第9話 エルフと共同生活

 川辺のシェルターに帰還するのはやめた。

 別にあの場所にことさら思い入れがあるわけでもない。


 ミスティアにもっと手ごろな場所は無いかと聞いたところ、あるという答えが返ってきたのでそちらに向かった。

 少し木々の間が広く、石ころの少ない平らな地面がある場所。テントサイトにできそうなロケーションだ。


「いいね」


「そうでしょ。じゃあ私は魔物避けをこの辺りに仕掛けてくるわ。変わった紋章がある木は、伐らないでね」


「分かった」


 ミスティアはテントとターフ、それにハンモックなどで暮らしていたそうだ。魔獣から隠れる為の魔法の仕掛けがあったが、あの怪鳥はそれを偶然壊してミスティアの拠点を荒らし、そのまま沐浴中のエルフに狙いを定めた、らしい。


『それでもソウジロウに助けてもらえたんだから、私の幸運は健在ですとも』


 とは、ミスティアらしい感想だった。


 さて、俺達はここから新しい拠点を作るつもりだ。

 ミスティアもさすがサバイバルには手慣れているようで、意見は一致している。


「じゃあ私向こうにするね」


 彼女が指差したのは一〇メートルほど離れた場所だった。


「ああ、ちょっと待った。ミスティアの隠し倉庫は、毛布くらいしか予備の布は入れてなかったんだろう? 魔物避けのお礼に、俺が壁と天井くらい用意するよ」


「いいの? いちばん大変なところ……っていうか、それがあったらほぼ完成してるけど」


「いいさ。まだ昼にもなってない時間だ。〈クラフトギア〉ならふたり分くらい余裕だし、もっと神器に慣れておきたいんだ」


 落ちている枝木は、まだ立っている生木より硬さが落ちる。ミスティアは、それを拾い集めて魔法で加工するつもりだったらしい。

 それに比べて〈クラフトギア〉なら、拾い集めるまでもなく立木を伐って板を作ることすらできる。適材適所だ。


「私にできることがあったら、なんでも言ってね」


「そうするよ」





 新しいシェルターは、もっと〈クラフトギア〉の力を活かして作ることにした。昨日作ったものは、サバイバルには最適だった。ナイフ一本あれば作れるものの範疇を超えていない。できるだけ小さくして、省力化していた。


 しかし神器の力を考えれば、ナイフ一本どころか、ホームセンターが近くにあると思っても問題無さそうだ。工房工具クラフトギアが作れる規模に、制作物を大きくしよう。

 というか、そのくらいやらないともったいない。道具と技術の能力をもっと引き出して、立派なものを作りたいというのが本音だ。


「さーて、大昔にヤギ小屋くらいなら作ったことあるけどな……」


 おぼろげな記憶を掘り返しながら、作業に取りかかった。


 まずは地面を均す。シャベルは工具扱いでセーフ。クワは無理だった。ちなみにシャベルとスコップは呼び方に地域性があって、地域によって完全に逆転してる。俺は足をかける方をシャベルと呼んでる。

 木の根も石もプリンみたいにサクサクと貫通するので、地均しはすぐ終わった。均した地面をタンパーで叩いて固めたら準備完了。


 二リットルのペットボトルくらいの、手頃な太さの木をどんどん切り倒して建材を集める。最初はいくらか失敗したが、だんだんとどのくらい刃を入れると倒れるか見極めができてきた。

