同じ意味の首
「で? その答えを教えるつもりはないと?」
少しつっけんどんな言い方になってしまったのは、躓いて肘を強打してしまったことへの八つ当たりだ。
しかし、俺の八つ当たりなどどこ吹く風で源太さんは微笑む。
「僕は先に答えを知っちゃいましたけど、琉斗さんにはあの謎を解く快感を味わってほしくて」
「……なるほど」
確かにあの場でいきなり答えを教えてもらっていたら、俺は彼の両の襟を掴んで前後に思いっきり揺らしながら苦言を呈していた。今回はそのようなことにならなかっただけありがたいと思わなければいけない。
世の中には望んでもないのにネタバレをかましてくるどうしようもない人間もいる。
「どうしても分からなかったら、ヒントをあげますから」
「できるだけもらわないようにします……」
案外、俺も負けず嫌いなところがあるらしい。
「ねぇ! 二人とも、早く~! 歩くの遅いってば~!」
いつの間にか果林さんと己龍がずいぶん遠くへと進んでいた。
「すみません」
「琉斗、足が遅いならおんぶしてやろうか?」
己龍がにやつきながら聞いてくるので差し出された手を叩き落しておいた。
村に辿り着くと果林さんが立ち止まって、息を呑んだのが分かった。何故か。その理由は手に取るように分かる。
村の様子が、映像で見たままの状態だったからだ。
それほど大きくない平屋の家が並び、扉がいくつも壊れている。家の周りに物干し竿をかける重りのついた棒が倒れているものや、雨によって枯れ葉が屋根にくっついている犬小屋など、家のすぐ傍にあるものや形や大きさに違いはあったが、ほとんどが同じ作りの家だった。
己龍が一人だけ軽い足取りで一番近くの家の土間を覗き込む。
「同じだ」
こちらを振り返り、彼が言う言葉を一瞬で理解する。
猛獣に襲われた後のような散らかり具合なのだろう。家具も小物もほとんど原型を留めるものがなく、畳も障子も無事なものはない状態。
屋内は暗い可能性もあるかもしれないと果林さんのショルダーバックの中に入れてもらっていた懐中電灯を取り出しておいてもらったが、土間を覗き込んで、その必要はないと悟った。
映像では気づかなかったが、屋根には穴が開いていて、そこから陽の光が畳に注いでいる。
「何があったら、こんなことに……」
きっと全員が心の中で同じことを思っただろう。いったい何をしたら、家の中がここまで荒れ放題になるのだ。
他の家も、家自体の損傷が激しいか激しくないかの違いはあったが、猛獣が暴れまわった後だということは同じだった。
「村にも謎を解く手がかりはあると思うか?」
「今のところ、分からないな」
神社にも謎解きに必要な要素があったのだ。村にないはずはないと思うが、今のところ、人形小屋の中のプラカードのようなものは見当たらない。
このような荒れ果てた村をそのまま謎にできるはずもない。利用するなら、人形小屋のように謎解きを半分隠す程度しかできないだろう。
「人形の中にプラカードが隠されていたみたいに、この村の家の中にもしかしたらヒントが隠されているのかもしれないな」
俺は右手の腕時計を見た。現在時刻は十六時十分だ。夕食の十九時までにカサゴ館に戻れば問題ない。
後ろのポケットに入れていた入鹿島調査ノートを取り出して、四ページ目を見る。
『全部同じ意味の首が生える。上と下で見た目は違うらしい。首の持ち主の社を探そう!』
問題文の下に六つの漢字が並んでいる。ご丁寧に「上」の漢字がピンクの枠で、「下」の漢字が水色の枠で囲まれている。
上に並んでいる漢字は「王」「白」「交」の三つ。
下に並んでいる漢字は「虚」「単」の二つと、「朝」という漢字の月を消した状態の文字が書かれている。
一日目の夜にベッドに寝転がりながら、この問題について考えてきた。
たぶん、よくクイズ番組であるように、同じ漢字などを加えて熟語にしたり、一つの漢字にする形式の謎だろう。
