本当のこと


 食堂へと戻ると、魚澤さんと姫子さんと柚葉さんが揃っていた。三人の姿を目にして、俺は脱力して、尻餅をつきそうになる。倒れないように十市さんが支えてくれたが、いっそのこと、気を失えてしまった方がよかったのではないかと思えてしまう。


「入鹿島殺人事件のクリア、おめでとうございます!」


 魚澤さんが満面の笑みで俺を迎え入れながら、拍手をすると周りの人間までそれに続いて拍手をし始める。

 やめてくれ。恥ずかしい。


「殺人事件も含めて、今回の謎解きゲームだったんですね……」

「そういうことです」


 姫子さんと己龍の死体に被せたシーツはそのままになっている。しかし、あれが本物の死体ではないと言われてもぴんと来ない。至近距離で観察しても尚、俺は姫子さんや柚葉さんの死体を偽物だと思わなかったのだ。


「種明かしをしましょうか。お疲れでしょうし、スープも用意しているんですわよ」


 姫子さんはキッチンからカートと共に美味しそうな匂いを漂わせている鍋を持ってきていた。匂いからしてコンソメスープだろう。

 全員、殺人事件が最初から偽物だと分かっていたから切り替えができるんだろうが、俺はついさっきネタバレをされたばかりなので、上手く切り替えができない。


「……死体は……」


 紙コップに入れられて渡されたコンソメスープを前に俺は席に座った。

 やっとのことで捻りだした言葉に魚澤さんは嬉しそうに目を細めた。


「星乃里研究所に協力を仰いで作ってもらったロボットですよ」

「ロボット……」


 俺は己龍を見る。

 己龍はロボットだが、初対面の人間にロボットだと見破られたことはない。確かに星乃里研究所が死体の作成に関わっているのなら、俺が死体だと勘違いしてもおかしくないだろう。

 ていうか、星乃里研究所も関係しているって……。


「己龍、お前、今回のこと、最初から知ってたな!」


「いや、俺が説明を受けたのは鳴波の病院でだぞ。入鹿島の謎解きゲームのことは黒川さんから聞いて、応募してみたらどうだって言われたから応募したら当選の連絡をもらって……」


 俺は思わず頭を抱えた。


 全て、黒川さんに仕組まれたことだったのだ。

 星乃里研究所が協力している謎解きゲーム。


 しかし、殺人事件と言わずにいきなり一般人を参加させて殺人事件を起こすのは色々と危ない。ならば、殺人事件に慣れている知り合いに付き合ってもらえばいいという話になり、俺の名前が挙がったのだろう。

 だから、元々入っていた黒川さんの依頼が全部キャンセルになって、俺達は入鹿島へ行けるようになったのか。


 考えれば考えるほど、皆の手の平の上で踊らされていた自分が情けなくて、大きなため息が漏れる。


「楽しかったですか?」

「いや、それどころじゃなかったですよ。本当に殺人事件が起こったと思ったんですよ⁉」


 楽しそうな魚澤さんに問われ、俺は脱力して、テーブルに突っ伏した。


「そういえば、源太さんが医学生っていうのは……」

「僕は医学生なんてなれませんよー。本当はシナリオライターです」


 源太さんがこの殺人事件のシナリオを考えたのか!


「私と十市さんは同じ劇団の演者よ。このメンバーの中で、身分を偽ってないのって姫子さんと果林じゃないの?」


 ノゾコさんの言葉に俺は果林さんと姫子さんを見る。

 その言葉が本当なら、果林さんは本当に配信者で、姫子さんはこのゲームの出資者ということになる。

 よく姫子さんもこのゲームの内容を知って、さらに自分も死ぬことになっているのにお金を出そうと思えたものだ。


「そうそう! 本当にウチ、配信者だから、帰ったら動画見てね~」


 俺以外のメンバーは全員、俺を騙すことができて達成感を味わっているようだ。

 騙された側の俺はというとどっと疲れが出てきてしまって立ち上がるのも億劫だ。


「ということは入鹿島の都市伝説というのは?」

「数年前から仕込みのために匿名掲示板に入鹿島の名前を出したりしてました。スレのコピーや新聞記事は全て作り物ですね」


「巫女の日記は」

「作り物です」


「大学生の映像は」

「作り物です」


「村は」

「本物です」

「は?」


 全て、作り物ですで終わると思った。

 あの荒れ放題の村は本物。


「え、いや、新聞記事が嘘ってことは、島民の失踪も嘘なんですよね? じゃあ、どうして、村があんな形で残っているんですか?」

「島民の集団失踪は嘘です。島民は大型台風を恐れて、本島へと移住したんです」

「大型台風……」


 村のあの惨状は、獣などではなく、台風の仕業だったというわけだ。


「じゃあ、この神社は?」

「巫女の存在以外は本当のことです」


 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 人の足を縫い付けて、本殿に閉じ込めて育てた上で食べるなどという忌々しい風習が存在しなくてよかった。しかし、巫女の存在以外は本当というならば、あの人形が敷き詰めた小屋や、しゃちほこを上下反対にした像も元々あったのか。


「不思議な信仰をしている島だったんですね」

「まぁ、私も全部プロデューサーから聞いた話なので」


 そうか。魚澤さん本当はプロデューサーじゃないのか。


「なぁなぁ、琉斗。寝て起きたら、砂浜見に行こうぜ」

「……お前は本当に呑気だな」


 俺が本当の殺人事件が起きたと気を張っていたというのに、こいつはどこかで俺が謎を解く姿を眺めていたのかもしれないと思うと無性に腹が立つ。


「つーか、お前のことだから、俺の電脳体が見えない時点で勘づくと思ってたわ」

「何かしらの不具合だと思ったんだよ」


 俺は己龍を睨みつけた。


 本体に何かあったのではないかと心配した俺の気苦労を返してほしい。

 その後、俺の疑問に心行くまで皆を付き合わせて、翌朝に備えて早く寝ることにした。


 元々の予定では、あと数日入鹿島にいる予定だったが、思いの外、俺の謎解きや探索進度が早かったせいで、謎解きの工程は全て終えてしまったから、もう帰ってもいいと言われた。


 連絡を取ったところ、本島へのフェリーは明日の午後に入鹿島に来ると返事が来たらしい。


 俺は自室に帰るまでにため息を何度もついて、ベッドに倒れ込むとそのまま泥のように眠った。

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