第4話 夜も暖かい
サバイバルに必須のもの。
服、ある。水、ある。寝床、ある。食料、ある。
最後の一つは、火だ。
弓切り式の火起こし機を作った。
しならせた枝の両端に、樹皮を細く裂いてよじって作った紐をつけて、弓のような形にする。
燃えやすそうな乾いた板に、これまた乾燥した枝木の棒を立てて上から石を置いて押さえ、棒に弓の糸を巻き付けて、左右に振る。
ドリルのように回転する棒が板と摩擦を起こし、木材同士が擦れて生まれる木屑と摩擦熱によって火を点ける道具だ。
手で挟んだ棒を回転させて擦る着火方法は、誰でも知ってると思う。それを道具でやりやすくしてるだけである。
……そういえば『キャストアウェイ』で、トム・ハンクスが血まみれになりながら火起こししてたなー。
素人が木を擦り合わせて火を点けるのは、難しい。時間をかけて頑張ればできる、とも限らない。
頑張るところが違うからだ。
擦るのを頑張るのではなく、素材の見極めを頑張らないといけない。燃えそうな枝と薪を拾って、燃えそうな火口を集めておく。そうすれば、あとはちょっと形を整えるだけで、数分擦るだけで火は点く。
乾燥した素材の見極めと、加工。それがまず大事。
簡単なポイントとしては、だいたい針葉樹の方が燃えやすいので、葉っぱの細い木の周りで薪を拾うと着火しやすい。
〈クラフトギア〉があれば加工は簡単かつ最上級品。初めての摩擦式火起こしだったが、大して手間取ることもなかった。
火口を探すのが面倒だったから、樹脂の詰まってそうな枝を切り取って、〈クラフトギア〉の刃で木屑と超極細のフェザースティックを作った。
樹脂、というものは名前に”脂”がついているとおり、とても燃えやすい。一発で燃えた。
ちなみに落ちてる薪をナイフの背で叩いてみて、甲高い音がする部分が樹脂材だ。これを探すのも、宝探しみたいでちょっと楽しい。
「よし、全部揃ったな」
水、食料、そして焚き火。
俺の拠点には、サバイバルに必須なものが全部揃っていた。
ここからは、使ったエネルギーを補充するターンに入ろう。
まずは水の煮沸。
樹皮で作った鍋に水を入れて、火にかける。
水を入れた容器は、薄くて摂氏百度で溶けない素材なら、なんでも鍋にできる。なんなら紙や葉っぱでもいい。
樹皮は天然の
煮沸した川の水を飲む。安全なのかは、まあたぶん大丈夫としか言えない。
しかし、
「変な味とかはしない、と。……俺が味を分かってるか、それが分からないけど」
昨日――体感的には、昨日だ。
異世界に来る一日前に、自分が何を食べたのかも覚えていない。
なぜなら、味がしない何かを、生きるために喉に押し込んでいたから。
まれにもらえる有休の日なんかにキャンプへ行って、何時間か頭を空っぽにしてから食べる飯だけは、味がした。
だから、今から焼こうとしてる兎には、期待してる。
熾火にした炭を集めた肉焼きスペースを作って、石のフライパンの上で焼く。
石のフライパン。
平らな石を鉄板代わりにするだけでいい――んだが、ふと思い立って〈クラフトギア〉の形状変化を試してみた。
電動のディスクグラインダーにダイヤモンドカッターを付ければ、コンクリートブロックだって真っ二つに切れる。
だったら樹木を豆腐みたいに切れる〈クラフトギア〉なら、ノコギリ形態で石を切れちゃうのでは? と思い立った。
結果――自然石をノコギリで切り取って、石板焼きで兎肉ステーキを焼いている。
その兎肉もまた、サバイバルナイフ形態の〈クラフトギア〉で枝肉にした。今焼いてるのは、兎肉の中でも一番美味い、背中の肉だ。
枝で作った菜箸でひっくり返して両面をきちんと焼いて、これまたノコギリで切り出した木の板を皿代わりに使う。
「いただきます」
〈クラフトギア〉のナイフで肉を切り、簡単に作った二叉フォークでぶっ刺してヒレステーキを口に運んだ。
「っ……! あ、味が、する……!!」
弾力のある肉を噛みしめると、肉汁がしゅっと溢れてきて――そこに感じる、確かな旨味。
ヒレ肉の控えめな脂が引き立てる、肉そのものの味わいが口いっぱいに広がった。
「美味い……」
噛んで、飲み込んで、
「美味い……!」
感動した。
塩胡椒すらしてないので、素材だけの味しかしない。なのに、わりといける。これはすごい。
「兎肉は鶏ささみみたいに淡泊だけど、異世界の兎はちょっとだけ脂肪入ってて甘みがある……」
ちょっと鴨に似てるか?
