第四章
第31話 重機工房
さて、妖精が採取してきたゴムが手に入ったので、井戸掘りをすることにした。
というのも、現状だと水源を川に頼っている。
水量は豊富だし、これほど飲んで暮らしてるので水質も悪くないはず。鉤爪の浄化もある。
しかし、自然の中で生きるためには、いろいろとトラブルには対応できる予備があった方が良い。
雨が降れば川に近寄るのは危険だし、数日は濁ってしまう。
水の汲み置きなどは雨水の貯水槽でも作れば問題無いが、節水などで管理と手間が増える。
井戸があれば毎日の水汲みもだいぶ楽だし、雨が降っても降らなくても影響が無い。
ということで、まずは井戸の手押しポンプを作る。
「手押しポンプか……。ポンプってことは要するに、注射器と同じ構造だよな」
必要なのは、円筒のシリンダーと、押したり引いたりするピストン。
基本はそれで、あとはその動きをさせられるなら適当でいいはず。
まずは木桶と同じ方法で、細長い円筒を作る。
今度の底板は中央に大きな穴を開けて、円筒の下につける。
これで注射器の外側が完成。この中に、水を引き揚げるわけだ。
次にピストンを作るんだが、これは水に浮くと困るので、石で作る。本当は銅とかで作りたい。
石を切って削って円錐台形(プリンの形)にしてから、ヤスリで仕上げてツルツルにする。径の大きい円が上側だ。
あとはムスビからもらったゴムを、底と側面に貼り付ける。
これで、円筒にぴったりハマるピストンになる。
「で、ピストンの真ん中に弁をつける、と」
ピストンの中心部近くに、穴を開ける。上面に弁をつけて、下からは水が通るけど上からは通らないようにする。
この弁は、町で買ってきた銅板とゴムで作る。
これでピストンは完成。
ピストンに木で棒を『固定』して、シリンダーにはめれば、仕組みじたいはほぼ完成だ。
竹筒で水鉄砲を作った経験はおありだろうか。
俺はある。
いま手元にあるのが、それとそっくりな状態の手押しポンプ。
「試してみるか」
ポンプの中に水を入れてみる。
特に横からも下からも水漏れは見当たらない。
ピストンを上に引っ張る。
水はぐいっと上から溢れた。
「うん、まあいいな」
ポンプの上部に水の出口をつけた升と、シリンダーのロッド棒を繋げるハンドルに、それを支えるテコの支点。
そして、ポンプを支持する底板を固定するための台を仮止めすれば、打ちこみ式手押しポンプは完成。
次は、ポンプの底面で揚水管と繋げるための玉下だ。
ポンプと大きさを合わせた分厚い木の板を用意して、中央に丸く穴を開ける。穴の縁には傾斜をつけておき、ゴムを『固定』して接着する。板の裏側には、台形を棒で組み立てて固定しておく。
穴に合わせた大きさの円錐台形の石を切り、真ん中には真っ直ぐな木の棒を接着する。板に開けた穴に棒を通して、その先端に大きな円盤型の石を接着。
穴を蓋する石があり、棒のガイドで真っ直ぐ上下する。円盤が棒で組み立てた台形に引っかかって、一定以上の高さには穴から離れない。
これで玉下が完成した。
シリンダーの底に、もう一つの弁を作って水を吸い上げるための部品である。
「昔見ただけだから、できないかと思ったけど……できちゃったな……」
たぶん、神様の祝福が効いてるんだと思う。
これができたら、部品的にはほぼ完成みたいなものだ。
あと必要なのは、注射器で言う注射針の部分。水道管と鞘管。つまり、どちらも長いパイプだ。
作り方はシンプルにして、能力で時短することにした。
てきとうな太さの木を丸くて長い棒にして、それに樹皮シートをくるりと巻き付ける。
あとは樹皮シートを『固定』して、棒を抜けばそれが水道管だ。
一見とても頼りないが、樹皮の時間は止まっている。人が乗っても潰れないほど頑丈だし、水が通っても腐らない。
「で、できました」
「はいありがとう」
シートを巻いて調節して『固定』するだけだ。巻くだけなら千種もできるので、一緒にやってる。
「あ、あといくつくらいですか?」
「八メートルぶんだから、あと四つくらいかな」
ウカタマが地質調査をしてくれて、そのくらいで水が出ると教えてくれた。
手押し井戸で出てくるギリギリのところだった。良かった。
パイプができたら、井戸掘り開始。
まずは設置場所を軽く掘って、作業しやすくする。
穴掘り用のシャベルで軽く掘り進めて、ドリルも使って一メートルほど掘った。
