掲示板
弁当のからあげは肉がしっかりと詰まっていて、ジューシーでとても満足できた。マヨネーズが欲しくなったが、そこは我慢した。入鹿島から帰ったら、マヨネーズをたっぷりかけたからあげを単体で食べようと俺は心に決めた。
「あ、琉斗さん!」
ホールを通り抜けようとしたところで勢いよく玄関扉が開いた。
「源太さん、砂浜は見つかりましたか?」
パノラマを見た限り、砂浜と言えるものはこの入鹿島にはなかった。しかし、源太さんは満面の笑みを俺に向ける。
「ええ、砂浜、見つかりましたよ!」
「え?」
「琉斗さんも見つけてくださいね! じゃあ、僕はご飯を食べてくるので」
「あ、はい……」
源太さんの表情からして、砂浜が見つかったというのは嘘ではないだろう。しかし、入鹿島のどこに砂浜が存在すると言うのか。
見つけてくださいと言っていた。俺に教えてはくれない。
まぁ、あと数日もこの島にいるのだから、源太さんが見たという砂浜を見つけるのも難しくはないだろう。
「砂浜?」
「ああ、見つけてきたらしい」
「ふーん、水着は持ち物欄に書いてなかったから持ってきてねぇけど」
「泳ごうとするなよ」
「己龍さんと琉斗さんは都市伝説や入鹿島のことについて、少しも知らないの?」
そういえば、ノゾコさんの口調が最初の頃と比べるとだいぶ砕けていることに気づいた。神社で行動を共にして、彼女は俺たちのことを少しは信用してくれたのだろう。
都市伝説や入鹿島について。
入鹿島の島民が全員失踪したという話をここで出すのはやめておこう。あの話自体、十市さんが俺をからかうためについた嘘かもしれない。
それ以外で知っていることは、ないような気がする。
「あ、琉斗。あれだよ、あれ」
横を歩いている俺の肩を己龍が掴んで揺らす。
「あれってなんだよ」
「ほら、フェリー乗り場のおっちゃんが言ってたこと」
足を人魚に盗まれて、帰れなくなっちまう。
そうだ。確かに俺たちはこの入鹿島の怖い話を少しだけ人から聞いた。
「確かに、足が人魚に盗まれるというのは聞きましたけど、それだけでしたよ?」
「案外、それだけだったりするのよ」
先頭を歩いていたノゾコさんが資料館の透明なガラスの扉を開ける。先客はいない。
「都市伝説って言ってもネットの怖い話と同じようなもので、ここで調べられたのも似たような話ばかりなのよ」
資料館の端にある階段を上り、本棚のあるスペースへ行く。下からは丸いテーブルが二つあることしか確認できなかったが、丸いテーブルの周りにはこの状況を予測していたかのように四つずつ椅子が並べられていた。
本棚は、背表紙のある本がずらりと並んでいるわけではなく、ラベルの貼られたファイルがいくつかあるのみで本棚の奥の板が見えていた。
「分かりやすいのはこれね」
本棚の前にかがんだノゾコさんが一つのファイルを取り出し、俺に差し出してきた。果林さんと己龍は本棚の上の段を見上げて、何か話している。
受け取ったファイルの背表紙に貼ってあるラベルには「入鹿島都市伝説についてのスレ」と書かれている。一ページ目から説明もなく、匿名掲示板の画面のコピーがファイリングされていた。
『1:入鹿島に行った友人が帰ってこないんだが、警察に相談した方がいいか?
2:1はまず詳細を話せよ。
3:友人が行方不明なら警察に通報して終わりでよくね?
1です:友人は大学の同期三人。いつも馬鹿をやってるやつらで花火しちゃいけない場所で花火をするくらいの馬鹿。何を血迷ったか最近廃墟巡りにハマって、明日から入鹿島に行くんだって言ってから三人とも連絡がとれない。
5:ていうか、入鹿島ってどこ? 知らないんだけど。
6:今調べたけど、東の方にぽつんとある小島らしいな。元々住民が住んでいたけど、島民が行方不明になったって噂がある島らしい。
7:廃墟巡りとかマジでやめた方がいい趣味だな。まぁ、ルールも守れない馬鹿が消えたということでオケ?
1です:連絡がとれなくなって二週間も経過したから三人の家族にも連絡したんだけど、取り合ってくれなかった。元々、素行が悪いから遊びに行ってるとでも思ってるみたい。
9:その三人と仲いいの? わざわざ家族にも連絡してあげるなんて。
1です:いや、三人にそれぞれ金を貸してるから回収したいだけ。
11:草。
12:三人それぞれに金貸すとかどうしてそんなことになったんだよw
13:とりあえず、警察に連絡したら? 話ぐらいは聞いてくれるんじゃない?
14:入鹿島のことは気になるから続報待機するわ。
1です:何か分かったら報告する。』
匿名掲示板の独特のノリで話が進んでいく。入鹿島に向かった三人の友人を探す「1です」の説明が「報告する」という言葉で一旦止まるとネットの住民は入鹿島について調べ始めていた。
自給自足の生活をしていた入鹿島は本島とそれなりに交流はあったものの、滅多に入鹿島へ行く人間もおらず、また入鹿島の人間が本島に来ることも滅多になかった。
俗世と絶たれた孤島の中で暮らしている入鹿島にはもちろん、子供や若者もいたが、何故か、入鹿島から離れて出稼ぎをしようなどと思う若者はいなかったらしい。
「田舎から出たいと思うのが若者の考えだと思うけどね」
「確かに、この島には今のところ神社と村があるだけだし……」
カサゴ館は最近建てられたものだ。
若者が都会に行くよりも入鹿島にいる方がいいと思えるようなものがあったとでも言うのか。
ページを捲っていると久しぶりに「1」が文面に現れた。
『1です:一人の友人の死体で見つかりました。
325:え
326:嘘でしょ?
