第30話 妖精には遊び心を

 新しい住人の妖精・サイネリアだが、わりとうるさいタイプだった。


 寝台を作れと言うので作ったものの、柔らかさが足りないとか曲線が優雅じゃないとか注文をつけてくる。


 ミスティアも千種もそういうことはあんまり言わないタイプなので、けっこう新鮮だ。


「寝台は、素材的にはこれくらいでしょう。次はカウチを要請します」


「いま座ってるやつがそれだけど」


 無表情で寝そべった妖精に、やれやれとか言われる。


「実用性は十分ですが芸術性が足りません。新古典主義様式を取り入れた意匠などを要請します」


「芸術性」


 そう来たか。


「脚や縁に心安らぐ意匠をしつらえると良いでしょう。また、エアマットの製作と取付を推奨します。動物の毛や布だけでクッション性を高めることは不可能です。気密性のある布を縫合し、空気を注入してエアマットを制作し立派な寝台を作成してください。今すぐ」


「空気を遮断するほどの布って、普通は無理だと思うけど……」


「神樹の森にはゴムの樹液を採取できる木があります。樹液を採集、モス・ムスビに提供し、布とかけ合わせることで製作可能です」


「……知らなかった」


「神樹の森は神代の被造物であり、有用な植物を数多く群生させています。優秀な資源庫として積極的に利用することで、大地との均衡が保たれるでしょう」


「そうかそうか」


 なに言ってるか半分くらい分からないけど、聞いてるうちは上機嫌だから聞いておこう。

 妖精は語りたがりらしい。


「さて、マスターは優秀な妖精に、性的な興奮を覚えましたね?」


「いや、別に」


「……こんなにも小さくて優秀なところを見せたのに、おかしいですね」


「小ささと優秀さの配点高すぎでは。家電か?」


 クセの強ささえ無ければ、大いにありがたいのだが。


「後で採りに行くから、木の場所知ってたら教えてくれ」


「それには及びません。優秀な妖精が、ゴムの採集と制作に向かいます。なにか鋭い物をいただけますか」


 取ってきてくれるというなら、任せよう。


 俺は〈クラフトギア〉で木を薄く鋭い刃物の形にしてから、その切っ先を『固定』した。

 何者にも傷つけられない時空の止まった物体は、他のどんな素材より頑丈だろう。


「なかなかの業物。優秀ですね」


「危ないことするなよ?」


 あまり小さくしすぎると、木に傷をつけるのが大変になる。

 そう言われたのでカッターナイフサイズにしたが、それを背負った妖精の姿は、昔のゲームで見る大剣背負ったキャラみたいなサイズ感だった。

 でもあんまり重そうでもない。実際、素材が木なので軽いことは軽いんだが。


「マスター・レガリア。ちなみに、寝台は自分で使う分も合わせて作成するように望みます」


「……なんで?」


「きっと役に立つからです」


 そう言い置いて、妖精は飛んでいった。

 不思議な言動の多い生物だ……。


 まあ、「妖精はいたずら好きで人間をからかう」って言うしな。仕方ない。





 それからあまり時間も経たないうちに、妖精は帰ってきた。


「あれ、早かったな」


「樹木に傷をつけて容器を置いておきました。また明日見に行きます」


「ああ、なるほど」


 樹液を集める時の定番のやり方だ。


「ちなみにその容器ってどうやって運ぶんだ?」


 俺の疑問に、妖精がそのへんにいた千種に向かって飛んだ。


「な、なになになに……?」


 そして、妖精に襟首掴んで持ち上げられる千種。


「手で持って飛びますが? このように」


「ひやあぁ……わたし、飛んでる……」


「いや怪力だったのかお前」


 小さくても見た目どおりの生物じゃないな、やっぱり。

 普通の人間以上の力は、余裕でありそうだ。


「リリースします」


 空中で吊り下げられていた千種が、投げ捨てられた。

 思わず受けとめる。


「おおっと」


「あ、ありがとざいます……」


 妖精が装飾のついたカウチに腰掛けて、つぶやいた。


「ほほう、ベッドの完成が急がれますか?」


「急がないよ別に」


「妖精怖い……妖精野蛮……」


 千種が隠れつつ妖精を睨んでいた。





 翌朝。


 水浴びにも、妖精はついてきた。


「エアマットの作成がまだなので、優秀な妖精は寝不足です」


「嘘つけ。ぐっすり寝てただろ」


 ムスビの上に乗って、寝転がっている妖精である。

 千種が警戒しているので、水浴びは人数で分けられた。


 ミスティアと千種が終わってから、俺と妖精で脱いで川に入る。


「川の方に行って魚に襲われたりしないでくれよ」


「虫と同じ扱いに抗議します。優秀な妖精のプロポーションに見蕩れるなどしなさい」


「うん、まあ自信を持つだけはあると思う」


「ふっ、そうでしょう」


 確かに妖精は綺麗で生き生きとした、美しいプロポーションの造形美を持っている。

 ただまあ、小さいうえに羽で飛び回るので、現実感が薄れる姿だ。


「でも、千種と仲が悪いのはなんとかしてくれよ」


「……優秀な妖精とて、それは考えています。全人類は優秀な妖精を好ましく思わなければいけないのに、あの態度には不満があります。こんなにも小さくて優秀なのに、あの闇の使い手はなぜ怯えるのかと、考察を深めているところです」


