残されたDVD
「じゃあ、次、これ見ようよ! どうせ、ノゾコちゃんも映像はまだ見てないでしょ?」
「……見てないけど、それは見る時間がなくて見てなかっただけよ」
DVDらしきもの表面は真っ白だ。説明もタイトルもない。己龍がケースからDVDを取り出して、ポータブルDVDプレイヤーにセットした。
「タイトルもない映像なんて怪しすぎて一人で見れるわけがないでしょ……」
「確かに! 一人で見るなんて怖いよね~。ウチも無理かも」
「……怖くないって言ってるでしょ」
ノゾコさんの反論の声が徐々に小さくなっていく。
映像が再生される。
画面いっぱいの葉っぱ。
『林しかねぇじゃん、この島』
『ここがやべぇ場所だって、じいちゃんが話してたんだって! 本当だよ!』
『お前、嘘つきだからなぁ~。この前の廃ビルだって、本当は飛び降りじゃなくて首吊りだっただろ? 何が毎日飛び降りる人間が~だよ。飛び降りした人間なんていなかっただろ』
『俺が嘘をついたんじゃなくて、ネット! 嘘をついたのはネットの奴ら!』
三人分の若い声がスピーカーから流れる。先ほどのスレを読んだからか、この三人はこの後、下半身を失った状態で発見されるのだと容易に想像できてしまった。
『獣道があるからこっちに何かあるはずなんだって』
ビデオカメラを持っている人間は、ちゃんと映像を残す気がないのか、地面の獣道がずっと画面の中で揺れている。ふと、丸く平たい石が地面に現れる。
これは今日、見た地面だ。
『うわっ、きっしょ! 神社じゃん!』
『神社にきしょいも何もないだろ』
大袈裟に驚く声とけらけらと笑う声に釣られて、ようやく画面が地面から上を映す。やはり、午前中に行った神社の鳥居だ。狛犬があるはずの場所にしゃちほこを上下反対にしたような像がある。
やはり、本殿よりも先に人形小屋に目がいった二人の大学生らしき男性が人形小屋の中を覗き込む。
ビデオの画面に人形が間近に映り込む。俺の隣から低い呻き声が聞こえた。映像でもやはりだめだったか。
『足全部縫ってあんだけど、呪術? 呪術だろ、これ』
『うわぁ、呪いの神社か。それならお前のじいさんが危ないとか言ってたのも頷けるな』
『な? 俺は嘘つきじゃないだろ?』
人形小屋を覗き込んでいた二人が、ビデオの方へと目を向ける。
『調子に乗るなよ』
『お前、今までどれだけハズレの情報を持ってきたか分かってんだろうな?』
画面が横に揺れた。
『俺は悪くないって! 悪いのは嘘の情報が満載のネット! 俺は騙された純粋な子猫ちゃん!』
『黙れ』
『その見た目で子猫ちゃんは吐くわ』
痛烈な言葉をもらい、ビデオカメラの主は黙ってしまった。言葉自体は確かに棘のあるものが多いが、この三人の口調からして本気で相手を怒らせようと思っているのではないと分かる。むしろ、気心知れた間柄ではないだろうか。
『この島がやばいっていうのはうちのじいさんだけじゃなくて、ばあさんも話してたからよ。わりと信頼できる話なんだってば』
ビデオカメラの主の言葉を「はいはい」と受け流して、二人の男性は本殿へと足を進めた。
午前中と同じく大きな南京錠がかかった赤い格子扉。そして、扉の向こう側の黒いカーテン。
『でっけぇなぁ』
『まぁまぁ任せろって、俺のピッキング力を舐めんなって』
一人の男性が南京錠を前にしてかがみ、針金らしきものを鞄の中から取り出して、それを鍵穴に突っ込んでいた。手持無沙汰な男性は鞄からコーラを取り出して、一気に半分ほど飲み干していた。
『俺にも飲ませてくれよ』
ビデオカメラの主の言葉にコーラを持っている男が笑って、こちらを指さす。
『だから、一気飲みとか馬鹿なことをするなって言ったんだろ。俺の分はわたさ』
ふと。
格子扉の向こうの黒いカーテンの真ん中から、骨ばった指が覗いた。
「キャーッ!」
俺は思わず足を浮かせて、後ろに椅子ごと倒れ込んだ。
驚いたんじゃない。
隣のノゾコさんの悲鳴にビビっただけだ。
いや、ビビったの方が情けないか。
「琉斗⁉」
「ノゾコちゃん、めっちゃ高い声出るじゃん!」
いつもは俺がこけそうになっても大声で笑う己龍も、これにはさすがに心配の声をあげて、すぐに俺に駆け寄ってきた。非常に情けないことだが、俺は己龍の手を借りながら、立ち上がった。
ポータブルDVDプレーヤーの画面は大きく揺れた状態で止められていた。
「もう無理なんだけど⁉」
「うんうん、大丈夫だよ、ノゾコちゃん、落ち着こうねぇ」
果林さんがノゾコさんの背をさすり、俺は床に強打した自分の背を自分でさすった。痛い。
「本殿の中に誰かいたよな? 誰かあの中で暮らしてるとか?」
