死んでる
「おかえりなさい、皆さん」
やはり眠れなかった源太さんが食堂で俺たちのことを待っていた。ノゾコさんも先ほどまではずっと源太さんと食堂にいたらしい。
端に姫子さんと己龍の死体もあるというのに、二人はここで落ち着くためにお茶をして、俺たちの帰りを待っていた。
二人がここでお茶を飲めるのも死体が隠されているからだろう。シーツを被せて、姫子さんの死体も己龍の死体も見えないようにしてある。事情を知らない人が見ても、なにか物が隠されているな程度にしか思わないだろう。
「やっぱり、自室で一人だと、色々考えちゃって……だから、ノゾコさんをお茶に誘ったんです」
「私も部屋で一人だと小説も読めなくてね。ちょうどよかったわ」
俺たちも席についたが、自然と椅子の配置は部屋の隅にある遺体からは離れていた。
「あ、そういえば、さっき神社では言い忘れちゃってたんだけど、ノートにこんなのが挟まってたの」
果林さんはポケットに手を突っ込んで、くしゃくしゃになってしまった紙を取り出した。あのノートの森の中にあったにしては、白すぎる用紙と、機械によって印字された文字。
『人魚が眠る小さな棺。全ての真相はそこに。』
真相。まだ真相があるのか。
時刻は二十三時に差し掛かっている。朝からずっと動きっぱなしでも、眠れない状況でなんとか頭を動かそうとする。横から源太さんが差し出してきたチョコチップクッキーを受け取って、口にくわえながら、果林さんが見つけた文章を頭の中で反芻する。
人魚が眠る。
「源太さんが砂浜で見つけた石碑に書かれていた文章って……」
「人魚はここに眠る、でした」
砂浜のことを棺と指しているのか。しかし、だとしたら、小さな棺とはなんだ。
「入鹿島の背びれの部分の小さいところってこと?」
ノゾコさんが源太さんに同意を求めるように顔をあげて彼を見た。俺たちが神社に行っている間に彼とノゾコさんはきっと謎解きの話をしていたに違いない。俺たちに共通の話題があるとすれば、謎解きと死体しかない。後者は誰だって、話題にしたくないだろう。
「小さい入鹿島と言えば、資料館にあったよな?」
十市さんは、眠気覚ましのためかブラックコーヒーを二杯も入れて、自分の目の前に置いている。俺も何か飲み物を飲んでおこう。ノゾコさんが前に飲んでいた梅昆布茶とかいいかもしれない。
入鹿島の砂浜。
資料館にあった入鹿島のパノラマなら、砂浜はなかったはずだ。
「試しに資料館に行ってみるのはどうでしょう? ここでじっとしていても何も起こりませんし」
「そうですね……」
俺たちは、源太さんの提案に乗り、少しして重たい腰をあげて、資料館へと向かった。
頭の中を整理するためにも、シーツを被りたくなる。謎解きも殺人事件の犯人も全て明らかにしたい。そうでないと眠ることさえできない。
資料館の前へとやってきて、俺は少しだけ重たい瞼をこすった。そうしている間に果林さんが扉を開ける。
「……え?」
ずいぶんと間抜けな声をあげたのは果たして誰だったのかは分からない。
しかし、その声の理由は容易に想像できた。
扉を開けたすぐ前。
資料館の床に、柚葉さんが転がっていた。片腕が変な方向に曲がっていて、両足は赤い色が滲んで広がっているシーツに包まっている。
「ゆ、柚葉、さん……?」
果林さんが扉を開けた状態で固まり、ノゾコさんが俺の隣で声もあげずに尻餅をついた。
「お、おい、嘘だろ……」
十市さんが柚葉さんに駆け寄り、それに続いて、源太さんが彼女の身体の傍にかがむ。
まるで自分はここにいないかのように第三者の視点から見ているような気分になったのも束の間、十市さんの言葉で現実に引き戻される。
「死んでる……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます