目が良いし、知能も高そうだ」
「分かるんだ?」
「あきらかに一瞬でミスティアと俺を見分けたし、初めて見る人間の方だけ目で追うし」
「そうなの。すごいわよね」
嬉しそうにうなずくミスティア。
分かる分かるって、ものっすごい首を縦に振っている。
「どうするのが正解?」
「分からない。私も竜を拾ったの初めてだもの」
「それはそうか。滅んだはずって言ってたし」
じっと見つめてくる竜。
猫相手なら視線をゆっくり外さないといけないけど、竜はどうだろう。
「怖くないわよー。ほらっ。ねっ!」
ミスティアが俺と肩を組んで。竜にアピールしている。
体を寄せ合ってピースするエルフ。
自撮りかな?
「仲良し!」
「お、おう」
俺も竜に手を振ってみる。
竜は頭をくるりと傾けた。首を傾げる馬みたいだ。
「あっ、ちょっと可愛い」
「そうでしょ!」
なぜかミスティアが嬉しそうに答える。
そんな風にしながら少しずつ竜に近づいて、最終的にどうにか目の前にきた竜の首を撫でることができた。
「あったかいな。体温高そう」
「うん。意外とね」
爬虫類とは違うらしい。
じっとこちらを見つめてくる竜は、最初とは違って、少し警戒心を解き始めているのが分かった。
鼻先を近づけてきて、俺の手をしきりに嗅いでいる。
それから、じっと俺の目を覗きこんでくる。
「んー?」
飛竜は俺から視線を外して、天井を見上げた。そして、もう一度俺を見る。
ふーむ。なんとなくだが、やっぱり竜が大きくて、この小屋が狭いみたいな主張をされているような。
仔竜の大きさはだいたい子馬と同じ程度だが、馬なら子どもでも走り回るのだから、飛竜もちょっと飛び上がるくらいはできた方が良いかもしれない。
「小屋が狭いのかもな。天井取っちゃうか」
「えっ、まだ翼折れてるし、飛ぼうとしたら傷が悪くなっちゃうから……」
「いや、大人しくできるよ。なあ?」
語りかけると、竜が軽く鳴いて答えてきた。
「……ソウジロウ、もしかして、飛竜と話してる?」
「さあ? 分からないけど……〈クラフトギア〉の気配は感じてるし、好きみたいだから」
精霊獣たちの反応と似てるのである。
神器を工具として扱っているので、だいたい腕の中にあるみたいなイメージが俺の中にはあった。
ムスビやウカタマは手を差し出すとその気配を探るように、手のひらではなく腕の方へ引き寄せられがち、みたいな反応をするのだ。
飛竜を撫でた時に、それに似た感じがした。
「ええー、すごくない!? 会うの初めてなのに!」
「女神様の祝福かな。あの神様もわりと生き物好きそうだし」
俺が言うと、ミスティアは笑った。
「あはは! 私と一緒ね! それなら、人気が無い神様なのも仕方ないかも」
……生き物好きのエルフ。ってもしかしてアレかな。
この世界だと、オタクとかリケジョ的な扱いなのか……?
竜が逃げなくなったので、竜小屋は移設した。
それと、ミスティアの様子が落ち着いた。
やけに張り詰めていたので心配していたが、もう大丈夫そうだ。
良かった。
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