犯人


「犯人が分かったのか?」

「いえ、それはこれから整理をしながら話します」


 俺たちは、とりあえず、資料館の二階へと移り、椅子に腰かけた。


「柚葉さんが亡くなったのは、己龍よりも先だと思うんです」

「は?」


 唐突に話を進めすぎただろうか。

 気づいてしまったことを先に話してしまいたくなる性分なのだ。少しは許してほしい。


「何故、己龍が殺されたのか、ずっと気になってたんです」


 そもそも、姫子さんの死体も、柚葉さんの死体も、二人とも人魚のようにう足を包まれていた。そして、両方の死体の膝下がなくなっていた。

 しかし、己龍はただ後ろから殴られただけ。

 他の二人の死体に比べたら、お粗末すぎる。


「己龍が倒れいたのは、二階と三階の間の踊り場です。足が三階の方を向いて、うつ伏せに倒れていたので、きっと彼は三階の階段から降りてきている時に頭を後ろから殴られたんだと思います」


 俺は自分の後頭部を軽く叩く振りをしながら説明をする。


 資料館の二階で話をしたいから、とりあえず全員には入鹿島調査ノートを含め、今回謎解きゲームを開始する際に渡されたクリアファイルごと、謎解きに必要なものを持ってきて集合してほしいとお願いした。

 全員がクリアファイルはさすがに持ち歩いていなかったので、一人もはぐれずに団体行動をとりながら、自分達の部屋を巡り、資料館に戻ってきて、今にあたる。


 俺は自室から持ってきたペットボトルの水を少しだけ口に含んだ。


「今回、姫子さんの遺体と柚葉さんの遺体の足は切られていて、人魚を思い起こさせるように足を布で包まれていましたが、己龍の死体はそのまま放置されていました」

「死体に細工をする時間がなかったんじゃないか?」


 十市さんの言葉に俺は頷いた。


「あの時、俺たちは柚葉さんを探すため、それぞれで行動をしていました。だから、己龍が発見されるのも時間の問題だったんでしょう。姫子さんの死体を発見させる時には、冷凍庫であらかじめ作っておいた氷の板を使って、時間が経ってから水槽の中に死体が落ちるようにしたり、俺たちがいない間に柚葉さんの死体を資料館に落としたりと、慎重に行動していたにも関わらず、己龍の殺人が起こりました」


「待って? 氷の板ってなに?」


 そういえば、氷のことは己龍にしか話していなかった。そこから説明しないといけないみたいだ。


「水槽の上を捜査したところ、ガラスではなく、氷の破片がありました。それも複数個。魚澤さん以外の全員が食堂にいる時に、姫子さんの死体が水槽の中に落ちてきた。ならば、彼女の死体は水槽の上に氷の板を敷いて、その上に置かれていたんだと俺は推測しました。そうすれば、時間が経ち、氷が溶け、彼女の重みに耐えられずに割れて、水槽の中に落ちますから」


「確かにあの時、ガラスが身体にあたったが……。冷たいだけで痛くなかったな。あれはガラスの破片に混ざった氷だったんだな」


 水槽のガラスを己龍と一緒に割った十市さんが頷いた。

 彼は自分の胸のポケットに手を伸ばそうとして、そこにはもう何もないことを思い出して、手をテーブルの下に引っ込めた。


「そして、柚葉さんの死体は明らかに三階のあの柵から落とされました」

「胸の刺し傷もありましたよね? あの頭のへこみ具合は確かに三階から落とされたと思いますけど、どっちが先でしょうか?」

「間違いなく、胸の刺し傷の方が先でしょう。刃物は胸から抜かれた後なのに胸からの返り血は資料館の床に見当たりません」


 だとしたら、柚葉さんはいつどこで刺されたのか。


「俺は、柚葉さんは己龍が殺されるよりも前に殺されて、彼女の部屋に放置されていたと思っています」


 彼女の泊まっていた部屋は、三階の一番資料館に一番近い部屋。言い換えると、資料館に面した廊下の柵にどの部屋よりも近い。三階の柵は腰の位置まであり、よほど身を乗り出さなければ危険はない。しかし、人があそこから人を落とすのは可能だ。


「だとしたら、私が見た柚葉さんは⁉ 己龍さんの死体が見つかる前にシャワールームで彼女のことを見たのよ!」

「ノゾコさんが見たのは、柚葉さんの足だけですよね」

「そう、だけど……まさか」


 ノゾコさんの顔がみるみるうちに青ざめていく。彼女は気づいてしまったらしい。

 自分が柚葉さんだと思って発見したものは、すでに柚葉さんから切り離された膝から下の足だったのだと。


「う、嘘でしょ……? そんなわけないじゃない……私が見たのが、その……足だけなんて……」

「もちろん、足をカサゴ館の中で持ち歩いて、シャワールームに柚葉さんがいるかのように細工するのは難しいでしょう」


 足を何かに包んで運んでいたとしても誰かに目撃される可能性がある。


「でも、停電中だったら、他のみんなに見つかることもなく、シャワールームに柚葉さんの足を置くことができます。シャワールームから離れる前に電気がついて、他の人に見つかったとしても、暗がりで見えなかったと言えばいい」

