幽霊探偵を名乗る訳
食堂には相変わらず、姫子さんの遺体がある。彼女の遺体が腐敗しないようにと、氷を傍に置こうとしたものの、キッチンの大きな冷凍庫の中には氷がなかったため、ビニール袋に水をいれたものをたくさん作り、冷凍庫の中に入れておいた。その間に、用意されている今日の夕飯用の弁当を十市さんが見つけて、それを三階の果林さんが言っていたラブカの部屋に運ぶことにした。
「ね、ねぇ……やっぱり、姫子さんは……」
さすがの果林さんでも目の前で死体を見てしまえば、いつもの元気もなくなるみたいだ。
俺はただ首を横に振ることしかできなかった。人が亡くなったと伝えるのはいつだって、気分のいいものではない。
今回は休日のはずだったのに、死体を見ることになるとは俺も己龍も思っていなかった。
弁当箱を室内の丸テーブルの上に置くが、さすがに誰も弁当を手に取ろうとしない。
「……誰か最後に姫子さんを見かけた人はいる?」
どんよりとした重たい空気の中、己龍が口を開いた。
俺が姫子さんを最後に見かけたのは昼の弁当を用意してもらった時だ。あの時、姫子さんは魚澤さんと一緒にいた。一緒にいたからその姿は己龍も果林さんもノゾコさんも見ているだろう。
俺たちはその後、入鹿島資料館へと行き、その後、村へと向かった。
「私かもしれないわ」
おずおずと手を挙げたのは柚葉さんだった。
「お弁当を食べた後に、姫子さんと一緒に少しだけ話をしたの……。スケッチするのにいい場所はないかって、聞いて……その後、外にスケッチしに行ったの。別れた時、彼女は食堂にいたわ。確か、二時半頃だったと思うの……」
青ざめているもののしっかりと話してくれた柚葉さんの背中を隣に座っていたノゾコさんが撫でた。
「……ねぇ、スマホは姫子さんが持ってるんでしょう? それなら、姫子さんの部屋に私達のスマホがあったりしない?」
主催者側の姫子さんと魚澤さん、どちらが俺たちのスマホを持っているのかは分からないが、一応、彼女の部屋も探すべきだろう。
「そうですね。じゃあ、皆さんはここで休んでてください。俺たちが探してきます」
「え、それ、マジで言ってる?」
果林さんが「うげ」と表現できそうな表情をした。俺は何かまずいことを言ってるだろうか。
「女性の部屋なんだから、私達女性が調べるわよ。男性陣は自分たちの部屋に集まって弁当食べて待ってて!」
弁当箱を四つ分テーブルから持ち上げると、果林さんはそれを俺に押し付けてきた。
これは、俺の配慮が足りなかったと言う他ないだろう。男は全員部屋から追い出されてしまい、それに続いて、女性陣も全員出てきた。最後に出てきた果林さんが鍵をしっかりとかけた。
「それじゃあ、男性陣は二階に降りてちょうだいね!」
果林さんに背中を押される形でそそくさと二階へ降りることとなった。
悲しんでいるのは悲しんでいるみたいなのだが、しっかりしているなと感心してしまう。
「琉斗、お前、女性の部屋に入ろうとしてたのかよ」
「お前、こんな時にそういうことを言うなよ。ただでさえ、俺も失敗したと思ってるんだから」
俺の両腕の上にある四つの弁当箱のうち、二つをひょいと取り上げた己龍が茶化すように俺と肩を組む。どうやら、男性陣は十市さんのチョウチンアンコウの部屋に集まるらしい。源太さんと十市さんが進む中、俺は立ち止まった。
女性たちも、階段からは遠い姫子さんの部屋へと向かってしまったので会話が聞かれることはないだろう。
「どうして、探偵を名乗るんだよ」
「どうしてって?」
「しらばっくれても無駄だからな。自分が幽霊探偵だって露骨すぎるほどアピールしてただろ。いつもそうだけど、今回は本当に露骨すぎる。何がやりたいんだよ」
そのおかげで俺は好きに動くことができるのだが。己龍が探偵だと名乗りをあげることによって、今まで悪いことがなかった試しがない。
結局、いつも己龍が殺されるはめになるのだ。
ロボットだからいいというわけではない。
ロボットだろうが、なんだろうが、知り合いの死体を発見して同情の視線をもらうのは勘弁してほしいのだ。
しかし、己龍は俺の問いににやりと笑うでもなく、鼻を鳴らすでもなく、目を丸くした。
「特に深い意味はねぇけど?」
「は?」
「かっこいいだろ、幽霊探偵」
「……お前、それ、本気で言ってるのか?」
影が薄くて、物事を集中して考える時に布を被るから幽霊みたいだと言われたことから始まった阿呆みたいな呼び名のどこがかっこいいと言うのか。
「本気だけど」
「はぁ……お前に聞いたのが間違いだったよ」
俺の反応など知ったこったないのか、己龍はさっさと階段を降りてしまう。
己龍の行動の意味など考えたところで意味がない。俺は肩を落として、階段を降りることにした。
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