誰何Ⅲ

 電気の供給のほぼない世界で娯楽の王様といえば本なのだった。活字が生み出す豊穣な世界や、漫画が見せてくれる超現実な活劇や。

 精神を満たしてくれる娯楽なら他に演劇だって音楽だってある。けれど自分だけの時間に密やかにでも楽しめるものといえば、やはり本しかないのだ。


 人は本のみにて生くるにあらず。さりとて本なくして本当に生くるあたわず。


 とはいえ、本がなくとも愉快に朗らかに生きる人間だって当然存在して目の前の犬はまさにその典型なのだった。


「あたしも<誰何シーカー>の原理とかはよくわからないが、そんなに心配するな、いままでだって無事だったろ」

「いままでは」

「心配性なんて長生きしないぞ」

 背中を思いの外強く叩かれ、なんだか色々面倒臭くなって俺は黙ってうなずくに留めた。

持続可能主義サスティナブリズムの人間ってのは大変だ」

 ぼそりと犬がつぶやく。

 聴こえないフリをしながら俺は心の中で

(「元」な……)

 と反論した。



 目黒書店の店内は昼も夜もなく煌々こうこうと照明が灯りかげがない。単行本や雑誌などが並べられ立て掛けられて客を待つ。チョンの間で気怠けだるげに煙草を吹かす売笑婦ばいしょうふのように。

 その照明が、この街にある電力のほとんどを喰らい尽くしている。もう誰も整備できない小型核融合炉の生み出す奇跡の力の。


 いや、奇跡とはむしろ<誰何シーカー>を動かす力のほうかもしれない。

 あれを動かしてるのは電力ではない。

 こちら側とは違い潤沢な電力を持つ持続可能主義が生み出した、電力に寄らぬ魂の兵器——七つの魂斗羅コントラのうちのひとつ。

<誰何>を駆動させているのは、俺の妹、茉莉花まりかだった。茉莉花の、その魂。精神。

 奇跡というのを人の手の及ばぬものとするならば、あれこそまさに奇跡だろう。

 電力は単に我々ではどうしようもない技術の上に成り立っているだけだ。

 実際、持続可能主義あちら側は立派に活用している。


 資本主義こちら側の犬が言った。

「さあ、行こうぜ相棒。世界は本を待っている」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る