第36話 宴会から恋バナへ

 さんざん飲み食いしたので、みんな満足げに焚き火を眺めるだけになった。


「焚き火はいいよな……眺めてるだけで温まるからな……」「そうよねー」「ふへへー。ふへへぇー」「なあー」


 酔っ払いどもの会話である。


 棒と毛布を組んで作った即席のアウトドアチェアに背中を預けて、焚き火の前に並んで座りながら。

 てきとうな話をしている。


「闇魔法の使い手ってねー、フツーだと人を食べたり幻を見たりするの」


「宮廷の扱い微妙だったのそれかー」


「なぜ信仰値ゼロで闇魔法なのか、妖精は疑問に思います」


「私のこれただのチートだしー。あ、れも少年ジャ●プは信仰してれぅー」


「子どものころから読んでた漫画が、完結する前に死んだのが心残りだよ、俺は」


「……ちゅらい。わかるぅ」


「なになに、漫画ってどんなの?」


「聞いちゃいますかー。陰キャに漫画の話を」


「よく分からないけど、禁忌の話なの?」


「ある意味そうだよ。そこの女子高生の詠唱はソレのモノマネだから」


「ほんとーに禁忌ですよその話はー!!」


 もはやグダグダである。


 火に当たりながら、ぼーっとした話を好きなようにやっていた。


「ハイエルフには、禁忌ある?」


「いきなり言われると、あんまりパッと来ないなー……」


「宮廷でさー、聞いたんだけど。エルフを宮廷に誘ったら、エルフは木に成るからダメって言われたらしーじゃん」


「あははっ、それ聞いたことあるわ! でもただの断り文句のジョークよ。あーでも、木に成るわけじゃないけど、魔法は使うわよ」


「えっ、じゃあ逆に、千種とでも子どもできるのか?」


「あっははは、そんなわけないじゃない! チグサとなんて、あははははは! この中ならソウジロウとじゃないと──ってなに言わせるのよ! もー! あははははは!」


「ごめん。でも今の自爆だと思う」


「ふへへっ……エルフも下ネタで笑うんだ」


「ははっ……!」


「うっ、うるさい! 人に話したら呪うわよ二人ともー!」


 何を話していたのか、正直1分前のことを忘れてる。

 ただ――誰かが何かを言うたびに、自然と笑いがこぼれるような、心地良さだけが印象に残る集い。


 まあ一つだけ言えるのは、全員、心地よく酔っていた。



 あ、私いま寝てた。

 自覚しました。ミスティアです。


 なんだかいつの間にか寝てた。

 浴びるようにお酒を飲んでから、焚き火をまったり囲んでいたと思う。


 マントにくるまって千種が座ってて、私も膝掛けをもらってお酒を舐めながら火を見てて……。


 あー、記憶が無い。これ以上記憶が無い。


 実は、さっきから目を開けてない。

 まだ頭に酒精が残ってる感じがする。あんまり時間経ってないかな、これ。


 うたた寝しちゃったらしい。


 火が小さくなっている気配がする。

 ソウジロウとチグサはどうしたのかな。

 話し声がしない。


 二人も、寝てるのかな?


「まだ寝てるな……」


 ソウジロウの声がした。

 ささやくような声だった。気を使ってくれるみたい。


 ……ちょっと、起きるのめんどいなー。

 いっか。寝たふりしとこ。

 ていうか二度寝しちゃお。


「……っ!?」


 私は持ち上げられてた。

 びっくりした。


「よっと。軽いなー」


 声が近い!

 えっ、ソウジロウに抱きかかえられてる?

 な、なんで? なんでですか?


 歩いてる。運ばれてる?

 あ、部屋に戻してくれるのかな。


 優しいなー。お言葉に甘えちゃおうかな。言葉じゃないけど。

 だって、歩くの面倒だから。

 だからべつに、ぎゅってされてるところから体が熱くなったりしてるのが理由じゃないですから。


「っと」


 軽々と運ばれて、ソウジロウはすぐ部屋に入った。

 ベッドに寝かされたら起きる。

 それでお礼言って、寝たふりとか言われても笑っちゃおう。


 よし、完璧。


 ……ものすごくやわらか!? あっ、これデッキ付きの小屋かな?


