誰何Ⅳ

 倉庫までの道程は距離にしておおよそ5kmほど。日に二度から三度往復するのが常だった。

 二度目の往路おうろは特に何事もなく倉庫へ着き、何か問題でもあったのか集荷の終了時刻までは自由時間ということになった。これはまれなこと。

きじはどうするんだ? 飯でも食いに行くか?」

 すっかり警護服を脱ぎ捨て、上は肌着に下はバギーパンツという恰好で現れた犬が、くわえ煙草で更衣室へ入ってきた。

「なんであんたのほうが早いんだよ」

 悪態をつきながらジーンズを引き上げると、よろめいた。それを天然の緩衝材クッションで受け止めて、犬は照れもしない。

「行くのか、行かないのか?」

 肩を押されて、結局転倒した。情けない。


管内かんないは好きだな」

 火のない煙草をくわえながら犬がぼそりという。楊枝ようじか。

管外ウチとこと違って活気がある」

「俺は特に」

 イチが立ち人が行き交う様子は嫌いではない。が、書店の奥深くに引きこもる茉莉花まりかのことを考えると気がふさぐ。

「何か土産買っていけよ。ホラ」

 立ち止まり、少女が露店に並べる宝飾具のひとつを手にとると、犬は輪を広げて見せた。首飾りだった。

 瞬間、妹の「お兄ちゃん、コレとって」という絵面が重なって見え、ああ、あれはでの出来事だったな、と思う。断ったのは単にあやとりを知らなかっただけだった。

 あやとりなんて誰から教わったのだろう。仲の良かった<姉妹スール>の誰かか。


「あんまり感傷的になるな」

 気づくと自分の両掌りょうてのひらに首飾りの鎖がかかっていて、耳許で声がした。いつのまにか犬は俺の後ろにいて、羽交締めにする手前みたいな格好で片腕を絡めていた。

「あ、あの」と少女がおどおどした声音で言った。「首飾り」

「買うよな、雉。そのぐらいの稼ぎはあるだろ」

 俺は黙ってポッケから紙幣を取り出すと、少女に差し出した。

「釣りはいらねーよ」と勝手に犬が言って、少女の顔が目に見えて明るくなったものだから、俺は仕方なしにうなずいた。

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