毛布


 己龍はカサゴ館の二階と三階の間の踊り場で倒れていた。ちょうど階段の下で倒れているのを発見された。


「嘘だろ……」


 俺は床に倒れている体を一瞥してから周りを見た。源太さんと発見者であるノゾコさんと果林さんが同情するような視線を俺に向けてくる。


 大丈夫だ。


 己龍の身体はロボットで、機能が停止しただけだ。死んではいない。きっと、いつも通り、電脳体になって、犯人を教えてくれるに違いない。俺のつけている星乃里研究所から貸し出されている特殊な眼鏡でしか見えないから、他の人には俺が突然な友人の死を受け入れられていないように見えるのかもしれない。


 己龍の姿はない。

 いつもなら、俺の近くや人の周りに浮いて「こいつが犯人だ!」と言ってくるうるさい奴がいない。


「……嘘だろ?」


 電脳体がいないなんてことはないはずだ。殺されたのであれば、確実にいるはず。

 それなのに、どうして、現れないのか。どこか別の場所にふらふらと遊びに行ってるんじゃないのか。

 しばらく待っていても、己龍が俺に話しかけてくることはなかった。

 顔や指の先から、血の気が引いていくのが分かった。まるで、冷たい海の中に沈められたかのような気持ちだ。


「りゅ、琉斗さん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫、です」


 星乃里研究所で予想外の事態が発生したのか。まさか、ここに来ているのが己龍の本体だとか言わないよな。今回はロボットじゃありませんでしたと言われても困る。

 俺は己龍がロボットで、万が一襲われても大丈夫だと思っていたから単独行動になんの疑問も抱かなかったのだから。


「己龍さんの遺体、とりあえず、姫子さんの近くに運びませんか? ここで放ったらかしにするのも……」

「そう、ですね」

「十市さん呼んでくるから琉斗くん、自分の部屋に行ってていいよ? 今日、疲れたよね……?」


 俺は果林さんの言葉に甘えることにした。

 何はともあれ、一度落ち着いた方がいい。いくら、ロボットだからと言って、知り合いの死体を見るのは精神衛生上良くない。

 足取りが危なかったのか、ノゾコさんが俺のことを支えて、階段を一緒に降りてくれた。

 自室であるチンアナゴの部屋に入るとノゾコさんが心配そうに俺を見てくる。


「ちゃんと鍵は内側からかけなさいよ?」

「分かってます。……気を遣ってもらってすみません」

「いいのよ……それじゃあ」


 ぱたんと扉を閉まっても、俺はしばらくその場から動けなかった。やっと鍵をかけて、布団に上に倒れ込む。


「おい、己龍。いるんだろ?」


 返事はない。いつもなら軽口を叩きながら出てくるのに。

 彼がいないとなると、俺は彼なしで犯人を捜さなくてはいけなくなる。それ自体は今までもやってきたから大丈夫なはずだ。


「……何故、己龍を殺す必要があった?」


 姫子さんが殺される動機は分からない。

 しかし、彼女の足が切られていたことから、この入鹿島の人魚の都市伝説になぞらえているのは分かっていた。しかし、今回の己龍の死体には足がある。人魚の都市伝説はどうでもいいのだろうか。


 己龍の後頭部から赤いものが流れていた。血に見えるが、あれはオイルだ。頭から血が出ていても、オイルが出ていても重傷には違いない。

 踊り場から三階へあがる階段の一段目に足を向けてうつ伏せに倒れていたから、階段を降りている時か、踊り場で後ろから殴られたのか。


 俺はベッドから降りて、白い毛布をベッドから剥ぎ取る。

 床にあぐらをかき、毛布をかぶる。視界が狭まる。

 明らかにしなければいけない情報はなんだ。


「……己龍が殺された時、誰がどこを調べていたか。そして、結局、柚葉さんはどこにいたのか」


 己龍はどこを探索していたのか。


 足が三階の方を向いていたから、三階を探索していたのだろう。

 ふと、扉の方からカサリと音がする。虫か何かかと思いながら、そちらに視線を向けると、扉の近くの床に小さな紙が落ちていた。

 毛布をベッドの上に投げて、警戒しながら扉に近づく。手を伸ばして、紙を拾う。それは、入鹿島調査ノートと一緒にクリアファイルに入っていた二つ折りのメモ用紙だ。


『入鹿島の真相を解明しようとしない者は人魚に魂をとられることになるだろう。』


 弾かれたように鍵を開けて、飛び出すも、人の姿はなく、階段を降りる音も聞こえなかった。

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