大きい水筒くらいの太さで、深さ一メートルくらいの細長い穴ができる。
これを深さ八メートルまで伸ばせば、井戸になるわけだ。
穴にパイプを立てて、杭のように地面に打ちこむ。まずはケーシング、水道管より大きい径の鞘管からだ。
下の方のパイプは側面に小さな穴を開けてあって、この穴から地下水が入ってきて中を満たす。
その水を手押しポンプで汲み上げる仕組みである。
「じゃあ、お願い」
「千種影操咒法――〈蛸〉」
「その詠唱って効果あるの?」
「あっ、これやると力が強くなるんです」
千種や俺の力は、重力とかの物理法則ではなく、神様からの授かり物だ。
そういうことが実際あるのかもしれない。
「なるほど。じゃあ打ちこんでいくから、よろしく。――〈クラフトギア〉」
蛸足で支えたパイプの上に木の板を置いて、その上からハンマーを打ち下ろす。
「……俺もつい詠唱しちゃってるよねこれ」
しっかりイメージを固めて口にすると、なんだか収まりが良い気がするのだ。
あとなんとなく、神器の方から応えてくれてる気もしてる。
「あっ、はい。い、一緒ですねえへへ」
千種が笑って言う。
気付いてたけど黙っててくれたとかだろうか。
ともあれ、ケーシングを打ちこんでから、次はその中にドリルを突っ込んで回す。
ドリルは”T”の文字の一番下に、螺旋階段みたいな形の刃がついたような工具だ。
俺は上の横棒を持ってグルグル回す役である。
本来なら、この突っ込んだドリルを引き抜いて土を取って、またドリルを突っ込んで――というところを、
「千種影操咒法――〈渦〉」
ドリルの掘り起こした土を、千種の影が飲み込んでいくことで時短する。
「よーし、どんどんいこう」
鞘管をじゅうぶんに打ちこんだら、さらに上に追加して継ぎ手代わりの樹皮シートを巻き付けて『固定』する。
あとはこの手順の繰り返しだ。
打ちこむ、ドリル、パイプを足す、打ちこむ。
「あっ、水の音がしてる!」
「へえー、まだ予定の深さじゃないのに」
掘り進めてる途中で鞘管の中から響いてきた水音に、思わず二人で耳を寄せた。
地面に突き刺したパイプが、ゴボゴボという籠もった水音を地面の下から届けてくる。
ちょっと楽しいな。
「ほ、ほんとに掘るだけで、水って出るんですね」
「もっと進めよう」
楽しくなってスピードアップしてしまった。
モチベーションって大事だな。
「これで終わり、と」
「あっ、意外と簡単でしたね」
「千種のおかげだよ。俺だけだと、土やら砂やらの処理は、〈クラフトギア〉があってもだいぶ手間だから」
ドリルは〈クラフトギア〉だから、柄ではなく刃の部分を伸ばして強引に掘り進めることはできたかもしれない。
しかし、ドリルでは掻き出せない砂の層もある。
本来なら弁式掘り器や水を利用して、何メートルもの長さの棒を突っ込んでは引き抜いてとやらないといけなかった。
そこを
用意した鞘管を全て打ちこんだ。先端は地下八メートルを通過して、周囲の地層から染み出す水が流れこんでいることが、音で分かる。
「完全に水の層だよ。音が」
「あ、ちゃっぷちゃっぷですね……」
鞘管に耳を寄せて叩いてみると、水音が聞こえてきた。
あとは揚水用の水道管を突っ込んで、水を満杯まで注いでみる。
水が管の下に吸い込まれるように引いていけば、そこには水の層がある証拠だ。引くのが遅くていつまでも満杯のままなら、土の層しかないことになる。
今回は事前調査どおり、水はみるみる引いていった。
あとは揚水管に手押しポンプを取り付けるだけだ。
水道管の先端に鞘管と同じく側面に穴が開けられていて、そこにはムスビの作った布のフィルターが巻き付けて『固定』してある。砂を吸い上げないための濾過器だ。
ポンプの土台は石を切って作っておいたので、それに乗せて玉下とポンプを据え付けた。
ケーシングの周囲を埋め戻して固め、水が出てくる先には樹皮の容器を置いておく。
ポンプに呼び水を入れてから、ハンドルを押す。
「おおー……お水だ……」
「やった。完成」
一日仕事にはなったけど、その甲斐はあったと思う。
綺麗で透明な水が井戸からドバドバと流れ出てくる様子に、俺と千種は喝采を上げた。
排水のことは、ウカタマがなんとかしてくれるらしい。今度、樹皮容器ではなく自然石を加工した水の受け口とか作って、景観を馴染ませよう。
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