「待ってください」


 俺の言葉に思わず源太さんが眉をひそめた。


「もしかして、琉斗さん。僕が柚葉さんの足をシャワールームに置いたと思ってるんですか?」

「その可能性があると思ってます。女性のシャワールームから出てきたあなたはすぐに俺たちに土下座をした」

「だって、それは女性のシャワールームに入ったから……」

「どうして、後ろの扉に書かれた女性シャワールームという字も見ずに自分が入った場所が女性のシャワールームだと気づいたんですか」

「あ……そ、それは……」

「源太くん、もしかして……」

「ち、違います! そ、そうですよ! 女性のシャワールームの方は男性のシャワールームと内装が違っていたんです」


 源太さんは否定するためにその場で思わず立ち上がった。椅子が倒れる音が辺りに響く。


「どんな風に? 今から確認しに行きましょうか。使われていないシャワールームなら確認のために異性が中を見たとしても問題ないでしょう」

「そ、それに、女性のシャワールームの向かいには食堂の扉があるじゃないですか。だから、僕はすぐに自分の入っていたところが女性のシャワールームだって分かったんですよ」

「本当に?」

「本当です!」


 源太さんはまっすぐ俺のことを見た。


「……なら、今は、源太さんのことは置いておきましょう。犯人がシャワールームに柚葉さんの足を置いた後、みんなで柚葉さんを探すことになりました。その時、己龍が殺されました。己龍の殺害は犯人も予想していなかったものだったのでしょう」

「突発的な殺人か?」

「ええ、そうです。己龍が三階の階段から降りる時に後ろから殴られて殺されていたことから、彼は三階で何かを見て、殺されたんだと思います」


 全員が単独行動中に、三階に己龍が行ったのは、本当に柚葉さんが自室にいないかどうかを確認するためだったのだろう。もしかしたら、彼女が部屋の中で死んでいる可能性を考えたのかもしれない。


「犯人が他人に見られて困る行為を、己龍に見られてしまった。だから、己龍は口封じのために殺された」

「お前の話を信じるとすれば、柚葉さんの死体が部屋の中にあったってことだよな? 鍵を差し込んでいるのを見られたとか、部屋から出てきたところを見られたとかか?」

「そうだと思います」


 とにかく、犯人は己龍に柚葉さんの部屋に出入りしているような行為を目撃された。そして、誤魔化したか誤魔化せなかったかは知らないが、犯人は彼を口封じしようと決めて、階段の上から彼を殴りつけた。


「その後、謎解きをして資料館で黒い鍵を入手した時には柚葉さんの死体はまだ、資料館にはありませんでした」


 あの時のことを思い出す。ここの床に死体などなかった。もちろん、あの時、すでに柚葉さんが殺されているとは俺も思わなかったが。


「俺と果林さんと十市さんは神社へ。そして、ノゾコさんと源太さんはここに残りましたね。俺たちは帰ってすぐに食堂に向かい、ノゾコさんと源太さんに出会って、すぐに資料館に来て、柚葉さんの遺体を発見した。だから、柚葉さんの死体を三階から資料館に落とすことができたのは、カサゴ館に残っていた源太さんとノゾコさんしか無理なんです」


 まさか、自分も容疑者だと名前を挙げられると思っていなかったノゾコさんは目を丸くして、俺のことを見ていた。


「二人とも、クリアファイルの中にあるものを出してください」

「え?」


 この場で俺の言葉に反抗する意味はないと思ったのか、二人ともテーブルの上に置いていたクリアファイルの中から入鹿島調査ノートを取り出した。

 そして、ノゾコさんはノートと共に入っていた二つ折りのメモ用紙も取り出した。


「……源太さん」


 俺は彼の名を呼ぶ。彼はクリアファイルの上に手を置いたまま動かない。


「メモ用紙、ないんですか?」

「えっと、どこかでなくしたみたいで……」

「じゃあ、他のみんなにも見せてもらいましょう」


 俺はずっとポケットに入れていた脅迫文の書かれた二つ折りのメモ用紙をテーブルの上に置いた。

 源太さんは黙ってしまい、周りでその様子を見ていた十市さんと果林さんがクリアファイルから二つ折りのメモ用紙を取り出した。十市さんのメモ用紙は入鹿島調査ノートと同じくくしゃくしゃになっていた。


「この脅迫文、源太さんが俺の部屋に差し込んだんですよね」


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