「漢字に手を加えるのは分かりますけど、熟語にするのか、一つの文字にするのか分かりませんよね」
源太さんが俺の隣から声をかけてきた。己龍と果林は二人で一番遠くの家の中から順番に探してくると言い出して、さっさと行ってしまった。
俺たち二人も村の入口近くの家から探索し直さなければならない。
「同じ意味の首……」
足に続き、首。ずいぶんと物騒になっていくものだ。
首には首という意味しかないと思うのだが、首が本当に人間の首などの物体を指しているとは思えない。首はなんらかの比喩だ。
この問題では漢字を使用している。漢字の首と言えば、部首だが。
「同じ意味の部首ってどういう意味だと思いますか?」
一日目のベッドの上で部首が関係してくるのだろうとは想像していたが、それから先がなかなか思いつかない。俺は源太さんを謎解きに巻き込んだ。
「同じ意味の部首? そもそも部首に意味なんてあるんですか?」
源太さんを先に廃屋へと入らせて、俺はもう一度、漢字を見る。
同じ意味の部首を追加するのに、見た目は違う。意味が同じなのに、上下で付け加える部首が違うということか。
いや、分からない。
これはもしかしたら、閃きが必要なものなのかもしれない。
「そういえば、源太さんは謎解きが好きなんですよね?」
「はい、好きですよ!」
源太さんは満面の笑みで俺を振り返った。
「じゃあ、漢字は得意ですか? よくクイズ番組でやってる謎解きというか、知識の問題みたいな奴は」
「ああ、あれも好きですよ。難しい漢字の読みを当てたりするやつですよね? 実は僕、漢検一級持ってるんですよ」
「それはすごいですね」
それなら俺よりも漢字のことを詳しく知っているだろう。部首の意味など分からないと彼も言っていたが、部首の名前や書かれている漢字に追加できそうな部首を閃いてくれるかもしれない。
「琉斗さんは、漢字はどうですか?」
「漢字は……日常生活と小説を読める程度にはって感じですね。書くとなるとどんな漢字だったか思い出せなくなるタイプです」
基本、漢字だろうが、ひらがなだろうが、カタカナだろうが、字を書くのが嫌いなのだ。スマホやパソコンの変換機能に頼り切りになってしまって気づいたら、漢字を書くのに苦労するようになってしまった。
だからと言って、これからも手書きで書類などを書こうとは思わないが。
「僕の方は逆に勉強しすぎて、漢字を見たら、その漢字の部首はあれで、よく間違われるけど読みは本当はこうで~とか頭の中で考えちゃうんですよ」
「ちょっと気になったので聞くんですけど、この単位の単の右にある漢字って存在する漢字ですか?」
「ああ……あれ、漢字じゃないですよ。部首でもないです」
「あ、部首でもないんですね」
「朝とかはつきへんですし、韓国の韓も右側の方が部首でなめしがわって言うんですよ」
「へ、へぇ……」
なめしがわなんて部首、初めて聞いたな。漢字のことについて、改めて勉強している気分になる。
入鹿島調査ノートとにらめっこをしていてもいい案は出てこない。分かったことは、源太さんが漢字に強いということだけだ。
しかし、探索という単純な作業をしていると暇潰しをしたいと思う気持ちと好奇心は抑えられないもので。
「じゃあ、虚勢の虚は?」
「上の部分の漢字を七の部分まで入れたのが、とらがしらって言うんですよ。とらかんむりとも言いますけど」
単はつかんむりだということは分かっているし、王は単純におうへん、白はたぶんそのまましろ、交は確かなべぶただったはずだ。
他の漢字で、部首が分からなさそうなものはないか。
入鹿島調査ノートの四ページの漢字はもう全部部首が分かっている。ならば、三ページの方はどうだ。
背は、たぶんにくづき。足はあしへんだろう。人はにんべんで、魚はさかなへんで……戌?
