入鹿島の真相


「……そうです。己龍さんを殺すつもりは最初なかったんです。柚葉さんの部屋に入ろうとしているところを見られて……」


 源太さんは長すぎる沈黙の末に、やっと重たい口を開いた。

 やはり、己龍の殺人は突発的に行われたものだったのか。


 しかし、分からないことがある。

 殺人事件の動機もそうだが、彼は何故殺人事件を犯しても尚、俺たちに謎解きを続けさせようとしていたのか。


 彼はクリアファイルの中に手を入れて、その中から大学ノートのページを数枚取り出した。

 大学ノートには、新聞の切り抜きが貼り付けてあった。

 きっと資料館の二階の本棚からなくなっていた新聞の切り抜きだろう。


『入鹿島、島民の集団失踪か⁉

 入鹿島へ定期便を届けに来た船頭が島の異変に気付き、島内を探索したところ、住居を残して、島民が全員失踪しているのが発覚した。入鹿島の居住区の家屋は荒らされており、島民の行方は分かっていない。』


 日付けは今から四十年前のものだった。


 俺が切り抜きを読んでいる間、源太さんは椅子に座り直して、大人しくしていた。

 犯行がばらされたはずなのに、この落ち着きようはなんだ。


 俺は次の切り抜きに手を伸ばした。


『○○大学の大学三年生の杉白耀太さんの死体が〇月×日に鳴波漁港で発見された。彼は数日前、友人数人と一緒に入鹿島へ行くと知り合いに話しており、警察は彼に何があったのかを調べている。』


 この切り抜きの隣には赤い文字で日付けが書かれている。そして、日付けは二年前。


「兄は、撮影だと言って、出かけて行きました」


 杉白耀太と杉白源太。


「撮影ってもしかして、あれのこと?」


 ノゾコさんが本棚の上の段に置いてあるポータブルDVDプレイヤーを指さした。

 大学生らしき男が三人、入鹿島に来て、神社を撮影し、一人が逃げた末に岩礁に落ちる映像。


「そして、撮影に行くと言ったきり、兄は帰ってきませんでした。見つかったのはしばらく後で、鳴波の港近くに浮いていたらしいです」


 あの撮影で明らかに死んでいたのではないかと思えるのは一人だけ。最後までビデオカメラを持っていた男性だろう。


「もしかして、ゲームの主催側は人が一人死んでる明らかな証拠があるのにそれを無視して、ゲームを開催したのか?」


 源太さんはこくりと頷いた。

 己龍が死んだのは、源太さんが犯人であるという決定的な場面を目撃してしまったためだが。姫子さんと柚葉さんは主催者側だ。カサゴ館に飾る絵を描いただけの柚葉さんがこのゲームにどこまで関わっているかは分からない。


「魚澤さんは?」

「彼もずっとあの部屋に隠れているわけにはいかないでしょう? だから、フェリーが来た時に本島に帰れますよって言って部屋から出てきた時に殺すつもりでした」


 彼は確実にゲームの主催者を殺すつもりだったのだ。


「抽選だったのに入鹿島のゲームに参加できるとは思いませんでした。ここで兄の撮った映像を見た初日からずっと考えていたんです。兄の死の真相を死にながらも公表したり遺族に教えたりせずに、ゲームとして弄んだゲーム関係者達をどう殺そうかって。殺さないといけないゲーム関係者が少なくてよかったです」


 彼は仕事をやり切って、ほっとしているというような顔をしていた。残ったゲーム関係者の魚澤さんは自室にいる。この資料館に源太さんが殺したいと思う人間はいない。


「入鹿島の真相を探れと脅したのは……?」

「せっかく皆さんはゲームを楽しむためにここに来たのに、僕の個人的な目的のせいでゲームを中断するのはかわいそうだなと思ったんです。あと、皆さんがまとまって行動してくれれば、犯行を目撃されることもなくなると思いまして」


