第3話 お祈りポイント

 俺がステータス画面の『お祈りポイント』に触れようとした時だった。


 カタン、と言う音がドアの方から聞こえてくる。


 聞きなれたその音。

 封筒がドアの郵便受けに入れられた音だ。


 俺は一瞬迷うが、ステータス画面を一度消す。そして郵便受けにいくと封筒を回収し、開封する。

 封筒をそのままにしておくというのが、すっかり落ち着かない体になってしまっているのだ。

 長年の習慣とは恐ろしい。


「それにしても朝一で封書が来るのは珍しいな。──ふーん。また、不採用通知か」


 俺はいつもの定型お祈り文に目を通すと、途中だったステータスの確認に戻ることにする。普段なら大いに落ち込むのだが、いまの俺にはこの程度、どうということはなかった。


「さてと……おおっ。これは……」


 再度表示させたステータス。

 その『お祈りポイント』の後には、1という数字が、追加されていた。

 そして気がつけば手に持っていた不採用通知が消えている。


「これは明らかに、今もらったお祈りレター分だよな。いつの間にか封筒ごと消えているし。これはもしかすると、凄いかもしれない──」


 俺は期待しながらステータスの『お祈りポイント』に触れる。

 現れるポップアップ画面。


 目を通していく。


「なるほど。たぶんお祈りポイントというのを使うというか、捧げるんだろうな。いま選べるのは、『聖水』、『一定時間幸運(小)』の2つ、と。こういう感じなんだ。どっちも1ポイントで大丈夫。……あれ?」


 俺はそこで気がつく。項目の下に薄いグレーで表示された項目が、もうひとつあった。


「『お祈りシステムランクアップ』、10ポイント。なんてものもあるのか。これは、他の加護の効力次第だけど、早めにランクアップを狙いたいところだ」


 そこまで確認したところで、俺はどうするか考え込む。


「──よし、決めた」


 俺は『聖水』を選ぶ。

 ステータスのお祈りポイント1と表示されていた数字が0に変わる。


 次の瞬間だった。俺の手のひらの上に水が沸き出してくる。


「うわっ! え、どうするのこれっ」


 手近なところに、水をいれられるような容器がない。俺は思わず口をつけると、そのまま飲み干していく。

 幸いなことに、すぐさま水の沸きだしは止まる。


「はぁ、びっくりした。思わず飲んでしまった。味はただの水だったけど……」


 それだけで、体感では何も変化は感じられない。


「うーん、ステータスを確認してみるか……おっ!」


 再度表示させたステータス画面。自身の状態の部分に『破邪の気配』という文字があった。どうやら一定時間、モンスターが嫌がる気配をまとった状態になっているらしい。


「これはいいな。俺でも、効果次第だけど一人で迷宮探索に行けるかも。ありがとうございます、シストメア様」


 そう、俺が感謝の祈りを呟いた時だった。開いたままのステータスの、お祈りポイントが0から1へと変わる。


「っ!」


 俺はステータス画面を二度見する。先程0になったはずのお祈りポイントが間違いなく、再び1になっていた。

 そのままその場で膝をつき目をつぶると、手を組む。


「感謝いたします、シストメア様」


 そーっと片目をあけてステータス画面を確認。

 1のままだ。

 すぐさま目をつぶり、無言で必死に祈りを捧げる。

 体感的にけっこう時間が経った頃合いで、今度は両目を開けてステータスを確認。


「変わってない。1のままだ。うーん。自分の祈りでもお祈りポイントは増えるけど、何か制限があるのか?」


 悩んでもわからないかと、俺は今度はいま手に入れたお祈りポイントを『一定時間幸運(小)』へと使ってみる。


 やはり体感に変化はない。

 しかしステータスの自身の状態の部分に幸運(小)が追加されていた。


「よし。これで試しに、いつも通りの一日を過ごしてみよう」


 俺はそう呟くと身支度を整え、大迷宮へと向かった。


 ◆◇


「すごいな。まったく疲れない。それに空腹もほとんど感じないぞ」


 いつもの大迷宮。その最も浅い層で行っている日銭稼ぎ。

 それは一言でいえば清掃業務だった。


 ギルドに所属して、迷宮深くへと潜っていく正規冒険者たち。彼らは様々な物を持ち帰って来る。


 迷宮でしか自生していない貴重な草木や、トラップの仕掛けられた宝箱の中身。そしてモンスターの素材──ようは死骸などだ。


 そしてそのほとんどはひどく汚れていることが多い。それを迷宮から出る直前のこの場所できれいに清掃し、できるだけ見栄えを良くするのが仕事だ。


 危険な迷宮に立ち入らない市民たちに、どんな素晴らしい物を持ち帰ったかを見せ、冒険者の有用性と価値を示す。

 それも冒険者の存在意義を高める大切なことだと遠い昔に俺も教わっていた。


「次、きたぞ! 大物だ、いけるかバクシーっ!」

「はい、大丈夫です」


 俺はかけられた問いに、大声で答える。相手はこの一帯をしきっている人物。皆からは親方と呼ばれている。

 親方は、俺以外の数名にも声をかけていく。


 この仕事はかなりの重労働だ。この時間になると、同じ日銭稼ぎのやつらはみな動きが鈍い。

 普段の俺も、そっちの仲間なのだが今日は違った。

 朝と変わらぬ軽い足取りで大物とやらに近づいていく。


「これは、確かにでかいな。うわ、腸が破れているじゃないか。これ、縫わないといけないやつか」


 俺は目の前の巨大なトカゲ型のモンスターに近づくとその状態を観察して呟く。


 モンスターの体液は部位によっては毒であることも多い。俺はまず手早く傷の周囲から汚れを落としていく。

 次にモンスターの腹部に出来た傷だ。中に残っているどろどろの液体を慎重に掬いとって専用の容器に詰めていく。これはこれで需要があるらしい。


 その頃になってようやく他の日銭稼ぎの同業者たちが手を動かし始める。俺も二人一組になって液体の処理を続ける。


「ひどい臭いっすね、バクシーさん」


 俺と組んだのは、シジーという名の若手だ。重い容器を抱えた彼女は、そこから上ってくるモンスターの体液の臭いに顔を歪めながら話しかけてくる。


「口を開くといっそう臭いぞ、シジー」

「うっす」


 おおかたの液体を掬いとったところで、次に俺は傷に潜り込むようにして頭を突っ込む。


「きれいな切り口だ。助かったぜ」


 俺の目の前には横一文字に切れ目の入ったモンスターの腸。それを針と糸でざっと縫い合わせていく。

 こうしておかないと運ぶ際に再び腸の内容物が溢れてきて清掃のやり直しになるのだ。


「おわったぞー」


 俺は傷から顔を出しながら告げる。

 傷自体は閉じない。冒険者の戦果の証し、みたいなものだ。


 俺の声に応えるように、ほっとしたような弱々しい歓声が、一緒に働いていた面々からあがる。今日の仕事はこれで終わりだろう。

 俺は大きく伸びをする。無理な体勢で針仕事をしたのだが、体はどこも痛くない。


 ──これは『健勝』、さまさまだな。


「バクシーさん、おつかれっす。きれいな縫い目っすね」

「ああ。シジーもお疲れさん。なに、これぐらい大したことないさ」

「このあと──」


 何か言いかけたシジーが、そのまま固まっている。


「どうした、シジー」

「まずいっすよ、あれは」


 シジーの指差した先は迷宮の深層へと続く通路。

 そちらからギルドに所属していると思われる正規冒険者たちがこちらへ向かって走ってくる。

 そして、そのうしろには何体ものモンスターが追いかけてきていた。


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