第35話 お祭りは始まる前から

 前回のあらすじ。

 妖精がお酒とお米を持ってきた。


「おっさけだぁ~!」


「おっこめだぁ~!」


 ミスティアも千種も大喜びで、意味も無く走り回ってからハイタッチする。

 テンション高い千種は、ちょっと久しぶりに見られたな。


「妖精が……あー、みんなに会えたお祝いをしたいって持ってきた」


「拒否します。そんなことは言っていません」


「意外と可愛いところあるじゃない。でもそういうの、良いわね! 私は好きよ! お酒最高~! お米も食べたことないけど最高~! ふゥー!!」


 ミスティアはべた褒めだった。

 肝心の千種は、


「おこめだ……おこめだ……おこめ……」


 白いブツに釘付けで、他になにも目に入ってなかった。


 せめて妖精を一瞬でもいいから見てあげなさい。


「さんねんぶり……」


「すまないサイネリア……俺はいま、千種になにも言ってやれない……」





 その日は、みんなで食事の準備をすることにした。


 キャンプで美味しく物を食べようと思ったら、自分で作ることが一番だ。

 簡単なものでいい。ホイル焼きや焼きおにぎり、いっそカップ麺でもいい。


 とにかく自分で作ると美味しい。それがキャンプ飯だ。


 ついでに、自分で採取までするともっと良い。


「お兄さん、これ入れていいやつ……?」


「いいやついいやつ」


「ふへへぇ、なんか見分けつくようになってきたかも」


 採ってきた野草を手にして、喜ぶ千種。そのそばにいるウカタマに、さりげなくエールを送る。


「優秀な妖精は、キノコも採れますが?」


「じゃあ千種と一緒にここを頼む」


 仲直りのきっかけができるかもしれない。





 以前から狙っていた川エビの捕獲を狙う。


「つーかまえっ、た!」


 ミスティアが、川に入って確保した。

 俺も一緒に探したんだが、普通に見つからなかった。


 狩りに行ってもミスティアの方がすぐ魔獣に気付くし、何かが違うんだろうな……。


 ともあれ、川エビを岩場から引っ張り出すミスティアを助けに行く。


「いいのが獲れたぁ~! ひゅーぅ!」


 バチバチに暴れるエビの触角を握って、笑っているミスティア。


「でっか。異世界の川エビでかいなー」


「ソウジロウのところだと、どのくらい?」


「手のひらに乗るくらい」


 川のエビといえば手長とかそのへん。

 ここのは伊勢エビくらいでかい。


 大味になってるかもしれないので、試食の分も獲らないと。

 小さいのでいいから。


「味見が必要なの? こだわりがあるんだ」


「日本人は、水中の生き物はわりとなんでも食べるから」


 それはもうこだわりあります。


「半魚人みたいな言い方。半魚人まで食べちゃうつもりかしら」


「日本に半魚人はいない」


 反射的に答えてから、ふと付け足す。


「ところで、人魚って半魚人に含まれる?」


「もーそんな……えっ…………?」


 半分笑いながら振り返ったミスティアの顔が、俺の顔を見てどんどん青ざめていく。


「じょ、冗談だよ」


「ああ良かったー。もうっ!」


 八百比丘尼の伝承を思い出しただけなんだが、説明するといろいろ誤解を招きそうだ。

 今度、ゆっくり話せる時に話そう。





 さて、作りたい粉がある。

 小麦粉と、片栗粉の二種類だ。


 片栗粉は前回の竜田揚げでも作ったので、同じ方法が使える。

 野草の鱗茎を茹でて絞って、汁から作れるやつだ。


「あははは、ちょっとドロってするー!」


 ミスティアがやってくれるとのことで、任せた。

 何がおかしいのか、潰した鱗茎を布に包んで絞って、指の間から吹き出るでんぷんにウケてる。


 問題は小麦粉。

 小麦は町で買ってきた分がある。調味料を優先したので、主食には心許ない量しか持って来れなかった。

 でも調味料としては十分に使える量だ。


 で、どうやって粉にするのか。

 今後を考えて、手回し式の石臼を作ることにした。


 まず、頑丈そうな岩を円柱の形に切る。それを半分に切って、二つの円盤にする。

 上臼と下臼の合わせ面に、それぞれ異なる傾斜をつける。中央は高く、端に向かって挽く物が転がり落ちていくように。

 また、臼というのは、上下でぴったり噛み合わさってはいけない。端の方はぴったりにして、中央は端より上臼との隙間を大きくしておく。

 穴に入れた粒が、中央では細かく砕かれ、小さくなって端に滑り落ちるにつれて、粒子が小さくなるように。


 上臼の上面は、少しくぼみを作っておく。小麦を乗せたまま回転させても、端から落ちない程度に。

 そして、中央近くに小麦を投入するための、穴を貫通させる。


 ここまでで、だいたい形になってる。取っ手を付けたらもう完成、と言いたいくらい。


 そうもいかないので、合わせ面にもうちょっと工夫を入れる。


 まずは溝を掘る。『目立て』と呼ばれる作業だ。ケーキのホールを切るみたいに、放射状に八分割する線を彫る。

