誰何Ⅱ

 例えば倉庫とかであるならば。

 門を固め、誰何すいかし業者だけを通してそれ以外を排除する——というようなやり方が有効だろう。

 しかし書店ではそうはいかない。

 問屋やおろしならともかく、小売を生業なりわいとする目黒書店では広く門戸が開かれている。当たり前だのクラッカー(物の本で読んだ)。その代わりに武装した警護が幾人もいて開け放たれた出入口を周遊しながら目を光らせている。通称、<目光メヒカリ>。

「目光を見ずして結構というなかれって意味がわかんないな」

 ことわざ辞典を眺めていると、

「なにブツブツいってんだよ、きじ。休める時休んどけよ」

 ごくごくと水筒から水を飲む犬は、暑いからか特殊繊維製の護衛服から上半身だけ剥き出しにしていた。袖なしの肌着からはよく鍛えられた青白い腕と、それから肌着を内から押しあげる豊かな丘陵が見えた。

(いつも旨そうに水を飲むな……)

 犬が視線に気づいたのかニヤッとわらう。

「母ちゃんのおっぱいが恋しいか?」

「記憶にないな」

 悪びれずに犬、

「そういえば、雉は乱中派か。いや、そういうことじゃないか。噂でしか聞いたことないが——」

 最後まで言い終わる前に荷卸におろし終了のブザーが鳴り、犬はいそいそと腰に垂れた上衣部分を着て線ファスナを首まで上げた。着込んでしまえば男も女もない。

 後ろは刈り上げているのに目許を隠すほど長い前髪を内着インナーの頭部に納め、眼鏡ゴーグルをかけながら、

「ぼさっとしてんな、雉。休み時間は終わりだ」

「へいへい」

 こっちは元から護衛服をはだけるようなだらしないことはしていない。首にかかる眼鏡ゴーグルを上げ、頭帯ヘルムをかぶり直すだけで準備万端だ。が、

「にしてもヤケに早くないですか?」

「荷が少なかったんだろう」

 言ってから、犬がポンと手を打つ。

「それは愚痴じゃなくてアレか。心配してやがんのか」

「<誰何シーカー>なんてよくわからない力で動いてんですから。途中で動作しなくなったら困る」

「違うだろ、妹のことだよ」

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