327:馬鹿やらかして事故死?
1です:入鹿島に近い本島の岸に打ちあがっているのが見つかりました。下半身が綺麗になくなっていたみたいです。
329:サメに食われたとか?
330:いや、あの海域にサメはいないだろ。
331:仲が悪くなって、一人を殺したとか……。
1です:警察も首を捻っていました。詳しいことは教えてくれないみたいです。
332:そりゃそうだよな……。警察が教えてくれるはずもないか。
1です:また進展があったら、報告します。』
匿名掲示板はその後、何故、打ち上げられた友人の下半身がなくなっていたのかという話になった。
しかし、死因も死体の状況も何一つ「1」から情報をもらっていないため、あれこれ考えても無駄だという結論に至り、ネット民は「1」の次の報告を待つことにした。
「私、こういうスレッド、今回初めて見ましたね。一人で夜に調べていて、後悔しましたけど」
「ウチはよく見るよ!」
果林さんがノゾコさんの隣に座りながら、そう答える。その手にはDVDらしきものが入った透明なケースが握られている。その隣の己龍の手にはポータブルDVDプレイヤーがあった。本棚の上の段にはそんなものがあったのか。ノゾコさんに差し出されたファイルが気になっていて、全く気付かなかった。
「洒落にならない怖い話とか、人のヤバい話とかまとめたスレとかたまに見ると面白いんだよね~」
「俺もよく見るんだよなぁ。怖い話のスレとか超楽しい!」
楽しそうに匿名掲示板の話をし始めた果林さんと己龍のことを信じられないものを見るかのように目を丸くして、ノゾコさんは口をぽかんと開けていた。
『1です:残りの二人が見つかりました。二人とも最初に見つかった友人と同様に下半身がなくなっていました。
456:うっっっそだろ⁉
457:まさかの三人とも下半身なしの死体⁉
1です:入鹿島へ行った警察の人が停泊した船の近くで二人の死体を見つけたみたいです。他殺だろうとは言ってました。それ以外のことは教えてもらえませんでした。
459:えー、もやもやする……。入鹿島、なにかあるのか?
460:島民が失踪してた件も気になるし、怨念とかそういう超常現象的なものが関わってくるのかもしれないな。
1です:自分も入鹿島に行こうと思います。
462:1⁉
463:イッチ! やめとけって!
464:なんで、お前まで行こうとする!?
1です:最近、入鹿島のことが気になっていて、行かないといけないと思っているんです。だから、行こうと思います。ネットが通じれば、入鹿島にいる時に状況を逐一報告しようと思ってます。』
ネット民は「やめた方がいい」と止める声がほとんどだったが、一部には「危ないと思うけど、正直入鹿島のことは気になるから行ってほしい」と「1」の行為の後押しをしようとする人間も見受けられた。
そして、「1」からの報告はこの後ぱったりとなくなり、二週間後にまたスレが動き始める出来事が起こった。
『720:なぁ、鳴波っていうところの岸に新しく下半身のない死体が出たって報道見かけたんだけど……これって、イッチのことじゃないよな?
721:え、まじ?
722:報道だと大学生の男性が下半身がなくなった状態で見つかったみたいだね。入鹿島に行くって言ってたし、イッチかも……。
723:入鹿島に行った人間は足を失うとか、そんなバカな話があるか?
724:話をぶった切って申し訳ないが、俺のじいさんが入鹿島の島民と交流があったみたいで、入鹿島のことについて聞こうとしたんだけど、足とか下半身に関して探り入れようとしたら「お前、何を知ってる!」ってすごい剣幕でまくしたてられたんだが。
725:まさかのここで入鹿島の追加情報⁉
726:詳細はよ!
727:じいさん曰く、入鹿島は人魚に呪われているって。入鹿島に近づいたら人魚に足をとられるらしいんだ。
728:河童が尻子玉をとる的なノリの話?
729:尻子玉よりもえぐいだろ。下半身全部奪われたら、控えめに言って死ぬんだが?
730:期待してもらったところ悪いけど、じいさんから聞けたのはこれぐらいなんだ。
731:じいさんに追加で質問とかできないの? 人魚のこと怖いなら、入鹿島のことを他に知っている人がいないかとか。
732:聞けないんだ。じいさんの葬式、昨日、終わったところだから。
733:ふぁっ⁉
734:秘密をちょろっと洩らした人間が死んだだと……?
735:どうだろ? じいさん、もう高齢だったから、入鹿島のことを話したのと亡くなったのはそんなに関係ないかもしれない。
736:にしたって、不気味だよな……。入鹿島に行ったら足をとられて死んじまうなんて……。』
その後、スレは鳴波漁港で聞き込みをした人間に移った。どうやら、鳴波漁港では十数年に一度、下半身のない幽霊が出てくるという噂が広まっていた。それ以上の情報はなく、スレは終わったみたいだった。
「不気味でしょ? 夜中じゃなくてよかったわね」
「俺はノゾコさんほど怖いものは苦手じゃないので大丈夫ですよ」
「誰も怖いなんて言ってないでしょ」
もうすでにノゾコさんが怖いものを苦手だと俺たちに知れ渡っているんだから、今更見栄を張らなくてもいいのだが、彼女にもプライドがあるらしい。
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