 まず倒したい側の幹をくさび形に抉る。次は抉ったとこの少し上を逆側から指一つ分残して切れ目を入れる。後は軽く押してやれば、自重でその方向に倒れてくれる。


 手つきや道具が最初から神業でも、俺の決断と手順しだいで作業の速度は上がっていく。数をこなせば、自然と仕事は熟れていく。

 道具が万能すぎて、ミスティアの分までやってちょうどいい。習熟度を積んでいきたい。


 倒した木の枝払いをしている時に、魔法を仕掛け終わったらしいミスティアが戻ってきた。


「はっやーい! えっ、魔法でも使ったの?」


「魔法使いはそっちだ」


「私の魔法じゃこうはいかないかな。……あの、私って、手伝えること、ある?」


「じゃあ、丸太をキャンプ地に運んでくれ」


「よかったぁ。まっかせて!」


 ミスティアにも手伝ってもらって、丸太集めはさくさく終わった。


 均した地面の四隅に、太めの丸太で柱を立てる。さらにその間にもいくつか立てて、最後に横向きの丸太を接続。直方体のフレームめいた骨組みを作った。

 入り口を決めて、入り口側を高くした直角三角形の骨組みを追加して天井の形を作る。


 これで家の骨組みは完成だ。


「……やることが決まってると、早いなやっぱり」


 次にやるのは、壁や床を作るために、伐った丸太を整えて積んでいく作業である。


 伐り倒して集めた丸太に楔を打って、縦に半分に割る。丸太は縦に割るなら、木で作った楔で充分だ。〈クラフトギア〉のハンマーで楔を打つと、一打でぱかんと割れた。


 そうして半分に割った丸太をフレームに『固定』して、壁にしていく。釘もネジも必要無く一瞬で『固定』できるので、電動工具より楽だった。

 これもまたミスティアに手伝ってもらって、手早く壁を作り上げた。

 壁として積み上げた丸太の、余分に突き出た部分をまとめて切る。そして次の面にまた積んでいく。それを四回くり返せば壁が完成だ。


 壁ができたら、最後に天井を作る。

 まあ、ごくシンプルな片流れの天井だ。作り方は壁とあまり変わらない。骨の間を素材で埋めていくだけ。

 気をつけないといけないことは、壁と違って丸太で作ると隙間から盛大に雨漏りする未来が決定すること。それと、天井を重くすると柱への荷重が大きくなり、ついでに崩れた時に中の人が潰されることだ。


