探偵を名乗る


 シーツを二階や三階から持ってくるかと考えていると十市さんが声を荒げた。


「やっぱり、魚澤の奴がやったんだろ! あいつはずっとカサゴ館にいたんだからな!」

「で、でも、十市さん……。魚澤さんは自分では出られないようにしておいたじゃないですか」


 魚澤さんの部屋の扉には出てこられないように椅子や重たいものを詰め込んだスーツケースなどが置かれていたはずだ。彼があの部屋から出てきて、柚葉さんや姫子さん、そして、己龍を殺害したとは思えない。

 己龍を殺したのは皆がカサゴ館の中を探索していた時だ。誰に見つかってもおかしくない中、罪を犯す人間がいるだろうか。


「だったら、誰がやったって言うんだよ! お前か⁉」

「お、落ち着いてくださいよ、僕じゃないですって!」

「ちょっとやめなよ、二人とも!」


 俺は柚葉さんの死体の隣にかがんだ。

 足の欠損以外、身体に傷が見受けられなかった姫子さんとは違い、彼女の服の胸元には、切り傷があり、そこから広がったようにシャツは赤く染まっていた。

 おそらくは刺殺。よく見ると腕が折れ曲がっているだけではなく、頭もへこんでいる。頭が大きくへこみすぎている。強い力で殴っただけではこうはならないだろう。


「……琉斗くん?」


 顔をあげて、三階の廊下の柵を見ようとすると、果林さんと目が合った。彼女が間に入ったことで十市さんと源太くんは落ち着いたみたいだ。ノゾコさんは資料館の入口あたりでへたりこんでいる。


「大丈夫?」

「……ええ、大丈夫です」


 見た感じ、柵は曲がっていたり、何かが巻き付いたりしているわけではなかった。

 柚葉さんの足元を見る。彼女の足先があるはずの部分は膝から先がないようだ。

 姫子さんと柚葉さんの殺人はこの村で起こされていた〝人魚送り〟が関係しているのだろう。いや、待て。本当に関係しているのか。

 足がなくなっているのは、都市伝説に関係あると思って、信じていたが、そもそも足を切る必要は何故あったのか。


「ノゾコさん。最後に柚葉さんのことを見かけたのはいつでしたか?」


 いきなり声をかけられたノゾコさんがびくりと肩を震わせた。確か、俺の記憶が正しければ、柚葉さんのことを最後に見たと言っていたのは彼女だ。


「え、ほら、停電後にみんなで探してたでしょ? その時にシャワールームで見かけたのよ」

「彼女の全身を見ましたか?」

「え? シャワーが出てて、足元の部分が見えただけだけど……」


 シャワールームは人が中に入り、シャワーを浴びたら、足元の開いている部分が外から確認できる。もしかして……。


「本当に柚葉さんが中に入ってましたか?」

「え?」

「柚葉さんに声をかけたりしませんでしたか?」

「声はかけたけど……たぶん、シャワーの音で何も聞こえてないんだろうなって感じだったわよ……」


 返事はしなかった。

 もし、俺の考えていることが当たっていたら。


「琉斗くん、どうしたの? いきなり、その、探偵みたいなことをして」


 果林さんが俺に心配そうな視線を向ける。

 彼女の中で、探偵という認識だったのは己龍であって、俺ではない。俺が探偵みたいに行動をし始めたら困惑するのも当たり前か。

 しかしまぁ、己龍に幽霊探偵を名乗らせておいて、本当は俺が探偵で、あいつはただの助手だったんだなんて言ってしまったら、助手を危険に巻き込んで、みすみす死なせてしまった無能な探偵だと思われてしまうだろう。


「……俺もあいつと同じ探偵業をやってるんです」


 これが精一杯の嘘だ。

 さすがに信じてもらえないかもしれない。たまたま、抽選でやってきた人間の中に二人も探偵がいるなんて、と。


「そう、だったんだ」


 嘘だろと言う人間がいないせいで、逆に俺の方が驚いてしまったぐらいだ。


「俺が考えていることを話していいですか?」


 俺は立ち上がった。

 この資料館にある入鹿島のパノラマを調べるのは探偵の仕事をした後になりそうだ。

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