己龍は、怖い話を好んで読むくせに、あの映像に出てきた手に関しては幽霊や超常現象だとは言わないあたり、ノゾコさんのことを配慮しているのだろうか。
そういうところが女性に好感を持たれるのかもしれない。俺は悲鳴に驚いて倒れるくらいしかできない。
「人がいるとしたら外から南京錠もかけられているし、閉じ込められてるんだろうな」
「でも、神社の周りってなにもなかったよね? 己龍くんと琉斗くんが周りも確認したんでしょう?」
果林さんも幽霊だと口に出さないあたり、肩を小刻みに震わせているノゾコさんを心配しているのだろう。
神社の本殿はそこまで広くなかった。建物の形からして、中は十畳ほどの広さだろう。あの大きさなら、二つ、三つと部屋などが作られているとは考えにくい。
そんな場所に人が暮らせるか。
「何もなかったなぁ……」
「そういえば、ビデオはどうしてブレてるところで止まってるんですか?」
「手を見た瞬間、ビデオカメラを持ってる奴が叫んで画面が揺れたところだったんだよ」
ビデオカメラの主の声は全く聞こえなかった。俺の耳が悪いわけではない。隣にいたノゾコさんの大音量の悲鳴で全て掻き消されたのだ。
「ノゾコさんはとりあえず、映像は見ない方がいいかもしれないですね」
「頼まれても見ないわよ!」
目尻に涙が浮かんでいる彼女は最小限の動きで隣の丸テーブルに移動した。俺たちには完全に背を向けている。
「ささっと確認しちゃおっか」
「それもそうだな」
今が昼でよかった。もし、これが夕食後で、この後解散だったら、ノゾコさんがかわいそうだ。もしかしたら、神社の時と同じように果林さんのことを離さなくなるかもしれない。
己龍を真ん中にして、俺と果林さんがその両側から映像を覗きこんだところで再生ボタンが押された。
男の激しい息の音と服に葉や枝がこすれる音が聞こえる。遠くから「待てよ!」「助けてくれ!」とかすかに聞こえる。
ささっと見ようと果林さんが言った言葉とは裏腹に、ビデオカメラを持った男が走る映像が三十分ほど続いた。
やがて、息切れの音と共に、画面が地面を移した。地面には茶碗の欠片が落ちていた。
『なんだったんだよ……。マジでやばいものがいるとか?』
ビデオカメラが前方の様子を映し出す。
そこには木造建築の家が並んでいた。
どの家もそこまで広くはなく、さらに二階建ての建物は一つもなかった。画面がふらふらとしながら、家の間を進み、開いている家の扉から土間を映し出す。
まるで、猛獣に襲われた後のような散らかり具合。空き巣や強盗でも壁や家具を壊したりはしないだろう。
『な、なんなんだよ……』
どの家も同じような惨状で、食器は割れて散らばり、家具は倒れ、扉は壊れている。風化でないのは明らかだった。何かの意思を持って蹂躙された家屋を六軒ほど回ったところで、男性がいきなり「わぁっ!」と叫んだ。
いきなりのことで思わず肩が跳ねる。
どうやら、彼は何か見つけたようだが、見つけたそれに対してカメラを向けることはせずに村を抜け、神社とは反対方向に走り続けた。横へ縦へと画面が揺れる。
男性の嗚咽にまみれた息切れの音とばたばたと慌ただしい足の音が、一瞬、消える。
『あ』
そんな呆気ない声と共に画面が足元遠くにある岩礁を映し、続いて、鈍い音が聞こえた。
さすがのこれには果林さんも口を両手で覆っている。俺もいい気分ではない。己龍だって、ここに本体があれば、青ざめているのが分かっただろう。
そこで映像は終わった。
「見終わったみたいですね」
すぐ後ろで声がして危うく情けない悲鳴をあげそうになった。ノゾコさんは立ち直るのが早い。
「この映像に映っていた三人って、あのスレで言われてた友人三人ですかね?」
「さぁ……断定はできないわ。入鹿島の話を聞いてやってきた他の人かもしれないし」
「こんなに怖い映像だと思わなかった~! ごめんね、ノゾコちゃん! 見ようなんて言って!」
果林さんが椅子からぴょんと立ち上がり、ノゾコさんに抱き着いた。
「……さすがにこの映像は怖かったわね」
やっと怖かったと認めた。
正直俺でも怖いと思う。
夜にこの映像を見なくてよかった。
「なぁ」
珍しく顎に手を当てて、眉間に皺を寄せていた己龍が低い落ち着いた声を出した。
真っ暗になった画面を指さして、己龍はこう聞いてきた。
「誰がこの映像をこの資料館に置いたんだ?」
俺のすぐ後ろで女性二人の大音量の叫び声があがり、俺の耳は無事死亡した。
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