 それを解決するために、あらかじめ樹皮をたくさん剥いである。

 粗皮を削いだ樹皮シートは、水を通さない優れもの。まずはこれを天井の垂木に張る。

 強度が足りないので、〈クラフトギア〉で『固定』して象が乗っても破れないようにしておく。


 そして屋根材を作る。

 長方形のフレームを作って、そこに樹皮をぴんと張って『固定』する。

 すると、まるで絵画のキャンバスのような構造をした四角い屋根材ができあがるというわけだ。

 あとは屋根材を張っていくだけ。


「浮いてるし乗ってる! 非常識! あはは!」


 高い所に登るために、丸太を空中に『固定』して階段に使っていたら、ミスティアがウケてた。これやっぱりゲームのバグ映像みたいだよな。見た目かなりおかしい。


 ところで問題が一つある。壁も天井も作った小屋の中は当然暗くなることだ。

 しかし、それを相談するとミスティアは事もなげに言った。


「明かり? 点けられるけど」


 ミスティアは小屋の中に、魔法で光を置いてくれた。火よりも明るいLEDみたいな白い光が、天井付近に設置された。本当にありがたい。


 ……俺も使いたい。


「ソウジロウから魔力はほとんど感じない。典型的な、魔法を使えない人間ね」


 魔法を教えて、とそれとなく訴えた俺に、エルフは無慈悲にもそんな現実を告げてきた。


 ……使いたかった。いや、本当に。


 肩を落としていると、ミスティアは呆れたように言うのだった。


「神器だけで充分便利でしょ」


 それは確かに。


 ともあれ、天井までできたら、小屋の周りをもう一度綺麗にしてから、溝を掘る。ぐるりと小屋を囲むように掘って、雨が降っても溝を流れて他の所へいくように排水する形で。

 入り口側だけ、溝の上を歩けるように蓋を作っておく。


 そんな土木作業をしていたら、そのへんでコロコロ走り回っていたマツカゼが寄ってきて、俺を見つめながらぺたんと座りこんだ。


「どうした?」


 キャフッ、と気の抜けた鳴き声で答えてくるマツカゼ。

 掘ってある排水溝に飛び込んで、地面を脚で掘り始めた。最初は『ほりほり……』くらいだったが、やってる間にテンション上がって『バババババ』と一心不乱に。

 そんなマツカゼをたまに撫でつつ、排水溝の設置を済ませた。


「休憩するか」


 土まみれのマツカゼを回収する。抱き上げた子犬は穴掘りの興奮を引きずったまま、腕の中でじたばた身を捩ったり足下をグルグル走り回ったりした。

 一緒に川へ向かって、土汚れを落とす。マツカゼは水を怖がりもせず、足をざぶざぶ洗われても楽しそうにしていた。

 川縁で足を浸けつつ手頃な岩に腰掛けてのんびりしていると、ぱしゃん、と水音を立ててミスティアが現れた。


「ソージロー! 良い土あったわよー!」


「あれ、ミスティア、もう終わったのか? これからそっちを手伝おうと思ったのに」


「二つも作るなら、ちゃきちゃきやっちゃわないとね」


 小屋を建ててる間に、ミスティアは俺が作った原始的な荷車で、粘土を掘りだしてきてくれていた。

 木で最低限の骨組みを作り、中央に樹皮の容器を置いて、輪切りにした丸太を少し切削して車輪として取り付けただけの、簡易な荷車だ。

 シャベルも木製。木が硬いおかげで、刃だけ『固定』すれば粘土くらいなら掘っても壊れなさそうだった。


 ぱしゃぱしゃと手足の汚れを洗い落としたミスティアが、俺の横に腰掛けてくる。

 足と言わず肩と言わず触れ合うくらいの距離に、服を捲り上げて生足を曝す美女がいるのは、行儀の悪い気分がちょっと湧いてくる。


「っていうか、言われたとおりに素材集めるくらいしかできないしね、私。できることは、張り切らないと」


「俺は魔法の灯りだけで、かなり助かるけど」


「あんなのじゃつり合ってないでしょ!」


 ミスティアはそんなことを言うが、魔法の灯りは焚き火と違って煙臭くならないし、換気しなくても窒息の心配が無い。しかも光量はLED並み。

 科学文明で天才が開発したLEDランタン並みの恩恵をもらってしまっているのだから、相当ありがたいのだが。


 超ド田舎の山道を歩いたことがあれば、松明の頼りなさや扱いづらさ、それでも無いと困る野山での闇の深さは身に沁みるものだ。

 暗い中を歩くだけで、死ねる世界。それが大自然というものである。


 というか、やりすぎて負い目に思われただろうか――そんなことを考える俺に、ミスティアは首を傾げて振り向いた。


「それに魔法だけだと、ちょっと物足りないと思わない? だって、工夫して作るのって、楽しいじゃない」


 屈託の無い笑顔でそう言われてしまい、俺はごちゃごちゃ考えてたことを放り捨てた。


「……そうだな。楽しいよな」


 テント一つ、ペグ一つまで道具を吟味してキャンプに行くのがキャンパーである。

 サバキャンとはいえ、自分の知恵と技を試している中に、楽しみがまったく無いわけでもなかった。


「だよねー! 今回はソウジロウと一緒だから、いつもよりずっと楽しいわ。木のスコップなんて初めて!」


「いやあれはシャベル」


「スコップだってばー」


 どん、と隣に座るミスティアが肩をぶつけて言い返してきた。ただし、その顔は笑っている。

 俺の顔も、同じく笑ってしまっていた。





 さて、ミスティアが掘ってきてくれた粘土の出番だ。

 こいつで、小屋の壁から隙間を無くす。


 地面に穴を掘って、その中で粘土と枯れ草と砂を水で混ぜて、ちょうど良い硬さで整える。

 複合素材の劣化モルタルだ。

 それを小屋の外壁に塗っていく。丸太を積んだだけの小屋の壁も、こうすれば隙間風が無くなる。


 左官仕事はさすがにやったこと無かったけど、これも〈クラフトギア〉のおかげなのか、粘土の硬さも壁塗りも、失敗せずに一発でいけた。

 俺の感覚では絵の具を画用紙に塗りつけるくらいお手軽に施工しているのに、仕上がりは滑らかで、素材の悪さ以上の不必要なでこぼこが無い。


 これで室内の防寒対策が、半分は終わった。

 もう半分に取りかかる。


 小屋の外壁に穴を開けて、後ろ側に石と土で炉と煙突を組み上げる。石の上下左右を〈クラフトギア〉でストンと落として平らにして、『固定』しつつ組み上げれば、石積みもかなり手早く終わる。最後に外壁の穴を劣化モルタルで接続しておく。

 これで、小屋の中で焚き火をしても煙は外に逃がせる。つまり――ミニ暖炉付きということだ。炭や焚き火で暖まり、軽い調理やお湯くらいなら外に出なくても作れるのである。


 最後に扉代わりの樹皮シートを出入り口に垂らして、


「よし、今日の分は完成!」


 木と土でできた小屋が、できあがった。


「やったー!」


 俺が宣言すると、ミスティアが拍手してくれた。


「すごいすごいっ。一日で作れるものじゃないわよこれ。おっきいし! 本当に私も住んでいいんだよね?」


「ミスティアもあんなに手伝ってくれたんだから、堂々と住んでくれ。二つも建てた意味が無くなる」


 土小屋は俺のとミスティアの分の、二つ建ててある。

 同時進行でやったところ、夕方までかかってしまった。森の中は暗くなるのが早いので、すでにミスティアの灯りが、テントサイトを照らす位置にあちこち浮かんでいる。

 本当にありがたい。


「ミスティアも、ベッドを作ってくれてありがとう」


「ぜーんぜん。これくらい余裕ですとも」


 柔らかい草を大量に集めてきて、束にする。焚き火に当てて乾かしたそれを大量に並べれば、藁束のベッドみたいなものができる。布のシーツさえかぶせれば、野性味はあるが完全にベッドである。

 小屋の中には人が寝そべられるサイズの額縁シートを作って、膝くらいの高さで『固定』してある。その上に草束は設置されていた。

 座るも寝るも可能なので、ソファベッドと主張すればそう言えなくもない。


 しかし、樹皮シートを『固定』しただけなのは、手抜き感があるな。


「明日はもうちょっと、きちんとしたベッドを作るよ」


 そう言うと、ミスティアが横目で俺を見て笑った。


「やーらしー」


「なんでだ」


「人里の人間が『ベッドにこだわる男は娼館通いが長い』って言ってたもの」


「いやらしいのはそいつだ」


「あはっ、あの子に会ったら言っておくわね」


「待ってくれ。それもしかして女の子か?」


「あっ、すごいこの小屋。地面がちゃんと整地してあるー! 神様ソウジロウ様神璽レガリア様に大感謝です! 炉がついてるのすごく良い! 雨でも濡れずにお湯が作れる! わぁ~~!!」


 プレハブ小屋に足を踏み入れて、歓喜の声を上げるミスティアだった。

 もう聞いてない。


 ……まあ、喜んでくれて何よりか。


 奔放なエルフの嬉しげな声を耳にしながら、俺は大仕事の成果としてそれを満喫するのだった。

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