第23話 JKと水浴び
朝起きて、体を伸ばす。
すっかり日課になってるんだが、やっぱりミスティアがいないのは、ちょっと寂しいかもしれない。
ところで今日は久しぶりに、マツカゼにたたき起こされた。
そのマツカゼは、千種のために作ったテントにも突撃していった。
「んにゃぁあああ――!?」
叫びが上がっている。
「……見に行った方がいいのかな、アレ」
しかし、女子高生(偽)の寝起きに行っていいのだろうか。
迷ったけど、千種は迷っているうちにテントから出てきてくれた。マツカゼに追い立てられている。
別に全員を叩き起こす必要は無いんだぞ、マツカゼ。
「あっ、起きます。起きますんでマジで……下っ端のくせに寝ててすみませぇん……」
「おはよう、千種」
「……あっ、えっ、あっ、私っ、ですよね。千種です! あっ、おはようございます」
千種は愛想笑いしている。寝起きの渋い顔を隠して。
「すみません、挨拶されるの久しぶりすぎて。――げほッ!」
「寝起きだと喉乾燥するよな……そっちにあるのが飲み水だから飲んでくれ」
千種は、言われたとおり一杯の水を口にして復活した。
「ゲホッ――あー、生き返るぅ。安全なお水があるって、スバラし……」
なんて言ってから、千種が首を傾げる。
「お兄さんは、ラジオ体操?」
「お兄さんはラジオ体操じゃありません」
「フッ、
小学校の教師みたいに言い返してみると、女子高生は噴き出した。
今の子も言われてるんだな、やっぱり。
「朝のストレッチってところだけど、一緒にやる?」
「あっ、やります。やらせていただきます」
「なんか自主を強制してる気持ちになるな……よし、分かった。ストレッチをしなさい」
「あっ、はい」
命令されたのに、逆にほっとした顔をする千種だった。
見よう見まねでやろうとしてるが、どう見てもできてないので、いっそラジオ体操をした。
やっぱり日本人だとついてくるなこれ。
寝起きの体をほぐし終えたら、いつもどおり散歩と水浴びだ。
「じゃあ、次は水浴び行こうか」
「あっ、はい。……えっ、はい?」
「千種は、着替え持ってるか? 三年間ずっと制服で通してたなら、こだわりだよな」
「あっ、さっきムスビさんが、えっと、制服くれました」
「すごいなムスビ。作ったのか」
ぱたぱたと飛んできたムスビが、触角をぴんと立てて得意げにしている。
「ぜぜ、ぜいたく言うようですけど、できればパンツももらえません……?」
そういえば、熊に食べられたままか。
「……ムスビ?」
もふもふした白い蚕は、ぴんと触角を立てていた。
うっかり。みたいな反応。
そうだな。ムスビは下着とか着ないからな。
「気が付かなくてすまない」
「あっ、だだ大丈夫ですぅ。あの、なんか解放感ありましたしぃ。うぇへへへ」
そういうのは言わなくていいんだ。
「気が付かなくてすまない。じゃあ、まあ水浴び行こうか」
聞かなかったことにしてリピート。からのスルーして先を促すことでまた同じ事を言われるのを阻止した。
「あっ、はい」
促された千種はこくんとうなずいて、そのまま二人で川に向かった。
「……はい?」
千種はたまに首を傾げていた。
なにかあるんだろうか?
服を脱いだまま、うつむいて動かない千種がいた。
「あっ、あれぇ……?」
「あ、鉤爪渡してなかったっけ。これを布で包んで軽く擦るとこう、石けんのかわりになるから」
俺は楕円形のつるつるした石のようなものを渡す。
ストームグリフィンの鉤爪を加工したものだ。ある程度小さくしても殺菌効果はあるらしいので、危険な鉤爪のまま扱うこともないだろうと思って加工したのだ。
「あっ、ありがとうございますぅ……」
「見れば分かるけど、あのへんに石積みしてあるから、その中で体洗ってくれ」
水浴びのために川の中に堤を作って流れを遮り、水流を緩やかにしてある場所がある。
溺れないための安全対策だ。
「ぬ、脱いでる……? わわたし、これで良いんだっけ……?」
千種はぶつぶつ言いながら、川へ向かった。
ずっとひとり言が止まらない千種だった。
まあ、ひとり言って聞かれたくないだろうから、あえて俺は言ってる意味を理解しないように聞き流しておいた。
「いやでも、冒険者は確かによくやるけど……!」
君もやった方が良い。ミスティアが帰ってくる前に。印象良くしないと。
とは、さすがに口には出せない。
ずっと森の中をさ迷ってたので、だいぶ……。
いや、これ以上は考えるのも尊厳に関わってしまうかもしれない。
やめておこう。
「……あっ、解放感…………」
水浴びを終えてさっぱりさせ、土埃に汚れた服を着替えさせると、だいぶすっきりとした女子高生ができあがった。コスプレだとしても。
「水浴びも体力使うから、いきなり入れるわけにもいかないと思ってたんだ」
「お気づかいどーもです……消えたい……」
川に浸ってグリフィンの爪で身を清めた千種は、昨日一日自分を丸洗いしなかったことを後悔していた。
汗まみれの時は自分がぐっしょりしてるのに気づかないが、シャワーを浴びると自覚するようなものだろう。
今は千種を座らせて、その後ろから髪を櫛で梳いてあげている。
自覚症状を得た千種は、櫛を通すのに抵抗しなかった。
「はわ~……」
とか、微妙に気持ち良さそうな声も出している。
気分は拾ってきた猫の二日目。水と食べ物を与えてから風呂で洗った、みたいな。
水浴びを待つ間に作った木櫛で洗い立ての黒髪を梳きながら、実はシラミがいないか見てるのはさすがに内緒にしつつ、慰めを口にする。
「まあほら、俺もわりと強引にエルフに誘われたから、千種と同じことが起きてたかもしれないし……しれないんだよなー……」
言ってから、本当にそうだったらどうしようかという不安が湧いた。
「お、お兄さん、ヤな匂いしないから、大丈夫っすよ」
んへへ、とか、まだ恥ずかしそうな口元のまま、笑ってくれる。
慰めるつもりが、逆転してしまっていた。
「それはどうもありがとう」
偽物でもJKにお墨付きをいただけるなら、少しは心強い。
「まあ、油断は禁物ということで。もっと文明的な生活空間を作ろう」
やる気が出てきた。
「……踏み入れたら死と隣り合わせの未踏領域で、人間には危険な”神樹の森”なんだけどなぁ」
一方、千種は微妙に納得がいかない顔をしていた。
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