「自意識が暴君なのが合わないんじゃないかな……」


 そんな話をしているとは露知らず、千種はぼーっと空を見てるのか見張りをしているのか見分けがつかないような様子で、木陰に座りこんでいた。


 まあ、あれでかなり最強の闇魔法使いで、並みの魔獣くらいなら任せられるので、心配はしてないけど。


「闇の使い手を籠絡した手管を、こっそり優秀な妖精に伝授しても構いませんが?」


 仲良くできる方法を教えてくださいとか言えばいいのに。


「そうだな……食べ物に弱いかもしれない」


 から揚げ作った時のテンションからして、そういうのに飢えてそうではあった。


「それでは、裸で一緒に水浴びなどは必須ではありませんね?」


「ミスティアと仲が良いのは……ミスティアの才能かな……」


「参考になりません。食べ物の線でいきます」


 妖精はそんなことを宣言していた。


「そういえば、妖精ってなに食べるんだ?」


「人間と同じ物を食べます。つまり、酒を注いだコップに全身で飛び込みつつ、それを飲み干すことが可能です」


 なにが”つまり”なんだそれは。ちょっとうらやましいけども。





 妖精に邪魔されたが、神棚を改めて作り直すことにした。


 と言っても、神棚みたいな和式ではなく神殿

 神殿なんて縁が無いのでふんわりとしたイメージで作ってる。


「なんかこういう……家の輪切りみたいな台座があって……あと縦線がついてる柱だっけ」


 鳥居のかわりにパンテオン神殿みたいな、三角屋根のついた柱廊を組み立てる。

 素材はいつも木でやっていたけど、今回は石だ。


 〈クラフトギア〉で切り出すなら木も石もそう変わらない。

 とはいえ、曲げたり捻ったりはできないので、ちょっと作業感は変わる。


 それから柱廊の奥に、凹型の台座を作る。両脇に小さな柱と弓形のアーチを描く屋根。そして、周囲を寄せ木細工で少し華やかに彩っておく。


 最後に、女神像をお祀りすれば、完成だ。


 少し手間取りながらも、いちおう形にはなった。


「……正しいのか分からないけど、ヨシ!」


 まあ日本の祠に祀られた神像でも女神様は気にしてなかったので、大丈夫だろう。


「おや、こんなところに神殿が建立されていますね」


 サイネリアがふわふわと寄ってきた。

 羽があるくせに自分で飛ばず、真っ白なモスに乗っている。


 飛んできたムスビは俺の頭に乗って、もふもふと撫で回してきた。


「お、褒めてくれるのか。ありがとう」


 そういえば、神像を飾って寄ってきたのがムスビだった。

 気に入ってくれたのかもしれない。


「もう少し彩りがほしいですね。マスター、優秀な妖精が花を飾るので、植木鉢を小さく作成することを提案します。小さくです」


「ふむ、ありだな」


 ぱふぱふぱふ、と肩を叩かれる。

 ムスビがなにかを主張している。


「……ムスビも、なにかしたいのか?」


 ムスビが、触角の上にシュルシュルと布を作成し、ふさっと神殿に向けて飛ばした。


 神殿に飾り布がかけられている。


「なるほど。じゃあつけておこう」


 飾り布らしいものを、列柱に結んでおく。

 ムスビは満足げに飛んで、神殿の横に着地した。

 鑑賞してるのかもしれない。


「植木鉢です、マスター」


「はいはい」


 サイネリアに急かされて、俺は残った石材の中から手ごろなものを〈クラフトギア〉で切って、作り始める。


「ところで、女神には何を祈るのですか?」


「今のところ、祈りはかなり叶えてもらってるからな……。ありがとうを伝えたいだけだ」


 転生するときに口にした願いは、順調に叶っている。


 こんな小物を作れる道具と手があり、余裕がある。


 そして、望外にも気持ちの良い隣人がいて、狩りや手伝いまでしてくれる。


 これ以上、望むものが特にあるわけでもない。


「酒池肉林酒池肉林酒池肉林……」


「やめろ邪な願いを女神様に向けるな」


 妖精が不穏なことをつぶやきながら手を合わせるので、慌てて止める。


「まあ、マスターは願いを叶える側になっていますからね」


「そんなことはしてないけど」


 三角屋根を取り外して、正面に彫り物を入れ始める。もうちょっと飾りっ気をつけても良さそうなので。


「闇の使い手は分かりやすいでしょう。彼女の願いは美味しい料理と、安心できる居場所です。マスターは、すでにそれを提供しています」


「……そう言われると、まあ」


「それにあの乙女趣味の耳長が持つ願いは、人間たちにも仲間にも厄介だと判断されていますが、マスターは受容しています」


「どういうことだ?」


 思わず手を止めて、聞き返してしまう。


 ミスティアの願いを、受け容れてる?

