第24話 お手伝い

 さて、今日は伐採と整地だ。抜根もしないといけないので、ちょっと手間だけど。


 これから目指すのは、ちょっとグレードアップして、板材で作る小屋だ。


 いろいろ物を買い込んできたし、もう一人住人が増えたので、新しい小屋を作ってそちらに移り住む。

 そして、今までの小屋は移設したりして、調味料や薪などの物置小屋として使いたい、というところだ。


「作業所を作りたいなー」


 製材所とか工房とか、そういうものが欲しい。

 いまはてきとうにそのへんに積んだ丸太とクロス台だけで、全部こなしてる。

 作業所を作ればもっといろいろ、効率良くできる気がする。


 でもとりあえず倉庫優先。だってメシへの影響が大きいから。


「あっ、て、手伝わせてください」


 沐浴をして、体も制服もマントもぴかぴかになった千種が、気持ちも新しくなったのか自分からそう言ってくれる。


「えーっと、力仕事だけど……」


「あっ、だ、大丈夫です。闇魔法あるので」


「……闇魔法って、実際どんなのなんだ? あの蛸足のやつと、物を影に仕舞ってるんだっけ」


「い、いえ、闇魔法ってつまり『見えない力』がメインで、だから、こういうの得意で」


 千種が大きな丸太に手をかざした。


にゃる略式詠唱――〈袋〉」


 ふわりと、かざした手の先で丸太が浮かび上がる。


「わあー」


「あっ、お手伝いにどっ、どうかなと」


「なるほど……。じゃあ、手伝ってもらおうかな」


「あっ、はい。ま任せてください!」


 千種はか細くも頼もしい返事をしてくれた。





「よーし、次を」


「あっ、もうですか。よ、よいしょー」


 千種が丸太を浮かせてこっちへ寄越してくれる。

 地面に杭を打って作った作業台の上で、俺はぐるりと樹皮を剥いで、薄くスライスし、板材へと加工していく。


 切って横に落とした板材は、千種が影の中に収納してくれる。


 これがとても楽だ。

 加工は〈クラフトギア〉で簡単だったが、それをしまったりどけたりするのには時間がかかっていた。


 千種の闇魔法で、手間が一気に少なくなってくれたわけである。


 そんなわけで、俺も気合いが入って一気に丸太を切りまくった。

 効率化って素晴らしい。


「よーし、じゃあそろそろ小屋の方に取りかかろうか」


「はぁ、はい。はぁっ……」


「……休憩してから」


「……はいぃ」


 へたり込む女子高生。

 効率化したのはいいけど、千種の体力に気を使ってあげないと死にそうだ。


 気をつけよう。


 しばし休憩の後に、作業を再開した。


「今度はそっちの角材を取ってくれ」


「は、はい。えいっ――!」


 切り出してきた岩のブロックを基礎にして、土台を作る。

 長さを揃えた柱や土台になる材木を用意して種類ごとに並べて置いておく。

 すぐ必要な物は空中に浮かべておいて、千種に投げてもらう。


 千種は無重力にして宙に浮かべた材木を、腕で一生懸命に押してこちらに飛ばしてくれる。


 その顔は真っ赤で、汗が浮いていた。


 無重力と言うと、指先一つで重い物でも運べる――なんて、よく勘違いされがちだ。

 実際のところ、重さはゼロにできても質量は変わらない。


 単純に言えば、一キログラムの物を”持つ”ことに力は要らない。むしろ邪魔。

 しかし“押す”ためには力が必要だし、速度がついていれば、それを止めるためには押したのと同じだけの力が必要だ。


 まあなにが問題かと言えば、無重力の物でも投げると疲れるよってことである。


 そのせいで、千種は疲労困憊していた。しかし、


「……すごく、一生懸命やってくれるから言いにくかったんだけど」


「ふ、ふぁい?」


「蛸足で材木を投げるのと、どっちが楽? 楽な方でやってくれていいんだけど……」


「……………………あっ」


