第8話 心強いエルフ
俺とミスティアは、ストームグリフィンとかいうあの怪鳥の死骸を前にしていた。
魔獣はある程度強くなると、魔石という石を体内に持つようになる。心臓の横にくっついた肉袋にその石は収まっていて、急所でもある。とのこと。
あの巨体を、ただ捨て置くのはもったいない。解体して有効活用できないか、と聞いた俺に、ミスティアはそう説明してくれた。
魔石は小さく軽いのに価値が高い部位だから採取しておくべき、らしい。
そして、ミスティアが心臓の横の袋を検めてくれたのだが、
「見事にバラバラでした」
「今度からは、頭を狙うよ」
「気を付けてね。頭だと、すぐ死なない相手もいるから」
怪鳥の魔石は、〈クラフトギア〉の一撃で粉砕されていた。
ぱっと見だと、青っぽい水晶か石英という感じの石だ。
「これはこの子にあげちゃおうかな。いい?」
「いいけど」
食べられそうにないし。
砕けた魔石の小さい欠片を、子犬に差し出すミスティア。子犬は尻尾を振りつつエルフの手から石を食べて、ゴリゴリ噛み砕いてる。
「そんなの食べるんだな……」
ウサギの内臓をあげた時に食べてたのは、それか。
「小さくても、この子は魔獣だからね。この子はまだお腹にいる時に親が襲われて、早産だったみたいだし。魔力を多めに取り入れないとね」
栄養価の高い犬のおやつ、みたいなものかな?
「そうだソウジロウ。この子の名前を決めてあげてよ」
「俺が? ミスティアが拾った子なのに」
「
そういうものなんだろうか。
子犬と目が合う。そのつぶらな瞳は、なんだか俺を待っているような目をしている。
「お前の名前は――マツカゼだ」
そう告げると、子犬改めマツカゼはキャンと高い声で鳴いた。
「どんな由来があるの?」
「俺の世界で、すごい名馬として知られた名前だよ」
松風は、傾奇者として知られた前田利益の愛馬だ。とても見事な名馬だったという。
「そうなんだ。良かったわねー、マツカゼ」
前田利益が叔父の利家を騙して水風呂に入れて、その隙に盗んだという逸話がある。まあそれは、後年の創作話らしいけど。
……沐浴中に襲われたミスティアから連想した、とは言えない。
そして、ミスティアはナイフみたいな黒い塊をずらりと並べる。
「あと使えそうなのは、鉤爪ね。グリフィンの鉤爪には浄化の力があるの。お水を汲んで爪を入れておくとお腹を壊さないし、傷を洗うと治りが早くなる。お肉に刺しておくと傷まなくなって、何週間も生肉のまま保存できるの。便利よねー」
「それはいいな。……髪とか手とかも洗える?」
「もちろん」
万能な石けんみたいな鉤爪だ、グリフィン。もう一頭くらい来てくれてもいいぞ。
「肉は?」
「毒は無いから食べてもいいわよ。すごく臭いけど」
遠慮しておく。
「鉤爪だけ、半分もらっていいかな」
「えっ、全部ソウジロウのでいいけど?」
それは気が引ける。
「日頃の用心だよ。半分ずつなら、無くした時に助けてもらえるからさ」
「……えへへ、じゃあそうしよっか」
ミスティアは笑って、手早く爪をまとめてくれた。お互いに四本ずつ、紐でまとめた爪を戦利品にした。
ふと気付くと、マツカゼがでかい風切り羽を咥えて拾い、ぶんぶん首振りして千切っていた。
この羽根なんかも、いずれは有効利用できるようになりたいものだ。
「マツカゼ、ほどほどにな」
そう呼びかけると、子犬はヒャンと鳴いてこちらへ駆け寄ってきた。
もう名前を覚えたらしい。賢い。
「あのね、ソウジロウ。私もここを移動して、新しい拠点を作らないとなんだけど……良かったら、ソウジロウのいる場所の、近くに作らせてくれないかな?」
ミスティアが、マツカゼを撫でる俺にそんなことを言ってくる。
「マツカゼがとっても懐いてるから、会いたがると思うのよね。だから、ね?」
「ふむ……」
せっかく懐いてくれたマツカゼと別れるのは寂しい。それに、ミスティアには塩ももらってるし、森のことや怪鳥の鉤爪を教えてくれて、とても助けられている。
現状、断る理由はどこにも無い。
強いて言うなら、俺がゆるキャンしていたいかも、という気持ちでいることくらいだ。
それは、前世で疲れた精神の癖みたいなもの。
誰かと関わると、面倒事ばかりが増えて、利用されて疲れて自分の時間を削られていく。あの辛い記憶が、まだまだ俺の心の奥底にこびりついて、離れていない。
「それに、私が近くにいると、ソウジロウも心強いんだから」
視線をさ迷わせた俺に、ミスティアがそうつけ加える。
「? っていうと?」
「別の世界で人間やってたなら、この世界では驚くこともあるでしょ? 私がいれば、そういう時に頼れるじゃない」
「解説してくれる、とか?」
訊ねた俺に、ミスティアは堂々と胸を張って、こう言った。
「一緒に、驚いてあげます」
「なんだそれ!」
思わず笑ってしまった。
「神樹の森で、神璽に会うの私も驚いたし。〈クラフトギア〉なんて神器は、私も知らないのでした! わあびっくり! 貴方も、私を見た時はびっくりしてたでしょ?」
そんなふうに言われて、俺はまだ収まらない笑いを顔に乗せたまま、うなずいた。
「そうだな。エルフに会ったのは、初めてだった。びっくりしてたよ」
「やっぱり! でも御安心! 実はあの時、わたしもびっくりしてました! わあ人間だー!って!! 一緒です! あはははっ!」
「あっはっは!」
俺はミスティアの笑いに釣られて、ひとしきり口を開けて笑った。
そして、内心で自分にビックリしていた。
……こんなふうに、声を上げて笑うのはいつ以来だろう。
やがて笑いを収めて目が合うと、
「ね? いいでしょ」
と、気持ちの良い笑顔で言ったミスティアに、俺は迷っていた心の内が晴れていることを自覚した。
……俺は、生まれ変わったんだよな。
劇的に変わりすぎて、心がついてきていない。
女神様は言っていた。『あなたの力と幸福を助けてくれる』と。
若返り、神器を手にして、快い人にまで出会えた。今の俺は、そんな幸運を前にして、ふと足を止めたくなるのだ。
将来の、まだ予兆すら無い
もっと楽に受け容れよう。これはその第一歩だ。
「ミスティア」
「ん?」
「むしろ俺の方から頼むよ。俺も、マツカゼと綺麗なエルフに、毎日会いたい気持ちはある」
マツカゼを育てながら、サバイバルをするのは大変だろう。
それを助けてあげたい。俺は自分の中にあるそんな人情へ、素直に従うことにした。
ひねた歳の取り方をすると、真っ正直な善行をするのが難しくなる。しかし、今こそそれをやり直すチャンスなのだ。
「えっへへー、き、綺麗かぁ。照れますねー」
頬を赤らめたミスティアが、マツカゼを抱き上げて隣に寄ってきた。
「じゃあ、これからよろしくね。ソウジロウ」
ぽんと肩を叩いて言ってきたエルフに、俺はうなずいて答えた。
「よろしく頼む」
ということで、俺とミスティアはご近所さんになることになった。
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