第32話 オフグリッドキャビンへの憧れ

 オフグリッドキャビン。というものをご存知だろうか。


 金が無いけどソロキャンは好きな社畜ができることと言えば、無料の動画サイトでブッシュクラフトの動画を漁ることである。

 そして俺が辿り着いたキーワードが『off grid cabin』だった。


 どういう意味かといえば、電力網Electrial grid非接続offな状態からきている。

 ライフラインを公共事業に依存せず、独立した方法で設計された建物や生活様式のことだ。


 要するに人里離れた森の中などに、こぢんまりした小屋cabinを建てること。

 それがオフグリッドキャビンというものである。


 ちなみに小屋cabinと言いつつ、四人家族が暮らせそうな規模でもそのワードで出てくる。


「あっ、今やってるのって、それですね。……でもこれ、動画にしても地味じゃないですか?」


「だからまあ、女の子がやってる動画は再生数めっちゃ多かった」


「……サムネのおっぱいで釣るピアノとか料理と、同じサムネですか?」


 俺がやぶ蛇ったなこれ。


「言いにくいことを……」


「へえー、ソウジロウもおっぱい見てたんだ」


 からかうように笑うミスティア。


「再生数が多かったって話だ」


「あっ、宮廷経験で言うとあれは『見てたけどはぐらかしたい』の意味です」


 この女子高生、調子に乗るときは乗るよな。人数差で攻めるのは良くないと思う。


「……それで、Aフレームのキャビンがけっこうジャンル的に種類が豊富だったんだよ。そういうのを建てようと思う」


 現状だと、屋根がついてるのはそれぞれの小屋や倉庫と、食事を摂るここだけだ。

 つまり、休憩する場所、というのが無い。


 食べる場所と休む場所は、別々にしたい。

 その方が、なんだかご飯が美味しく食べられる気がする。


「3LDKだよ、やっぱり。いまのところDはあるけど、Lが作ってない。Kは仮設だけど……まあ、仮でもなんとかなる」


 ミスティアは、面白そうに笑った。


「べつにいいけど、相談するほどのこと?」


「大きいのを建てるから、何日かかかる。他にもっと便利そうな物が作れるのに、こんなの作ってていいのかな、ってちょっと思う」


 ミスティアが俺の顔を覗きこむ。


「ソウジロウ、私たちのこと考えてくれるのは嬉しいけど、もっと自分の気持ちを大事にしてよ。ソウジロウが作りたいなら、私たちの許可なんかいらない。好きなもの作ってていいと思う」


「わ、わたしは寝床とトイレをもらえてるし、これ以上べつに……あっ、お仕事あれば追い出されませんよね? ですよね?」


 千種は、もうちょっとかっこ良く言ってほしいところだった。


「せっかく神璽として力を授かったんだから、もっと楽しまなくっちゃね」


 ミスティアは笑ってそう言った。





「おっと、ようやく優秀な妖精の寝室を建てる気になりましたか。良い判断です」


「自尊心の高さだけなら、人間より大きいよな……」


「警告です――”大きい”を拒絶します!」


 なぜか目を光らせて、妖精がぶわりと何かの粒子を召喚した。


「撤回しない場合、このスギ花粉を流し込みます。――チグサに」


 花粉だった。さすが妖精(?)


「あっ、えっ!? なんでわたし!?」


「マスター・レガリアには効きそうにないので」


 だからって、無関係な人質を使うのはギャングだろ。


「分かった分かった。撤回するから、やめてあげてくれ」


「なら良いのです」


「妖精蛮族……」


 粒子を収めたサイネリアを、警戒の目で見ている千種。

 どんどんこじれていくな、ここの関係。


「で、寝室ですか」


「いやむしろリビング。というか、レストハウス、かな……」


 Aフレームのレストハウスキャビン。ということにした。

 雨が降っても、屋根のついた場所に集まれるようにしておきたかったのだ。

 もちろん、Aフレームのオフグリッドキャビンを作ってみたい、という気持ちも嘘ではないけど。


「ふむふむ、もっと大きい窓を作って、景観を眺望できるようにしては?」


 紙に描いた完成予定図を見て、サイネリアはそう指摘してくる。

 あ、べつに”大きい”が無差別に嫌いなわけではないんだ……。自分に向けられるのが嫌なのか?


「いやでも、ガラスが無いし」


「ガラスではないですが透明な薄い板、というものならできます」


「えっ、ほんとに?」


「必要なのは木材と水。それからシルキー・モスの溶解液です」


「ムスビの?」


「はい。小さいものなら、優秀な妖精の得意分野です。作りますか?」


 作ってもらうことにした。


「お願いします」





 セルロースナノファイバー素材。


 何度も言うが、樹木とは繊維状のセルロースが固まってできている。

 それは樹皮に限らず、根や幹もまたセルロースの塊だ。


 このセルロースを髪の毛の一万分の一まで小さくしたナノ繊維が注目されている。

 それがセルロースナノファイバー。CNFというものだ。


 ナノ単位まで小さく解したCNFをみっちりと並べる――つまり、ナノ繊維で紙を作るのと同じことをすると、セルロースナノファイバーフィルムという、特殊な紙ができあがる。

 紙とは名ばかりで、ほとんど高分子材料(金属・セラミック・プラスチック等)に匹敵する性能がある。


 軽量で高強度、気密性まで備える。鋼より頑丈で、空気も通さないということだ。

 しかも、繊維幅が可視光より小さいので光を透過させてしまう。


 すなわち、透明で頑丈で水も空気も通さない紙。それがCNFフィルムというものだ。


「これが、優秀な妖精の小さくなる魔法で作った、CNFフィルムです」


 という説明を、サイネリアからされたのは、いろいろ間違っている気がする。


「最先端素材!?」


 小さいものなら、でナノ単位の話とは思わなかったよ。


「これで、窓が作れますね」


「それはもう、完璧にできる」


 まさかの展開に驚いてしまう。

 いずれガラスを作るための窯を作ろうと思ってたけど、だいぶ後回しにしていいかもしれない。


「それでは、これで優秀な妖精が寝室として使っても問題ありませんね」


「……あ、あくまで、共用スペースでもいいなら」


 常に生息してる妖精がいても、まあ小さいからあまり気にならないはず。

 妖精が(勝手に)住み着いてるドールハウスを、中のどこか邪魔にならない壁とかに設置してもいい。


「もちろんです。マスターの御心のままに」


 無表情に殊勝なことを言ってお辞儀する妖精。


「……実効支配してしまえばこっちのものとか、考えてないだろうな?」


「……………………まさか」


「考えてた沈黙だろそれは」


 いろいろと思惑は錯綜していたものの――新素材のおかげで、モチベーションは上がっていた。


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