第10話 感謝の向かう相手は

「ソウジロウ、まだ起きてる?」


「ああ。入っていい」


 ミスティアの声に答えると、いの一番にマツカゼが入り込んできた。

 甘えてくるマツカゼを撫でて宥める。


「ごめんね。私が灯り点けたのすっかり忘れちゃってたから。もう寝るなら消さないとって思ったの」


 そう言いながら、ミスティアが俺の小屋に入ってきた。

 時刻は体感だが21時くらいだろうか。確かに、日の出と一緒に起きるなら、そろそろ寝ても良い頃合いだ。


「あと少しだけ起きてる。もうすぐできるから……あと一時間くらいで消えてもいい。タイマーとかできたらやっていいけど」


「まだ何か作ってたんだ? なになに?」


 俺の答えに、ミスティアが目を輝かせて寄ってきた。


「別に良いものじゃない。ただ、これだけはやっておくべきだなって思って」


 横に置いていたものを差し出す。

 木彫りの神像だ。


「あ、これって、ソウジロウが会ったっていう女神様? へえ~、きれーい」


 言いながらていねいに受け取ったミスティアが、横に腰掛けてくる。


「いや、顔も姿も見えなかったから、声を思い出しながら、手が動くのに任せたんだ。だからほぼ捏造だよ」


「創作ってことね。でも、素敵よ。きっと女神様も喜んでくれるわ」


 どこまでズームアップしても綺麗なミスティアの顔が、仄明るい小屋の中でぱあっと明るい笑顔を作る。

 他意の無さそうな反応に、俺は胸を撫で下ろした。


「だといいな。もともと、神像で繋がった縁だから」


 小屋の高い位置に板を一枚固定しておいた。とりあえず神像はそこに飾るつもりである。神棚っぽいものを異世界に作って良いものなのかと思ったが、ミスティアの反応は悪くはない。セーフのようである。


「見せてくれて、ありがと。そんなに良い出来栄えなのに、まだ完成じゃないのがびっくりね」


「まあ、少し磨いて微調整してるだけだよ」


 すでにだいたいできあがっていて、ヤスリや彫刻刀で微調整している段階だ。造形仕事には縁が無かったんだが、意外と出来は悪くない。〈クラフトギア〉か女神様の祝福、どちらかの恩寵だろう。


「そういえば、もう聞いてたら悪いけど、女神様の御名前って分かるかしら?」


 言ったかどうか、俺も定かではない。なので改めて言う。


「えっと……確か、アナって言ってたはずだ。神祖の母なる女神・アナ」


 女神様自身も、自分の名前をことさらに告げてはくれなかった。だから、こっちが勝手に察した名前だ。


「アナ……神祖の母神……うーん、聞いたことないなぁ」


 ミスティアが虚空を見上げて首を傾げる。


「私より長生きしてるエルフなら、知ってるかも。もしくは、人間でも長く続いてる国の古文書とかなら、分かるのかも。神々の知識って、散逸したり消えたりするのよね」


「俺のいた世界と同じだ」


「神様からすれば、寂しい話よね。世界から消えてしまうみたいだもの」


「そうだよな」


 神像を見て、俺はうなずく。


「この女神様――アナ様は、俺が最後だって言ってた。もっと野望のある奴を送り出せば、また色んな人に知ってもらえたかもしれない」


 俺の望みなんて、ささやかなものだ。そんな人物で良かったんだろうか。


「そうなんだ。それならきっと――」


 ミスティアが神像を見つめながら言った。


「――強い神様だったのね」


「なんで?」


「だって、野望や名声より、貴方の優しさを選んだから」


 ミスティアは、微笑んでいた。


「きっとずっと、そうしてきたのよ。最後の最後で、やばーいってなってても、その矜持を捨てなかった」


 俺の脳裏に、女神様が最後に浮かべた顔がよぎる。それは、最期とは思えないほど、優しい微笑みだった。


「それって、強いじゃない。強くて、優しい女神様なのね」


 そんな女神のことを振り返って想うのは、


「私は、そういうの好きなの」


「……俺も、そう思うよ」


 女神様は「幸ある生を」と言っていた。それが、あの女神様の在り方であり、誇りであるなら。

 俺が余計なことを考えるのは、それこそ余計なことだろう。


「女神様はきっと、ソウジロウみたいな人が好みだったのよ。趣味が良いわ」


「そうかな」


「うん」


 その後は言葉を交わすことも無く、俺はただ像をきっちり彫ることに専念した。





「これで完成、と」


「おつかれさま。ほんと上手よねー」


 ベッドに腰かけたミスティアに褒められるのは、少し照れくさい。

 〈クラフトギア〉の力でクオリティは大したものだが、これは目で見たわけではなく想像で生んだものだからだ。

 神棚(仮)に飾って、軽く拝む。この世界の作法としてこれで良いのか分からないが。まあ、細かいことは良いだろう。


「付き合ってくれてありがとう。もう寝るよ」


「じゃあ灯りを弱くするね。ちょっとしたら消えるから」


 ミスティアは立ち上がって神棚に向けて一礼し、小屋の出入り口で俺を見た。


「おやすみソウジロウ。お家建ててくれてありがとね。ほんとに」


「おやすみ。お互いさまだよ。俺も、助かってる」


 エルフは手を振ってマツカゼと一緒に立ち去った。


 薄暗い小屋の中で、俺は神棚を見上げる。


 美味しいものを、美味しいと思える環境で食べたい。

 俺の願いを、しっかり叶えてくれた女神様のおかげだ。


「ありがとう、女神様」


 そろそろ寝よう。


 今日は濃い一日だった。

 明日からは、のんびりとテントサイトを充実させていこう。

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