誰何Ⅴ–Ⅱ

 敵襲だという。

 俺と犬は顔を見合わせた。

 そんなことがありえるのか、とお互いに思っていることが瞬時に伝わった。

 俺たちは傭兵ではなく、あくまで目黒書店のようする私設軍隊でしかない。だが倉庫の恩恵は計り知れず、襲われたというのなら守るのが義勇というものだろう。

 いや、義勇ではなく、単に困る、という話かもしれない。

 国が本当に滅びようとしている時には、愛国者であろうと革新者であろうと手を取り合い守ろうとするだろう。生きる地はそこにしかないのだから。

 背を向けるのは売国奴だし、売国奴はどこでも生きていける。少なくとも、そう思ってるからこそ国を売れるのだから。


魂斗羅コントラの心配はしなくて良さそうだな」

 眼鏡ゴーグルの焦点を元に戻しながら犬。

「実は身内とか、そういうのもいらないんですけど」と俺は二〇式小銃の切替セレクタを「タ」に変えた。「よくあるでしょ、そういうの。味方から裏切られた、みたいな」

「そういうのは読まんからわからんな」

 俺は吹き出した。

「気持を切り替えろ。やられるぞ」

 少し動揺したような犬の声。その調子トーンに俺は本気で笑い出しそうなるがぐっと堪えた。

 まだ銃声は遠く、軽い。それでも風に乗って硝煙の匂い。確かに気を抜いてる場合ではない。

 ところでどうして俺が笑ったか教えよう。

 犬は、こんなナリでもっぱら読むのは「ハーレクイン」ばかりだからだ。ハーレクインというのは作者名でも作品名でもなく、女の夢の詰まった三題噺みたいなもので、新刊はAI謹製だという話だ。

 そんなもののために犬は命を張っているわけではなく、あくまで息抜きなのだろう。

——いや、本当にそうだろうか?

 そんなもののために命を張ることだってあるかもしれない。


 前線とはいえ、管内擁する最新兵器部隊がコトのほとんどを成し遂げ、我が義勇兵ボランティアは特攻紛いの打ち漏らされた敵を仕留めるぐらいの楽な仕事だった。しゃしゃり出る必要はまったくなかった。

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