「源太さん、源太さん。戌って部首なんですか?」
「犬ですか? あの字、全然そんな風に見えないのにけものへんらしいんですよ。小学生で習いましたけど、あとでけものへんの漢字を見て、違うじゃんと思った記憶があります」
聞き方を間違えた。
源太さんが言っているのは簡単な方の犬の漢字だろう。
「ああ、違います。俺が言っているのは、そうですね……干支で使われている方の漢字の戌です」
「あ、そっちですか」
ようやく通じたらしい。彼は空中に指先を使って、文字を書く。
「なんて言ったらいいんでしょうね……こう、重なっている部分とちょんちょんって短い線を足した部分が……」
「分かりません」
その説明じゃ部首の形の説明をされたところで何も分からない。
ひっくりかえった傷だらけのちゃぶ台を畳みの上に戻した源太さんは土間でかまどの中を確認していた俺の方にやってきた。
「書くもの貸してもらってもいいですか?」
「どうぞ」
俺は自分の入鹿島調査ノートと小さい鉛筆を源太さんに手渡した。
「ここの部分が部首で、ほこづくり、または、ほこがまえって言うんですよ」
「へぇ……」
戌という漢字のほとんどが部首でできていたとは驚きだ。この部首のどこらへんがほこなのかは分からないが、新しいことを覚えるというのはいくつになっても楽しいものだ。
「えっと……琉斗さん、すみません」
「え?」
俺に部首を教えてくれていた源太さんが俺にノートを返しながら、申し訳なさそうな顔をした。何を謝ることがあるのだろう。謝ることがあるとしたら、部首が分からないからと言って探索の邪魔をしてまで質問をしている俺の方だろうに。
「なにを謝ってるんですか?」
「謎が……」
「ま、まさか」
また謎を解いてしまったとか言わないだろうか。今度は答えを知っているわけではなく、普通に俺より早くひらめいて謎を解き明かしてしまったというのか。
源太さんに対して密かに抱いていたライバル心がことごとく打ち砕かれる。
「あ、全部分かったわけじゃないですよ! ほら、下の段の漢字につけられる部首が分かっただけです!」
「よかったです! 全部分かったわけじゃなくて!」
答えを分かっている人間にヒントを出されるのと、謎解きへの足掛かりを掴んでいる仲間と思案しながら謎を解くのは違う。
俺はちゃぶ台まで近づいて、かがむと埃を払ってからちゃぶ台の上にノートを広げた。ちゃぶ台の向かい側に源太さんが屈む。
「それで、下の漢字につけられる部首って……」
「今言ってたほこづくりですよ。戌の字よりもちょっと部首の部分を縦長にして、漢字の右側に付け加えてください」
「虚」から「戯」へ。「単」から「戦」へ。最後の一つは「戟」になった。
遊戯の戯。戦争の戦。最後の漢字は普段でも使わないが、たまに小説で見るから存在する漢字なのだろうとは思う。
「なるほど……」
同じ意味の首というのが何か分かった気がする。
先ほどの源太さんと俺の勘違いの会話もあったから閃くことができたのかもしれない。
俺は上の漢字に、けものへんを追加していく。
「王」から「狂」へ。「白」から「狛」へ。「交」から「狡」へ。
狂人の狂。狛犬の狛。狡猾の狡。
「なるほど! 同じイヌの漢字の部首を当てはめるんですね」
問題文の最後には首の持ち主の社を探そうと書いてあった。
「首の持ち主の社。つまり、犬小屋を探せばいいんです」
犬小屋なら一つだけ見かけた。葉っぱが雨によって屋根に引っ付いていた倒れていない犬小屋があるはずだ。
俺と源太さんはほぼ同時に立ち上がると我先にと外に飛び出した。謎が解けた瞬間、頬が熱くなって、脳みその温度が高くなる。
この熱は自分たちで犬小屋を調べて、そこに何かあるのか確かめないと収まりそうにないだろう。
確か、犬小屋は三軒ほど先の廃屋の壁にひっつくようにして存在していたはずだ。
「あ、二人とも、今呼びに行こうって思ってたんだよね!」
「犬小屋の中にプラカードがあったぞ」
俺の足と源太さんの足がもつれて、今度は一緒にこけた。
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