第29話 小さな羽根
小さな扉を作っている俺を、千種が不思議そうに見ている。
作業台の上には、四角い木製の製作物。
「なんですかこれ? ちいさい家?」
「神像を祀る祠がほしいなと思って。ぽこぽこ小屋を建ててるけど、地鎮祭とかやれてないし、せめて祀る感じのを作ろうと思って」
そう答えたものの、千種は首を逆側に傾けて、もう一度困惑している。
「ほこら……?」
疑念を孕んだ声に、手を止めて作業台の上にある製作物を見る。そして、正直に言う。
「……俺も、なんか違うなって思う」
これは祠というより、
やっぱり、途中で屋根作りの練習したいとか、雑念が入ったのがまずかっただろうか。
「女神様の名前がアナだったから、北欧風にしようと思ったのが間違いだったな……」
ログハウスのミニチュアができてしまった。
「二階建てっぽくできそうなのができちゃったな……。IKEAみたいな家具をこのへんに置いて。窓をここに開けて」
「あっ、もう諦めてますね?」
「うん」
そのへんにあった木から適当に家具を彫りだして、置いてみる。
壁に穴を開けて窓枠や扉をはめ込み、二階の床とハシゴを追加した。
「まあ、練習にはなったってことにしよう。家はいずれ作るし」
「あっ、そんな計画があったんですか」
大きい屋根もどんな感じか分かったので、これはこれで。
自分を納得させる。
「二人でなにしてるの? わっ、小さいお家だ! すごい、可愛い!」
ミスティアが現れてのぞき込んでくる。
「あっ、じきに本物を作るから、練習だそうです」
「そうなんだ。二階建ての大きい家ねー。わたしの部屋はどこ? 千種のは?」
一緒に住む気だ。
「えっ、わ、わたしは屋根裏とかでいいですから……!」
「千種が屋根の方かー。これ二階に大きい窓つけられない? そこから出入りしちゃだめかしら?」
秘密基地かな?
「あっ、日本の家は靴を脱ぐので……」
そんな話をしていたら、ミスティアの後ろでマツカゼが吠えた。
エルフがはっとした顔をする。
「そうだった。ごめんねマツカゼ。あのね、実は大物を仕留めたから手伝ってほしいの。どっちか運んでもらえる?」
「じゃあ、千種に川の方に運んでもらってくれ。俺は解体の準備しておくから」
「ん、了解しました。チグサ、行きましょ」
「あっ、はい」
ログハウスの話題はそこで終わった。
なので、作業台に戻ってきた時に、なぜか小さい人が住んでいたのは驚きだった。
「お帰りなさいませ。レガリア・マスター」
「……誰だ?」
「小さくて優秀なもの。つまり妖精です」
「いや、うん……そうか。妖精?」
無機質な表情で、そんなことを言われてしまう。
サイズ感的には分かる。人形みたいな大きさで、背中には透明な薄い羽が生えている。
毛先を切りそろえた長い銀髪の女性。人間サイズならすらりとした長身にバービー体型の美女といったところだが、人形サイズなので勝手ながら愛らしさを覚えてしまう。
ぴっちりしたボディスーツに、宙を滑るように飛ぶたびに幻惑的にふわふわと揺れる飾り布を身に着けていて、種族的な美しさを存分に活用する装いをしていた。
しかし、いろいろ目の当たりにしてきたが、いよいよファンタジーの代表みたいな異人種の登場にちょっと動揺した。
「最近は妖精界もずっと収縮するばかりでして、熱量が足りません。しかし、ちょうど熱量に溢れた小さい物件を見つけました。優秀な妖精として、これを見逃すことはありません」
「なるほど?」
「ですので、この家を優秀な妖精のものにします。そのかわりに、優秀な妖精がマスターを手伝ってあげましょう」
正直に言えば、なにを言ってるのかが分からない。
ミスティアを呼ぶことにした。
「わっ、
「疾き翼は羽音を隠すと言います。優秀な妖精が、非凡すぎたようですね」
「つまり分からないのね。まあ、指折り日にちを数える種族じゃないものねー」
「知り合い?」
「ううん、ぜんぜん。でも、妖精ってそういうものなのよ」
ミスティアに訊ねると、ミスティアは笑ってそう答えた。
むしろ初見でその距離感のミスティアが、どういうものなのか知りたい。
「知恵のある野猫みたいなものなのです。真面目に相手するのは面倒だから、言ってることの半分は気にしないでいいの」
「そうなのか……」
意外と雑に扱われてるな、妖精さん。
しかし、これまでの流れだと名前をつけることになる。人っぽい相手にそれはちょっと怖いな。
「……名前ってある?」
「優秀な妖精は、サイネリアと名乗っています」
あった。良かった。
「優秀な妖精は家具を要請します。柔らかい寝台を作ることに、協力は惜しみません」
「要請を拒んだら?」
妖精が冷徹な顔で見つめてくる。
「後悔させます」
思ったより、やばい妖精なのか?
「貴方が目を覚ますと、よく寝付けなくて青くなった優秀な妖精の眼輪筋が恨みがましく向けられます。この小さい家から、夜な夜な泣き声が響いて貴方の耳元に届くでしょう」
「後悔のさせ方が陰湿」
「まあ、悪しきものじゃないから。それに、手仕事を手伝ってくれるのは本当らしいわよ」
苦笑いしか出ない。
「それなら、受け容れた方が寝覚めは良さそう、かな」
「ありがとうございます、マスター」
千種が来た。
「なにこれ? 小さいおじさん? ――へッぶ」
その顔に妖精のドロップキックが炸裂した。
「レガリアがいる場所に、闇の眷属がいるのは予測不可能でした。優秀な妖精が脅威を排除します。すでに幻覚が見えているようです」
妖精がシャドーボクシングをしながら飛んでいる。
唐突な蛮行に、止めるのが遅れた。
「やめてあげてくれ。千種に害は無いんだ。性別と容姿を間違えたのは、たぶんかわいそうなだけなんだ」
倒れて泣いている千種を背中に庇うと、サイネリアはぴたりと動きを止めた。
「……闇の侵略者の眷属、なのでは?」
倒れた千種の両脇を持ち上げて、妖精に顔を見せる。
「いや無害無害。ほら」
「しくしくしく……ごめんなさい……ちいさいおねえさん……でもちいさいヒトガタって言ったらアレじゃないですか……」
千種は悲しげに泣いていた。
疑惑の視線を向けていた妖精が、小首を傾げる。
「マスター、貴方は大丈夫なのですか? 悪夢などは見ていませんか?」
「別に」
「……過去に一度たりともありえなかったことです。マスターの評価を上方修正します」
「それより、千種に謝ってあげてくれ。怯えてる」
ずいっと千種を近づける。
「優秀な妖精はマスターに従います。闇の眷属に謝罪を……しゃざい、を……むう……」
妖精がじりじり後ずさっていく。様子がおかしい。
「もしかして、サイネリアも怯えてる?」
「こっ、怖くないです。優秀な妖精は恐怖しません」
震えながら言われても。
「……仲良くしてくれよ?」
「努力します」
妖精が仲間になった。
それからしばらく、千種は俺の背中に隠れるようになった。
「もうわたし、新入りと会う時はずっとお兄さんの背中にいるぅ」
「かわいそう」
ミスティアが同情していた。
でもたぶん、エルフに襲われた記憶も関係してると思う。
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