第22話 チグサという少女

「さっき仕留めた熊、置いてきちゃったけど千種に持ってもらえば良かったか……」


「あっ、実はもったいないなって思って、こっそり入れておきました……」


 影の中になんでも入れられる女子高生・闇魔法チート(?)の千種がさっそく役に立ってくれていた。


「えらい」


「ふ、ふへへ……」


 褒め言葉を口にすると、千種は照れ臭そうにしていた。





「おえェ……!」


 血の臭いに耐えかねたらしく、千種が川に向かってえづいている。


「いや、無理なら頑張らなくてもいいんだけど」


「あっ、か、解体シーン見るの久しぶりだから、ビビっただけですゥ……!」


 それを無理と言うのでは。


 千種が持ってきてくれた熊を川辺で解体しているところだ。

 手伝いを申し出た千種が、内臓を取り出したところで川に向かって吐いていた。


 魔獣を食べられないわけである。


 まあ一悶着あったものの、とりあえず熊は川に放り込んでおいた。

 肉が冷えたらまた解体の続きをしよう。


「千種、大丈夫か?」


「あっ、安心してっ、くださっ……! わ、わたし、最近あんまり食べてないからほぼ胃液しか出ないので!」


 ぐるぐる目の千種が口から液を垂らしながら拳を握った。


「ありがとう。休んでてくれ」


「はいぃ……」


 体操座りしている千種。

 そんな彼女に、ウカタマが近寄っていく。


「ひえっ! あっ、な、なんですか? あっ、あのー!」


 ウカタマが女子高生のマントを引っ張っている。


「大丈夫だ。ウカタマについて行って良い」


「う、ウカタマ、さん? 先輩? わ、分かりましたぁっ……!」


 なんか怯えながらついていった。

 どうやらウカタマが面倒見てくれるっぽい。


 意外と世話焼きだよな、ウカタマ……。





 鉄の鍋でスープを作っている。

 鉄である。石や樹皮じゃない。


 この森の中にも、ついに文明の利器が登場していた。買ってきたものをさっそく使えるのは、やっぱり嬉しい。


 川魚・クレソンなどの野草・ハーブ類・塩を一緒に入れて、よく煮込む。

 魚の出汁を味わうキャンプ料理だ。


 ウカタマに連れて行かれた千種は、野草の採集をして戻ってきた。それを使っての食事である。


「まともな料理っぽいものっ……! 三年ぶりっ……!! 湯気がすでに美味しい……!!!!」


 千種はスープを前に泣いていた。


「三年ぶり……? ちょっと食べながらでいいから、話聞かせてくれるか?」


「あっ、はい。ぃいただきます……!」


 食べながら話してくれた千種によると、どこもかしこも、それこそ宮廷でさえも、中世イギリス並みの料理だったらしい。


 魚をくたくたになるまで煮込んで、煮汁を捨てて味が無くなった魚の姿煮とか。

 黒くなるまで焼いた丸焼き鶏が皿の上にどーんとか。

 果物がいちばん美味しいので、みんな僅かな果物に群がるものだとか。


 女子高生は憤懣やるかたないといった様子で、今まで誰にも話せなかったらしい食事への文句を、永遠に垂れ流していた。


「ひどいものでした……うぅ……美味しいよぅ……美味しいよぅ……。あっ、おおおかわりいいですか」


「若者はいっぱい食べてくれ」


 千種はおかわりを二回した。よく煮ておいて良かった……。


 これ以上無いほど幸せそうに料理を噛み締めてくれる千種の姿は、なんだか見てるだけでこちらの胸がいっぱいになりそうだった。





「たっ、大変ですお兄さん!」


「どうした?」


「こ、ここのトイレ臭くないです! 広いし! 綺麗で! しかも便座がすごく滑らかで、見覚えがあるやつ!!」


「うん、俺が作ったんだ」


「貴族の家より快適ですが!?」


 そう言われると照れるな。


 ちなみに今は、樹皮のシートと枝で三角形を作っているところだ。

 千種の仮住まいである。A形テントを設置している。


 A形テントは両端にポールを立てて、布を張れば完成するお手軽構造だ。

 ドームテントと違って布も骨も直線で構成されていて、作るのも設営も楽なのでこれにした。


 ちゃんとした小屋は、新しく伐採と整地をしないといけない。

 今日この時間からだと中途半端になりそうなので、小屋の方はまた明日に回す。


「とりあえずの応急的なもので悪いけど、今日はこのテントでいいかな? ベッドは無理だけど、ムスビが下に敷く毛皮と毛布を作ってくれるから」


「ぜんぜんいいです。あのシェルターとかもすごかったし。なんか、寝ても寒くないというか」


「寒さは下から、暑さは上から来るんだ。だから、マットとか板とか、敷けるものを敷いて断熱材の上で寝ないと」


 キャンプの基本だ。


「ほへー」


 そして、基本も知らない千種が口を開けている。


「……今まで、どうしてたんだ?」


「あっ、闇魔法で黒い霧を喚んで、体操座りして毛布巻いて寝てました」


「若さで無茶を通したなぁ……」


 俺も一〇代の頃は二徹とか平気だったけども。


「お兄さんは?」


「うん?」


「お兄さん、そんなに老けて見えないけど、もしかして転生の時になんかボーナスもらいました? 実は三〇くらいとか?」


 鋭いな。


「俺か……俺はおっさんだから、自分語りさせると長いぞ」


「あっ、ぜんぜん良いですよ。わたしばっかり喋るの、不公平だし……」


 と言ってから、千種が目を逸らす。


「ていうか、久しぶりに喋りすぎたので、できれば相槌だけにしたいんです……」


 声帯が虚弱すぎる。


「仕方ないな……」


 その日は、千種の分の食器を作りながら、異世界に来る前のことや来てからのことを話して過ごした。

 クロス台で木を削る様子を、千種は俺の話に耳を傾けながら、口を開けて手元をじっと見ていた。

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