第34話 羽心あれば下心あり
ある朝、大樽が飛んでいた。
「なんだこれ」
「おや、マスター。おはようございます」
よく見たら、サイネリアが大樽を持って飛んでいるだけだった。
「いやどこからこのサイズ……っていうか、どうやって持ってるんだ?」
相変わらずサイズ感が狂う。
なぜか丸いサングラスをかけながら、妖精がキメ顔をする。
「フッ、優秀な妖精が、ただ良好なベッドを要請する、異世界ヒモ活ホストだと思っていましたか?」
「言うほどヒモっぽくもないけど」
わりと重要な素材をくれたり、採集したりしてるだろ。
「……確かに。妖精にしては働きすぎですね。改めます」
やぶ蛇ってしまった。
話題変えよう。
「その樽はどうしたんだ?」
「おっと、よく聞いてくださいました。優秀な妖精は、マスターに言われたとおり闇のJKとの関係を修復します」
「その大樽はその為に?」
「ふ、そのとおり。まずは一杯どうぞ」
どすん、と大樽を置いて栓を開き妖精が手をかざすと、ふわりと液体が中から浮いて出て、妖精の置いたコップに飛び込んだ。
魔法ってやつはもう。
「これは……酒か。朝から飲ますなよ」
「まーまーまーまー。ちょっとちょっとちょっとだけ」
人の肩に乗った妖精が、サングラスの顔をぐいぐい近づけて頬に体をこすりつけてくる。
うざい先輩のアルハラ並みにうざい。口調が。
「分かった分かった……ってこれビールだ! 泡立てた方が美味かっただろ絶対!」
フルーティーな香気が立ち上がっていて、口当たり爽やかな味わい。いかにも肉が美味くなりそうな、少しの酸味。
絶対に泡が美味しいやつ!
「酒精は、人間関係の潤滑油に適しています。口を緩くするのに効率的です」
「妖精でもそうなんだ……」
「酒宴を開催し、過去の不幸を雄弁に語らせれば、きっと闇のJKはいくらでも内心を吐くはず。飲酒にかかる代金は、掛けで承ります」
「ホストクラブの手口なんだが?」
そのサングラスそういうこと?
妖精さんの経営母体が、いわゆる小指トバす事務所の方?
「……了解しました。ナンバーワンはマスターに譲りましょう。ですから、酒宴を開いてください」
サングラスを差し出してくる。いらない。
「なにを了解したんだ?」
勝手に取り引きを始めないでほしい。
「気付いていますか? この大袋の存在に」
「ああ、それ何かなって思ってた」
妖精は大樽を運び込んでいたが、先に謎の大袋が調理台に鎮座している。
この流れだと、それもサイネリアの仕込みなんだろう。
「優秀な妖精は、植物系にコネがあるものでして……この白いブツ、マスターなら価値が分かるのでは?」
袋の口を開けた妖精が、中身を手で掬って、ちらりと見せびらかす。
……それは!?
「お……こ、め……!?」
お米だった。
「これでも、宴を開くに値しませんか? こちらの提示する条件は、一晩ほど飲み食い語ることだけですが?」
飲み会。なるほど、いろいろと拠点を拡充したからやる余裕もある。待ち構えていたとしか思えない。
とはいえ、
「本当に!? ありがとう!」
選択の余地は無かった。
「穀物の味がほんと欲しかったところなんだよ!」
「優秀な妖精を、崇めることを許可しますよ?」
「崇めてもいい! 像を彫ろうか? 石と木のどっちがいい?」
「は? 狂気ですか……?」
妖精が引いていた。
いやずっとお米もパンも麺も食べてなかった現代人が、お米もらったらこうなるんだよ。
「千種は俺より喜ぶよ。楽しみにしなよ。それと、俺にしてほしいことがあったらなんでも言ってくれ」
「……では一つだけ。そのようなことを、今後は気軽に口にしないことを要請します」
サングラスを捨てたサイネリアが、不思議なことを言ってきた。
「えーっと?」
困惑する俺に、妖精は足を組んで大樽に腰掛けた。
「自覚が無いようで、妖精はため息です」
サイネリアの目が、俺に注がれる。
「貴方の中にある神器の性能に比べれば、このようなことは些末事です。この森林は事実上、貴方だけが活用できるもの。ですが、この森に固執する必要もありません」
森の向こうを見るように、どこか遠くを指し示す。
「その気になれば、この森を出て世界最大の王国に攻め込み、支配することも簡単でしょう。世界の財物も贅沢品も、全て献上させ、奪い取れるのです」
ただ淡々と、ただの単純な前提を話している。そんな口ぶりで、妖精は告げてくる。
「些末で、簡単なことです。レガリア。貴方は、世界を
その前提で、俺に問いかけてきた。
「どうでしょう。レガリア。覇者として、荒人神として――君臨し、暴食されますか?」
浮かんだ返答は、ごくシンプル。
「そんなことしたら、ミスティアが、一緒に驚いたり喜んだりしてくれなくなるだろ」
俺は素直にそう答えるしかない。
長い長い。
それに話が壮大すぎる。
「……ほほう、それはそれは。楽しくなる返答です、マスター」
サイネリアは、こくりとうなずいた。
「俺は脅し取る米より、優秀な妖精がくれる心配りの方が、美味しいよ」
「優秀な妖精は、その回答に満足です」
どこからともなく、またしてもサングラスを取り出して、装着する妖精。
「それでは、酒宴を開催することを要請します。と同時に、優秀な妖精は闇のJKと和解を求めます。酒精を飲用させ、酩酊のうちに関係修復を図ります。マスターには、闇のJKに多めに飲ませる準備を希望します」
「そういう下心は、ヒモ臭いね」
苦笑いが浮かぶ。
「まあでも、つまり千種と仲直りのために、お米持ってきてくれたんだろ。可愛いところもあるじゃないか。素直にそう伝えれば、喜ぶよきっと」
「……そのような曲解した伝達を拒否します」
「えっ、そこで怒らなくてもいいだろ」
ここまでしておいて。
「まあとにかく、何かをくれるというなら――知り合いの倉庫から借りてきたものなので、代わりに何か置いてくるものをください」
「……それ、盗んだって言わないだろうな?」
「まさかまさか。妖精として、正面から堂々と譲ってくれなどと言っては沽券に関わるだけです。彼らからすれば、この程度は飯粒も同然」
対象が複数になってるのが怖い。
というか、妖精ってめんどくさいな……。
「……その人に、ちゃんとしたお礼をできるように、何か作るよ」
「そういうことです。まあ、いわゆる人ではないですが、人型にもなるので大丈夫でしょう」
そういうことになった。なるほど、確かに
ともあれ、宴開催のお誘いは、ごく簡単だった。
ミスティアと千種に、酒と米を見せるだけで「今夜は飲もう!」になったからだ。
ここで素直に伝えれば、一発なのになー。
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