 闇魔法チートの女子高生。能力を忘れている。


 ともあれ、その後は指先一つですいすいと材木を操る千種のおかげで、作業はとても捗った。


「これでよし、と」


 作りたかったのは、物置小屋より一回り大きいかなくらいの小さな小屋である。

 豊富にある頑丈な木材は分厚くカットして床にしても、なんと無料なわけで。


 そういうわけで、さくさくと壁を作り、その上の片流し屋根を作っていく。

 小屋作りの経験もあるし、今度は木材を上に上げてくれる女子高生もいるので、前より大きいが作業は早い。


 無重力状態だと千種だけでなく、俺にとっても扱いやすくなるし。


「闇魔法、すごいじゃないか。重機みたいだ」


 だいたいの外装ができあがるまで、あっという間だった。


「す、すごい。もう小屋が建ってる……! ま、魔法!?」


「いや魔法使いはそっちだから」


 壁に断熱材を入れて内壁を取り付ければ、本当に立派な住居として扱えるくらいの小屋になりそうだ。


 ただ、手持ちにはこの壁をグレードアップさせる手段が無い。


「断熱材が無いんだよな……。このまま内壁つけちゃうしかないか」


 発泡スチロールやグラスウールといった、その場で大きさを整えられる断熱材が無い。


 まあ、いずれ断熱材を作ろう。


 幸い、隙間風は樹皮シートやそもそも〈クラフトギア〉の完璧な手仕事と接合で対策できる。

 厚めの板壁にしておけば、それなりに快適なはずだ。


「というわけで、よし」


 そうして半日以上もかかってしまったが、小屋ができあがっていた。


「千種、おつかれさま」


「お、おつかれさまでした!」


 千種は木材の運搬や吊り上げなどでも、ずっと手伝ってくれていた。


「座りっぱなしだったけど、腰とか痛くなってない? 大丈夫?」


「ぜ、ぜんぜんです!」


 ほとんど重機の操縦士みたいな扱いをしてしまった。


 切っておいた板材をすぐ出してくれるし、屋根の上に立ったままでも樹皮シートが必要なだけ上に飛んでくる。

 闇魔法、めちゃめちゃ便利だ。


 しかし、〈クラフトギア〉の仕事が早い分だけ、千種に次々とお願いをしてしまった。


 体調とかもっと気を使ってあげるべきだったかもしれない。


「小屋が……できちゃった」


「ああ。頑張ってくれてありがとう」


 額から汗を流しながら、千種はぽかんとできあがった小屋を見上げていた。


「が、頑張りました、わたし?」


「? 千種がいなかったら、こんなに立派な小屋はできてないよ」


 俺の答えに、女子高生は目を見開いてもう一度小屋を見上げた。


「……ふへへ」


 その顔は、ちょっと嬉しそうだった。





「じゃあ夕飯にしよう。お腹の調子、どんな感じ?」


「あっ、もうぜんぜん大丈夫な感じです。痛くないです」


「それは良かった」


 回復が早いのは若さか、それとも最初に本人が言っていた異世界流の体質改善だろうか。


 どちらにせよ、作るほうとしてはありがたい。


 残念ながら、小屋の製作にかかりきりで狩りに行けていない。なので、熊肉しか食べるものがないのだ。


「じゃあ、熊鍋食べよう」


「お肉になってれば、平気なんですけどねー……」


 複雑そうな顔で、千種が呻いた。解体シーンを思い出したのかもしれない。


 とはいえ、なかなか強い味わいの熊肉を、千種は俺と同じかそれ以上に食べていた。


 元気があって大変頼もしい。これなら明日も働けるだろう。


 ミスティアが帰ってくる頃には、二つ目の小屋。

 帰ってきた日には三つ目の小屋を作る、くらいはできそうだ。


「そういえば、ミスティアに千種のことを説明しないとな……まあ、ミスティアならさくさく受け容れてくれそうだけど」


 そんな風に、楽観的に構えていた。


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