 横になった地面の感触で、完璧が消し飛ぶ。

 地面じゃない。ソウジロウが新しく建てたやつ!


『セックスができる部屋ですね』


 それは妖精が言ってたけど!


 ど、どうしよ!? あ、あんなこと言っちゃったから?

 い、いやー、私ほんとに経験とかが無いしあの。


「これは、外しておくか……」


 髪留めが外されてしまった。ぽふんと髪を下ろされる。

 ベッドの脇に、ソウジロウが座る気配。


 ……迷ってる間に、起きるタイミングじゃなくなっちゃったー!?


「綺麗だなー……ほんとに……」


 指の背で、頬を撫でられる感触。

 顔を見つめられてるってことでしょうか!


「……いくか」


 いくんですか!?


 なんだか、まだ目が開けられない。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……でも――


 ぱたん。


 ぱたん? 扉が閉まった音?


「…………」


 無音。静寂。


 寝かされただけ、ってことですか。

 はいはいはい。なるほどなるほど?


「…………ふ」


「サイネリア? 見てたの? ずっと? いま鼻で笑った?」


 目を見開くと、妖精が小さなカウチに寝そべって、お酒を飲んでた。


「聞きたいですか、優秀な妖精の実録実況を?」


「…………最後まで、無事に言えると思う?」


 無表情のまま、妖精がふっと姿をくらました。まるで身動きもしてないのに、宙に溶けるように姿が消える。

 おのれ妖精族。


「……チグサ、起きてる?」


 いま気付いた。

 妖精を脅迫したら、私の横で怯えて震えだした子がいる。


「ぁっ、す、すみません……寝てますぅ……」


 たぶん、チグサも運び込まれたんだと思う。私より先に。


 私より先に。そして、寝転んでる。ふーん。


 横向きに姿勢を直してベッドに肘をついて、青い顔しながら目を瞑る魔法使いに訊ねる。


「……寝たフリ、ずっとしてたの?」


 ビクッと震えた。

 少し沈黙した後に、その顔が小さくうなずいた。


「……はい」


「……目、開けなかったんだ?」


 今度の沈黙は、だいぶ長かった。


「……………………ど、どうしたらいいかわかんなくてでしゅね……」


「ふーん……」


 私はちょっと考える。

 そして、結論を出した。


「ソウジロウが悪いわよね、これ」


「あっ、はい」


 チグサの目が開いた。


「はー、焦ったー。二百年以上生きててこんなに焦ったの初めてよー……」


「……えっ、初恋ですか?」


「こっ、恋とかじゃ、なくてさー。エルフと人間だしさー。恋とかは、なくないー?」


「あっ、日本人は別にエルフと人間でも……あっ、どうでしたっけ……?」


「そこ大事でしょ! ありなの? なしなの?」


「あっ、ありとかなしとか大事です、か……?」


「だってさー、そのさ、私は昔そう言って断ったことがある、というか、ですね……」


「はえー。どんな人でした……?」





「? 起きてる。若いなー、やっぱ」


 レストハウスに運んだ二人が、なにやらきゃいきゃいガールズトークしてる声がする。

 内容までは分からないが。


「ビールより、ワインを要請するべきでした。優秀な妖精は反省しています」


「お帰り。どこ行ってたんだ?」


 焚き火に戻ってお茶を飲んでいたら、妖精がふらっと姿を現した。


「しいて言うなら芸術鑑賞……ですかね。マスターは良い働きをしてくれました」


「千種と仲直りできたってことか?」


「弱味は握ったので、問題ありません」


「大ありだろ……」


 やれやれだ。


 明日の朝は大片付けが待っているけれど、今日はもう、満足すぎて動きたくない。


 飲み会の夜は更けていった。


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