それにしても、本当に美味い。
あり合わせの材料。
焚き火・石板・新鮮な兎肉。
それは手抜きという意味ではなく、肉どころか火の準備から手を尽くして用意したものだ。
ソロキャンでの料理は、かなり適当なこともある。なのに、焚き火マジックがかかって、なぜか美味しく感じてしまうのだ。
今回の俺は、自分が狩猟して解体したお肉、という効果まで盛ってある。美味しくないわけがない。
これぞまさにソトレシピ。
「……モモ肉も、焼いておくしかない」
石板にさらに肉を追加。後ろ脚のモモ肉は、四足獣で一番食べごたえがある部位だ。
じゅうじゅうと音を立てて焼けていく肉。
暖かな焚き火の熱。燃える薪の音。
誰にも憚らず、ただ焼き上がるのを待つ時間。
「食べるのがこんなに楽しいなんて……いつ以来だろう……」
昔、田舎にいた頃を思い出す。
俺は、なんだか久しぶりに、生きているという気持ちで胸がいっぱいだった。
我ながら驚くほどの肉を食べて、ようやく人心地ついた。
「明日は、野草も採っておくか」
見た目もそっくりだったし、ツワブキっぽい草が生えていたのは食べて良さそう。前世でも食べてたし。
なにより、自分はそれが食べられることを『知っている』気がするのだ。
これは女神様のおかげなのか、単なる思いこみなのか。たぶん神様パワーのほうだって信じておこう。ダメだったら思いこみだ。
「今日のところはひとまず、三週間は余裕ができたということで、ヨシ!」
サバイバルの3の法則、というものがある。
体温が保てなければ3時間。
水が無ければ3日間。
食料が無ければ3週間で死ぬ。
今日用意できたものは、それぞれきっちり対応してある。
服、シェルター、焚き火。寒さ対策。
煮沸した川の水。飲料水確保。
兎肉。食料確保。
初日で全部をきっちり揃えられたのは、ひとえに〈クラフトギア〉の恩恵が大きい。
サバキャンだというのに、疲労困憊どころか皿とか箸とかフォークとか、食器を作ってる自分に余裕が見える。
ついでに寝床も樹皮のシートを敷いて寝心地良くしたり、でっかい樹木から樹皮を大きく剥いできてシェルターの外壁に固定したり、工夫を凝らしてる始末。
「もっとちゃんとした壁と、食器も作りたいな」
四角い樹皮鍋から水を飲みつつ、そんなことすら思い浮かべていた時だ。
かさりと葉を踏む音がしたので、俺は食事を中断して杖を手にした。また角付き兎か、他の獣が襲ってきたのかと警戒して。
シェルターの外壁は全体を『固定』したCFシートだ。何があっても防ぎきってくれるだろう。
いざとなったらそこに飛び込んで寝床のシートを正面に『固定』すれば、全周防御完了だ。当方に備えあり。
が、
「……お前、もう来るなって言っただろう」
そこにいたのは、昼にも顔を見せた子犬だった。ひと鳴きしてから、俺の近くまで走り寄ってくる。
だいぶ近い。少し身を乗り出して手を伸ばせば、触れられる距離だ。懐かれてしまっている。
子犬がその場にぺたんと座る。
どうしたものか。
「まだ、さ迷ってるってことは……あのエルフさんは、お前と会えなかったのか」
犬は犬それぞれ性格があるので、たまに遊び感覚で群れからはぐれたり、飼い主からはぐれたりしてしまう個体がいる。
どうやらコイツは、そういう困った性格の奴らしい。
「お前を探して走ってたぞ、あのエルフさん」
そう言ってみても、気楽な顔をしているだけの子犬に手を差し伸ばす。
「ほら、こっち来い」
子犬は言われたとおり寄ってきた。拳を差し出すと、匂いを嗅ぎながらぺろりと舐めてくる。
フンフン熱心に手の匂いを嗅ぐ子犬には、よく見れば首にリボンが巻かれていた。あのエルフが巻いたに違いない。
「……エルフか、どうするかな」
俺の他にも、この森には人間がいた。
いや人間じゃないか。エルフなんだから。
まあしかし、
「肉、食うか?」
餌をやっても野生への餌付けにはならないから、オッケーだろう。
差し出した兎肉を、嬉しげに食べる子犬。
空がもう暗くなっているから、今日はもうあのエルフも会いに来られないだろう。
「お前の飼い主を、探してやるよ。明日、明るくなったらな」
そう語りかけるが、子犬は一心不乱にモモ肉を食べていた。聞いちゃいない。
だが、手の届く距離で無防備な食事姿を晒すということは、かなり信頼している証拠でもある。一夜を一緒に越す友くらいには、なってくれるだろう。
明るくなってから、探そう。――暗い間、冷たい外気を一人で耐え忍ばなくても良さそうだ。
肉を食べ終えた子犬が、顔をあげてこちらを見つめてくる。そのふかふかの顔に手を伸ばし、顎を撫でやると、嬉しそうに吠えてくれた。
愛い奴め。
その日の夜は、温かい毛玉を胸に置いて寝ることになった。
一戸建てじゃないと無理だと思ってた犬との暮らしが、サバキャンでまさかの実現となった夜だった。
女神様、ありがとう。
俺は今日一日の成果に満足しながら、温かいものを胸に抱いて眠りについた。
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