第12話 家具を作りたい
朝ごはんは川で調達することにした。
「〈クラフトギア〉」
川の中にある岩をハンマーで叩くと、衝撃で気絶した魚が浮いてくる。それを拾えばいい。
石打漁というやり方だが、日本では違法だ。いずれ罠とか釣り具を作ろう。
運の良いことに、コイ科のやつではなくイワナっぽいのが浮いてきた。それも大きい。
尺イワナがほいほい獲れていいんだろうか。さすが千年手つかずの森。
炭火でじっくり、やると1~2時間かかるので、今日は時短してしまう。
三枚下ろしにして石板で焼いてしまえば、切り身の塩焼きだ。そんなものでも木皿に盛って野草を添えると、なんとなくキャンプグルメっぽく映える。
丸太を椅子にもテーブルにも使って、ミスティアと並んで朝食にする。
「ソウジロウは今日はどうするの?」
「ひとまず、ここをもっと暮らしやすくするつもりだよ。とりあえず小屋の周りを伐採したり窓作ったり、あと家具も作りたい。……狩りとかをミスティアに任せていいなら」
「ふふ、もっちろん。お任せあれ。マツカゼに狩りの訓練させないといけないしね」
フンスフンスと鼻息を荒くして、食べてる人の顔を見てくるマツカゼ。
ダメだ。やらないぞ。
「なに作るの?」
「そうだな。色々あるけど、最初は決まってる」
ローテーブルくらいの高さしかない丸太の上に置いた焼き魚を狙って、じりじりとマツカゼが忍び寄っている。
「テーブルと椅子だよ。……マツカゼが、いたずらできない高さのやつを」
「あはは」
俺の答えに、ミスティアはおかしげに笑っていた。
まずは大きめの木を切り倒す。
自分一人で運べない大きな木を伐採しても、普通ならどうしようもない。
が、〈クラフトギア〉があれば別だ。
伐り倒すのも木から枝を払うのも、せいぜい粘土をナイフで成形するくらいの手間だ。ギコギコしなくてもすっと切れる。
丸太になったら鳶口という工具を使う。トビの嘴のような穂先がついた、長い棒だ。”口”を木に引っかけて転がしたり引っ張ったりできる。
これで丸太を引っ張ると、〈クラフトギア〉の力で重さを感じない。
次に丸太から板を切り出す。
手で切ったとは思えない綺麗な板ができた。
俺が欲しいのはコンパネみたいなでかい板だが、丸太からそのサイズはちょっと大変な作業になる。
なので、板の側面を合わせて『固定』する。
切るときはノコギリを通す一部分だけを解除すればいいのだ。
できなかったらこの方法は諦めるつもりだったが、やってみたらできた。これで、どんなサイズの板も作れることが分かった。
ということで、テーブル制作に取りかかることにした。
まずはテーブルを作るためのテーブルを作ろう。
「やっぱり最初はこれだよな」
クロス台。
工作作業をするテーブルの、脚の部分だ。
作り方は簡単で、薄い板の中央に細い切り込みを入れたものを、二つ作る。
立てた板に、もう一枚の板を切り込み同士を噛み合わせてクロス――上から見てXの字になるように組み合わせれば、自立する。
で、そこに天板を置くともうテーブルができあがるという寸法だ。
クロス台は天板も脚も分解すればただの板なので、置き場所に困らない。
脚の部分は立ちやすいように接地面を少し形を整えたり、分解や持ち運びがしやすいように肉抜きをして軽くしたりする。
「よしよし、良い感じだ」
出来栄えと作業ペースに満足して、俺は食卓の作業に取りかかる。
「テーブルのあとは、椅子か。それから窓とベッドと扉。余裕があったら調理場と、食器類。仕舞っておくのに棚か箱かほしいな……」
いや正直、そういうのを書いておく紙とペンがいちばんほしいかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は作業に取りかかるのだった。
食卓用のテーブルと椅子を作り終えた時には、昼も近づく頃合いになっていた。
「これでよし、と。文明人的に食事できるな」
「ソウジロウ! 見て見て!」
そんな声に振り返ると、ミスティアが喜色満面で巨大な蛾を抱きかかえていた。
「シルキー・モスが来てくれたわ! ここに住みたいって!」
「なんだその巨大蛾!?」
びっくりするほど大きな蛾だった。
白くてふわふわした体毛に覆われていて、羽まで真っ白だった。櫛のような触角と大きな複眼だけが真っ黒で、ツートンカラーをしている。
全体的には蛾の形をしたふわふわのぬいぐるみみたいな、白く煌めく生き物だった。
ただし、大きさは子犬のマツカゼより大きい。
「せっかくの精霊獣に失礼よ、ソウジロウ」
「せ、精霊獣?」
「精霊獣っていうのはね、妖精界の生き物と言われてるわ。普通の生き物から、ちょっとだけ外れているの。普段はどこにもいないんだけど、忽然と顕界するらしいわ」
それ珍獣というか幻獣の類いでは。
「な、なるほど? 住みたいっていうのは?」
「ふわふわ飛んできて、ソウジロウの小屋に乗ってたの。ご挨拶したら、住みたいって」
「……会話できるのか?」
「エルフですから。――いわゆる”会話”はできないけど、なんとなく意志は伝わるの」
「へえ……そういえば、生き物が好きって言ってたのも、そういう?」
「そうね。こういうエルフの特技も、関係無いとは言わないかな」
シルキー・モスがふわりと飛んで、テーブルの上に着地した。
俺を見上げて、なにやら腕を持ち上げる。
すると、魔法陣が触角の辺りに出現した。
「魔法……使えるんだな。羨ましい」
「使う生き物けっこうたくさんいるけど」
「そうなんだ」
俺も使ってみたい。
そんなことを言い合っているうちに、シルキー・モスは魔法陣から白い糸を大量に射出して手に掴んだ。
白い塊のように見えたその大量の糸は、ふっと前肢を振るうと一瞬である形にまとまった。
一枚の布である。
「おおっ、すごい」
素直に感心してしまう。
すると、蛾はこちらにそれを差し出してきた。
「……布を作るから、ここに住んでいいかってこと?」
「そうね! どうかな、ソウジロウ。シルキー・モスも一緒にいていい?」
ミスティアにそんなことを言われる。
「願ってもない。布はすごく大変だから、当分諦めてたんだ。歓迎するよ」
モスが前肢を振る。
「む、俺にも分かるぞ。よろしく、って言ってる気がする」
俺が言うと、ミスティアが顔を覗きこんでくる。
「えっとね、精霊獣と意志が伝わるっていうのは、エルフ的にはジェスチャーじゃなくて、なんか頭にぴってくるやつなんだけど……」
「……じゃあこれは、俺に合わせてくれてるのか。賢いな」
ミスティアがモスを撫でる。
「よろしくねー。ひゃー、ふかふか~」
マツカゼが吠えている。顔を見ると、不機嫌そうだ。
「仲良くしてくれ、マツカゼ」
シルキー・モスが手を挙げた。
「……ソージロー、モスも名前つけてほしいみたいだけど?」
「え。えっと……」
俺は白いモフモフのその姿を見て、ふと思い出すものがあった。
「じゃあ、ムスビとか」
「それはやっぱり由来があるの?」
「俺の世界で養蚕の神様の名前。……まあ、見た目が蚕に似てるし」
蚕の成虫は、白い蛾なのである。
糸も出すし、モスラっぽいなーと考えたらふと小さい頃に怪獣映画を見てから調べて知ったカイコガのことを思い出した。
「じゃあ、これからよろしくな。ムスビ」
俺が言うと、ムスビは触角をふりふりと上下に振った。
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