第4話 幸運
「退避だ!」
親方の怒号が響き渡る。
俺のまわりの連中はさっさと避難を開始する。迷宮内で最も浅いこの場所なら、走れば出口まですぐだ。
そして、通常であればモンスターは迷宮から外へは出ない。
俺も逃げ出そうとしたときだった。
走って逃げてきた正規冒険者に押されたシジーが、何かを抱えた姿勢で倒れるのが、目のはしにうつる。
彼女とは知り合い程度の仲にすぎないのだが、俺は気づいたらシジーの方へと走りよっていた。自分たちが連れてきたくせに、シジーを押して倒し、さっさと逃げた正規冒険者たちのマント。そこに、俺を不採用にしたギルド『黄金の双樹』の紋章が見えたのだ。
それを見てしまった俺が、一瞬だけ頭に血がのぼって、思わずシジーを助けに走ったのも致し方ない、はずだ。
「おい、大丈夫かっ!」
「バクシーさん。……ヘマ、しちゃいました」
「お前、それ」
「持ち出せたら、少しは賃金出るかなって思って。じゃないと今日の稼ぎ、なしでしょ?」
「ばかが。逃げ遅れたら死ぬんだぞ!」
モンスターの体液がつまっていた容器が、シジーの近くに転がっている。幸い蓋はしまったままだ。
俺はそれを横目に、倒れたシジーの手を引いて立たせようとする。次の瞬間、顔を真っ青にしてへたりこむシジー。
「つぅっ! 倒れた時に、挫いたみたいっす。バクシーさんだけ、逃げてください」
「ばかっ! いいから肩、つかまれ!」
「ばかは、ひどいっすよー」
二人してよろよろと出口へと向かう。そこへ迫りくるモンスター。二足歩行の狼のような見た目だ。
「ワーウルフ、最悪……」
後ろを振り返ったシジーの絶望の声。それも当然だ。ワーウルフは迷宮中層に現れるモンスターと聞いたことがある。非正規冒険者に過ぎない俺たちでは、到底かなわない。
俺もそんなシジーの声につられて後ろを向く。ワーウルフは本当にもう、すぐ後ろにいた。そしてついに、先頭の一体の、鋭い爪の生えたワーウルフの手が、こちらへとつき出される。
俺はとっさにシジーを突き飛ばすようにしてワーウルフから離す。残った俺の目の前に迫る鋭い爪。俺は反射的にシジーを突き飛ばしたのと反対の腕で、自分の顔をかばおうとする。
その時だった。腕を伸ばしたワーウルフの手の動きが、急に止まる。そして何故か自身の鼻を押さえるように手を引くワーウルフ。間近に見えた狼のようなその顔も嫌悪に歪んでるのがわかる。
それは、まるでとても臭いものでも嗅いで、耐えられずに鼻をおさえたかのような動きだった。
しかし、勢いよく迫ってきたワーウルフの体は止まらない。
その鼻を押さえたワーウルフの腕と、持ち上げる途中の俺の腕がちょうどぶつかる。俺の腕がワーウルフの肘を押すような形になる。
そのまま、俺の腕に押されてワーウルフの爪がワーウルフの突き出た鼻の横を滑り、その眼球へと突き刺さっていく。
絶叫をあげながら、俺ともつれるように倒れこむワーウルフ。
倒れた時には、すでにその爪は俺の腕に押される形で、根本まで完全に突き刺さっていた。
もつれるように座り込んだ俺は、持ち上げた腕を下げる。視線の先には、俺にのし掛かるようにして倒れているワーウルフ。完全に刺さった爪は、たぶん脳にまで達していそうだった。
──た、助かった?
ワーウルフは、俺の上でピクリとも動かない。
──これが、幸運か。ワーウルフが怯んだのは、聖水の効果だろうな。あとは『健勝』による頑強な肉体のお陰もありそうだ。中層のモンスターに体当たりされたら、前なら無事じゃすまなかっただろうし。これもすべてシストメア様の加護のおかげか。ありがとうございます、シストメア様。
俺は、シストメアに感謝しながらワーウルフの動かない体を蹴飛ばすようにしてどける。
おそるおそる立ち上がってみる。痛みはない。どこも怪我はしなかったようだ。
そして周囲を見回し不思議に思う。他のワーウルフの姿が見当たらないのだ。
「バクシーさん!」
シジーが足を引きずり、俺の方へ近寄ってくる。
「シジーか。ばか、逃げろよな……」
「またバカって! もう。それよりも、バクシーさんっ。それ──」
シジーの指差した先。そこには俺が蹴飛ばしたワーウルフの体が、光の粒のようになって消えていくところだった。そしてその体があった場所には、光り輝く石が一つ残されていた。
「
「そうですよ、バクシーさんっ! ワーウルフのオリジンですよ!」
「……こんなこと、あるんだな。そうか、それで他のワーウルフも消えたのか」
通常のモンスターは死ぬとその死骸が残る。いつも俺やシジーが清掃作業をしているのが、それだ。
そしてそのモンスターには、各種族ごとに
「バクシーさんっ! なに、おちついてるんっすか! オリジンを倒したんですよっ。これでバクシーさんも二つ名持ちっすよ! 非正規冒険者で二つ名持ちなんて史上初じゃないっすか!」
シジーのテンションがおかしい。こいつ、そんな娘だったのかと、思わず冷めた目で騒ぐシジーを見てしまう。
俺は落ちていた光る石を手に取る。
「それ、オリジンの魔石っすね。はじめて見ました」
俺の手元を興味津々に覗きこむシジー。
「あっ」
次の瞬間、魔石が俺の手の中へ溶けるように消えていく。それはシストメアが俺の不採用通知の手紙を手に吸い込んでいたのと、良く似ていた。
「消えちゃいました、ね?」
俺は無言でステータスを開いてみる。幸いなことに通常時は自分自身にしかステータスは見えないのだ。
俺は左手を掲げた状態で固まってしまう。
開いたステータスは、すごいことになっていた。
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