 それも、他の人たちにはみんなから酷評されているものを?


 心当たりが無い。


「ミスティアには、何か目的があるってことか?」


 訊ねると、サイネリアは言った。


「神樹の森と、その中に生きる魔獣や霊獣を、役に立てること。それが、あのエルフの女戦士の願望です」


「……その願いが、厄介なんて思われるか?」


 たしかに、そういうことは言っていたと思う。

 でもそんな、悪く言われることでもない気がするんだが。


「何の役に立てたいのか、によります。この森は耳長にしか復活させられない、と言われていますが――あの乙女エルフは決して『争いの為には使わない』と公言し、それを守らせようとします。諸国が戦争をしている最中にです」


 ちょっと考えてみる。

 戦争をしている。それも初耳。

 だが、その最中で争いには使わないと言っているということは、どういうことか。


「つまり――戦争の真っ只中で、資源の平和利用だけを求めてるってことか」


「そうです。権力者にとっては、これほど辟易する相手もいません。殺し合いをしている横で、絶滅危惧種の保護をしようとしているのですから」


 それは、まあ……空気読めないって怒りだす人もいるだろう。

 というか、それがミスティアの世評ということは、大多数がそう思ったということだ。


「なので、各地の有力者は協力を要請するエルフの乙女を、拒否して放置しました。支援も協力者も無く、一人で成し遂げられるようなことではないので」


「約束を守るフリだけしようって人も、いそうだけど」


「相手はエルフです。誓約の呪いを刻まれるとなれば、そうもいきません」


 そういうことか。


「……争いの為に使わないと約束すれば、もしも特別に強力なものが見つかった時に、自分だけが力を使えないかもしれない」


「そのとおりです」


「なるほどな……」


 この森で作る炭は、鉄を鋳溶かせられるらしい。石炭コークス並みの資源になる森は、それだけでも確かに利用価値は高いだろう。

 もっと単純に、ここの木で作った船は、同じ技術で作った別の船より頑丈にできる。


 そんな木々だけでも、その約束をしない理由には十分だ。


「乙女エルフの理解者は、貴方だけです、異世界人」


 サイネリアはそう断言してから、俺に言った。


「そこで、優秀な妖精は訊ねます。――貴方はこれから、この森をどうするつもりですか?」


 改まったその疑問に、俺は苦笑いしか返せない。


「俺には、大それた望みは無いよ」


 神樹の森の活用方法、なんて考えてもいない。


「まずは美味しいご飯だ。味がしないものは、前世でこりた。うまいものを作る余裕と、それを味わえる時間、そういう場所。……そういう、生き方をしたいだけだ」


 十数年間、働き詰めだった前世では、味がしないメシを口に詰め込んでいた。


 キャンプをしながら、昔のことを思い出して手遊びにクラフトをいじり、焚き火に当たって作るソトレシピ。

 それだけが、味を感じられる食べ物だった。


 樹脂の詰まった木を選別して拾うこと。

 焚き火をうまく調整して、燃えさしを残さず灰だけにしたかまど。

 頭を捻って作る工作物や工夫。

 自分自身の手が、できること。


 そういうものが、俺の心に、味わうことを思い出させてくれてた。


「他の人にとって役に立たないものは、きっと、俺には特別なものだったんだよ」


 と、自分で言って、気づく。


「だからまあ、ミスティアの目標に親近感は湧く、かな。応援したいね」


「親近感、とは?」


 首を傾げる妖精に、俺は木々のレリーフを彫り込んだ屋根を見つつ、答える。


「興味が無い人には、何の意味も無いことの積み重ね。……それが、人の役に立つようになった時、少しこう思うじゃないか。『大切にしてもらえる』ってな。誰かに喜んでもらうっていうのは、つまりそういうことだ」


 ミスティアが、たとえ役に立たない森を世話する、役に立たないエルフと思われてるとして。

 役に立たない魔獣を拾い育てる、役に立たない人間の俺がいるとして。


 いつかそれを――森を、魔獣を、技術を、工作を、誰かの役に立てられるようになったら。


 誰かの記憶に、後世のどこかに、特別なものとして残るかもしれない。


「自分の大事にしたものを、誰かにも大事にしてもらいたいんだよ。……その気持ちが分かるから、ミスティアの目標も、応援できる」


 柱廊の屋根を神殿に戻して、俺は女神像を眺める。

 なかなか、良く仕上がってる気がする。


「それはこの世界では、とても珍しい心の所有者ですね。マスター」


 サイネリアはそう告げた。


 俺はミスティアの苦労を夢想する。

 理解者のいない理想のために、たったひとりでこんな森の奥に住んでいた月日を。


「……で、植木鉢はまだですか? 小さいやつです。口を動かさず、手を動かすことを要請します」


「お前な……これは仕事じゃない。俺が好きでやってるだけだぞ」


 ブラック上司みたいなことを言うな。トラウマが蘇る。


 妖精に急かされながら、植木鉢を作った。

 次の日には花が飾られていて、神殿はだいぶ彩り豊かになっていた。


「優秀な妖精は、この神殿を大切にします」


 そんな宣言をされた。


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