 ゲームを中断するのはかわいそうだから? そんな理由で殺人事件を起こしながら、俺たちに謎解きを促したのか。

 正気とは思えない。


「……ということで、皆さん。僕はもう何もしませんから、入鹿島のパノラマを確認しませんか?」


 白々しい。


「ちゃんと俺が見張っておくから大丈夫だ」


 十市さんの言葉に俺は頷いて、一階へと降りた。みんなも一緒にいた方が何かあった時に取り押さえやすいという話になり、結局全員で入鹿島のパノラマの前に立つ。


「人魚が眠る小さな棺。全ての真相はそこに」


 やっと全ての真相を確認する時が来たのか。

 真相。

 神社の中の巫女達の日記。源太さんのお兄さんの話。

 いったい、これ以上の真相がどこにあるというのか。


「あ」


 俺と同じようにパノラマの周りをぐるぐると回っていてパノラマの周りのガラスのケースを両手で触っていた果林さんが声をあげた。


「これ、ガラスみたいだけどプラスチックだよね? 軽いし……」


 ひょいと彼女がパノラマを覆っていた透明のケースを持ち上げた。マナティの形をした入鹿島のパノラマが現れる。


「棺って言えば、源太さんが言っていた砂浜のことですよね? 砂浜の存在が嘘だとかは……」

「ないですよ。皆さんにはちゃんと謎解きを楽しんでほしかったですからね」


 デジカメで撮った砂浜でも見せましょうか、と源太さんはにこりと微笑んだ。その微笑みが不気味だ。

 ふと、どこからか波の音が聞こえてきた。カサゴ館の中から海の音が聞こえるはずがないのに、と音の出どころを探ると、入鹿島のパノラマに辿り着いた。

 ざざざ、と波が砂浜に来る音と共に、パノラマのマナティに白い背びれが浮かび上がった。腕時計を確認するといつの間にか二十三時になっていた。干潮と共にこのパノラマも変化していたのか。


「この砂浜、ここに小さなボタンがあるわよ」


 パノラマを覗き込んだノゾコさんの言葉に従い、俺は現れた砂浜に紛れるようにして存在している白いボタンを爪の先で押した。

 眼鏡ケースがぱかりと開くかのように、砂浜の部分が開く。中に入っているのは丸まった紙だった。どうやら、開いた砂浜の奥には長い空間が広がっていて、そこに丸めた細長い紙がいれられていたらしい。


「これが……入鹿島の真相……」


 俺は口の中の唾を飲み込んで、丸まった紙を手に皆を振り返った。

 源太さんの後ろにいる己龍とばっちり目が合う。


「は?」

「え?」


 透けていないから電脳体でもなければ、頭もへこんでいない。確実にロボットとしての機能は停止していたはずなのに、どうして、お前はここにいるんだと、問い詰めるよりも先に俺の頭がフリーズした。


「お前、死んだんじゃ……!」

「……あれ? まだ出てきちゃダメだった?」


 己龍が源太さんや十市さんの方を見る。俺の両隣の女性二人から大袈裟なため息が聞こえた。


「ダメだって。まだ終わってないんだから!」

「いや、だって、暇すぎて……」


 怒り出す果林さんと申し訳なさそうにしているが全く反省する様子がない己龍、そして、この状況に置いていかれる俺。


「えっと……とりあえず、入鹿島の真相を見たら?」


 思考が停止している俺は隣のノゾコさんに言われた通りに手元の丸まっている紙を広げた。


『入鹿島殺人事件、クリア、おめでとうございます!

 あなたは無事、謎解きをしつつ、殺人事件の犯人を見つけることができました! 犯人を見つけたことでこれ以上の被害を出さずにあなたたちは入鹿島から本島へ帰還することができるでしょう!』


「……」


 その場に沈黙が降りた。


 誰か、この状況を説明してくれ。

 果林さんも、ノゾコさん、十市さんも、源太さんも、俺が視線を向けると顔を逸らした。

 最後に己龍を睨みつける。


「全部、嘘だったっていうこと~!」


 満面の笑みの己龍の横顔を俺は握りしめた拳で殴りつけた。

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