 で、分割した線を跨がないようにしながら、時計回りに平行な溝を入れていく。

 上臼と下臼で、逆回りなるように溝を入れる。



 そして、中央に少し穴を彫る。

 車輪の軸のように、下臼と上臼がズレないための木の軸を下臼に『固定』し、上臼の中央にも開けた軸穴とぴったりはめる。

 あとは、上臼に取っ手を側面につけて、樹皮を編み込んだ帯でぐるりと巻いて『固定』する。


 臼より大きな受け皿の上に乗せれば、完成だ。


「な、なんですかこれ?」


「よし、千種に任せよう」


「ええー!?」


 石臼を見たことないという千種に、あえて託した。


略式にゃる略式にゃる……」


 石臼を蛸足がぐるぐる回してるのを見守る千種。

 目が真剣だ。


 ゆっくり回してちょっとずつ入れないと、摩擦熱で粉が焼け付いたりする。そう教えたところ、だいぶ慎重にやってる。


 座りこんで、蛸足がぐるぐる回す石臼を、じっと見つめ続けていた。

 時々手を動かして、小麦を穴に落としてる。


 なんか似合うな……。





 さて、俺には重要な使命がある。

 採ってきた魚やエビや肉を捌いたり、野草を切ったりすること。

 つまり包丁仕事だ。


「うーん、このエビかなり味が濃いから、わりといけるな……」


 ついでに、食材の試食。

 塩茹でしただけのエビの身をひとかけら口にしてみると、でかいのに美味い。

 ぷりりとした弾力に、濃い味わい。本当に伊勢エビみたいだ。ヘタしたら、それ以上に美味しいかも。


 と、そんなことしてたら毛玉が寄ってきた。


「んー、気になるかマツカゼ? ほーら」


 人が何か食べてる気配を察知したらしいマツカゼに、エビの切り身を一つ見せる。

 口を開けて目を輝かせるわんこに向かってエビを落とすと、きっちり空中でエビの身をパクリとキャッチした。


 反応を見ると、美味しかったらしい。

 くるくる回って喜び、もう一つ、と俺を見上げる。


「もうダメ。一個だけだ」


 マツカゼは聞き分けが良いので、ちょっと不満そうにしながらも去っていった。


 下ごしらえに戻る。


 しかし、またも後ろから服を引っ張られた。


「一個だけだってマツカゼ」


「うん、一個だけよね」


 振り返ると、ミスティアが屈んで俺を見上げていた。


 あーん、と口を開けて待たれている。


 切り身はもう一つ減った。


「んふー、おいしー! チグサー!」


 エルフは仲間を呼んだ。もう一つ減った。





 食材を揃えて下ごしらえしたら、後は、調理をすれば完成だ。


 町でいろいろ買った調味料を、ここぞとばかりに発揮する。

 いろいろと集めて、どうにかメニューを増やした食卓は、かつてない豪華なものになった。


 とっぷり日が沈んでから、夜の食卓に豪勢な料理がずらりと並ぶ。


 大きな石鍋ごとテーブルに置かれた、川エビのパエリア。鍋の中央に鎮座する、テルミドールのように頭ごと半割りにしたエビの迫力がすごい。ハーブとオイルで香り付けした米の炊き上がりを、千種はじっと見つめて待っていた。


 そして前も好評だった、ヒレ肉のから揚げ。

 これはミスティアが頑張って手伝ってくれた片栗粉と、チグサが挽いた小麦粉を混ぜたもので、今度こそ本当にから揚げだ。


 そして、絶対に美味い、野草と野菜と川魚の天ぷら。久しぶりの白い衣に、千種と俺のテンションは天井知らずだった。


 最後のメインが、熊肉のウッドプレートステーキ。

 保管していた魔獣の肉を、なんと木を焼き板として使って焼いたステーキだ。燻製とステーキの中間くらいの、スモーキーな肉に仕上がっている。


 分かってる。


「……調子に乗ってちょっと作りすぎたな」


 まあ、なんとかなるだろう。たぶん。





「いただきまーす! かんぱーい!」


 木で作ったジョッキに、並々と泡を作ったビールを注いで、宴は始まった。


「ソウジロウ! このステーキ、美味しいわ! えー、不思議。焼いたお肉なんて普通に食べてるのに。これは木の香りなのかな」


「ミスティアが作ってくれたから揚げ、ビールがめっちゃ進むな……しょっぱい」


「ごめーん!」


「大丈夫。今日疲れてるから美味いよ」


「耳長を甘やかさないでください、マスター」


「よっ……………………年ぶりの、おこめ……」


「千種泣いてる」


「異世界のメシが不味い、ってかなり言ってたからな……よく生き延びたよ」


「ソウジロウみたいに、自分で作れば良かったのに」


「優秀な妖精が、料理できる人間とできない人間がいることを耳長に分からせます。そして、異世界人は99%ができない種族のくせに、とも言います」


「1%に会いたいなそれ」


「ひっそりと暮らしています」


「どういうことそれ?」


「てんぷら、からあげ、おさけ……ここは、てんごく……」


「マツカゼも食べるー? おいしいー?」


 大樽のビールは、瞬く間に減っていく。

 良い夜になりそうだった。

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