月刊モー


「そっちは何があった?」

「新聞の切り抜きっていうタイトルのノートがあったな。でも、ノート薄いな……。ちょっと待て。ページが抜けてる。というかなくなってる」


 映像に怖がってしまった女性二人は離れた丸テーブルで休んでもらって、俺と己龍は本棚を物色することにした。

 スレのコピー以外にも、本棚の端に立てかけられていた「月刊モー」というオカルト雑誌を手にとる。


「なくなってる?」

「見ろよ、これ」


 かがんでいた俺は立ち上がり、己龍が広げているノートを見た。よく見る緑色の大学ノートの中にあったはずのページが破られており、ページの根本にかろうじて紙の名残が残っている。


「……ノゾコさん、このノートってもう読みましたか?」

「え? ええ、読んだけど……確か、入鹿島の行方不明事件の記事の切り抜きが貼ってあったはずよ」


 そんなものはない。ページをいくら捲っても、真っ白だ。切り抜きが貼られていたのはおそらく破られていたページだ。


「ノゾコさんがこの本を読んだのはいつ頃ですか?」

「姫子さんにスマホを渡した後だったから……確か、昨日の十一時頃よ」

「午前?」

「ええ」


 俺たちよりも入鹿島に来たのが早いのは知っていたが、俺たちが病院で健康診断を受けていた時刻にはもう彼女は入鹿島にいたのか。

 この島にいる誰かがこのページを破いて持ち去った。


「そっちは?」

「ああ、こっちはオカルト雑誌を見つけた。たぶん、入鹿島のことが書かれてるんだと思う」


 ここにあるものが入鹿島に関係ないはずがない。


 破られたノートのことは置いておいて、俺はオカルト雑誌を開いた。目次から入鹿島について語られているページを探す。十四ページと十五ページに亘って、入鹿島の都市伝説について書かれているようだ。


 見開きページの左上には入鹿島が本島の一部と共に「このあたりに存在する」という説明が書き加えられていた。

 ここの一階にあるパノラマを見た後にこの小さな丸で表された島を見ると味気ないものを感じる。


「匿名掲示板を恐怖に陥れた入鹿島の謎に迫る! ……って言われてもな。ノートの前にささっとスレは読んだけど、そこまで怖くなかったな。説明も詳しく書かれていないし……」


 さすが、怖い話を自分から進んで読む人間。この程度の都市伝説なら怖くないと断言できるとは。

 己龍の怖さの耐性とノゾコさんの塵程の耐性を足して二で割ったらちょうどいいのではないか。


「でも、さっきの映像はぞくっとしたなぁ」

「あれは誰でも驚くだろ」


 己龍が一番気にしていたのは「どうして、この映像がカサゴ館にあるのか」という点だった。


 四人で頭を突き合わせて出した結論は、映像は作り物だというものだった。それならば、ここにあるのも頷ける。最後のシーンで人が岩礁に落ちたにも関わらず、血や人体の一部が映像に一度も入っていないのも頷ける。


 そうなると神社での手も作り物だと推測できる。


 そして、分かったことはもう一つ。


 南京錠がかかっている状態で中に人がいたのだ。つまり、撮影の際にあの格子戸を開けて、中に人が入ったことになる。


 南京錠の鍵はある。


 そして、その鍵は撮影に使われた。ならば、やはり、資料館のあの黒い鍵は南京錠に使うのだろう。ここまでヒントを小出しにしておいて、結局、本殿には入れませんでしたでは拍子抜けだ。


「それで、俺、気になったんだけど、村に行かね?」


 俺は思わずちらりと離れた丸テーブルに座っている女性二人に視線を投げる。彼女たちがあの映像を見た後で入鹿島の村へ行きたいと言うとは思えない。例え、あの映像が作り物だと全員が言っていても。


「気になるだろ?」

「……気になるけれども」


 俺はため息をついた。


 確かに気になる。探偵の性でもなんでもない。ただの好奇心。

 月刊モーには、スレの説明の他に「怪奇現象! 島民が消えた謎!」というものがあった。

 それはある日、入鹿島から島民が全員消えてしまったと不気味さを助長させる文が連なっていた。十市さんは俺をからかってなどいなかった。


「果林ちゃん、ノゾコちゃん、俺たちこれから村に行くつもりだけど、一緒に行く?」

「今から村に行く⁉ 映像にあった村に⁉」


 己龍は月刊モーを読んでいた俺を無視して、女性二人に村のことを話す。ノゾコさんが俺たちをまるでこの世の者ではないかのように見てくる。


「大丈夫大丈夫。懐中電灯なら持ってきたし」

「俺がな」

「それにこういうのは慣れてるし」

「誰のせいだと思ってるんだ」


 己龍の言葉にその都度反論しながら、俺はため息をついた。ここまで来て、俺と己龍が村を調べに行かないなんて選択肢はない。


 月刊モーを元の場所に戻す。

 懐中電灯は二階の自分の部屋にある。行かないのに随分な反応をしてくれるものだ。


「男二人もいるんだから、安心してくれよ」

「そういう問題じゃないんだけど⁉」


 ノゾコさんは自分が行かないのに随分な反応だった。


「ウチは行こうかな」


 ノゾコさんは弾かれたように隣に座っている果林さんの顔を見た。みるみるうちにその表情が世界の終わりを体験したみたいになっていくのが、少し面白かった。口角が上がりそうになるのを必死で抑え込む。


「だって、ウチ、そこまで怖くないし、さっきの話し合いで映像は作り物だって分かったんでしょ?」

「だ、だからって村に行くの⁉ ほら、話し込んだから、もう三時半だし! すぐに夕方になるのよ! 逢魔が時って言葉を知らないの?」


 己龍と果林さんがお互いの顔を見合わせてから「知ってるけど、別に……」と言うとノゾコさんは天を仰いだ。

 よほど一人になりたくないのか食堂へと向かう彼女と別れる時、彼女は冷たい視線を俺たちに向けてきた。


「無事に帰ってこれるといいわね」


 怖いことがあったのに一人にしやがって、とか思ってるかもしれない。

 俺が一人で自室まで行って、懐中電灯の電池を確認して、己龍と果林さんを待たせている玄関ホールへ戻ると人数が一人増えていた。


「ノゾコさんから聞きましたよ。今から村に行くんですよね? 僕も一緒に行ってもいいですか?」

「もちろん、いいですよ。散歩の時に村も行ったかと思ってました」


 源太さんは首を横に振った。


「砂浜とは別方向にあったので、行かなかったんです。それに、この島、カサゴ館以外の場所はちょっと怖いんですよね、雰囲気が」


 その意見には同意だ。

 ノゾコさんほど怖がりではない人間でも単独行動だけは避けたい。


「村まで謎解きについて話し合いながら行きましょうよ」

「それはいいですね」

「ウチもさんせーい! そろそろ都市伝説の怖い話よりも謎解きの話をしないとね」


 果林さんが手持ちのビデオカメラの充電を確認してから己龍に渡す。彼女は撮影の話を源太さんに説明しながら、玄関扉を開けた。

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