民謡の完成
予定通り、俺は緑茶を自分の手元に置いた。食堂の長机は四人で話をするのには適していないが、飲み物が豊富にあるのはここのみなので文句は言えない。
とりあえず、疲れているノゾコさんを座らせて、その隣に俺が座り、今回神社で見たプラカードの内容を自分の入鹿島調査ノートに書き写した。
俺とノゾコさんの両脇に椅子をぴったりくっつけるほど寄せて、俺の隣に己龍が、ノゾコさんの隣に果林さんが座って、俺の手元を覗き込んでいた。
「合体させるんでしょうね」
「残りの民謡は神社で見つけたこれで全部だと思うんですけど」
ノゾコさんが梅昆布茶を口に含む。テーブルに肘をついた手で額を抑えると彼女は呻き声のようなものをあげた。
「子供にとんでもないものを作らせるんじゃないわよ……」
本当に神社で見かけた人形小屋が嫌いらしい。
俺もあのような不気味なもの、あまり触りたくなかった。ノゾコさんの進言によりカサゴ館に戻ってきた後、全員、洗面所に行き、入念に手を洗うことになったから、多少、すっきりはしたが。
それでも、何かよくないものが手にまとわりついているような、そんな気味の悪い感覚がする。
この感覚は蜘蛛の巣に顔から突っ込んだ後、いつまで経っても蜘蛛の巣の切れ端が顔に残っているのではないかと感じるあの不快さに似ている。
「まだお昼じゃないのに、すっごい疲れちゃった!」
果林さんが両手の指を組んで天井へと向け、伸びをする。
「なぁ、これ、交互に読むんじゃないか?」
俺の入鹿島調査ノートの文字に己龍を指を置く。
「いから始まる方が先で」
両手ともに人差し指を立てて、入鹿島調査ノートの文字とプラカードの文字を一文字ずつ指しながら読み上げて行く。
「い、る、か、い、る、か……当たりだろうな」
「ちょっと読み上げてください。書きますから」
謎解きの方法が分かったノゾコさんがいきなり調子を取り戻して、小さな手帳とペンをポケットから取り出した。
俺が一言ずつ順番に読み上げ、ノゾコさんが聞いた音をメモしていく。
するとなんとなく、読める文章が完成した。
「いるかいるか、どこにいるか、まだでてこない
いるかいるか、人魚はどこだ、まだでてこない
戌が吠えてやっと、いるかいるか
背を出す、足を出す」
確かに民謡と言われれば、民謡かもしれない。
出来上がった民謡が書かれた手帳をノゾコさんが果林さんに手渡すと、果林さんはせっせと自分の入鹿島調査ノートにそれを書き写して始めた。
「それで、この謎を解かないといけないのよね」
数字になりそうなものはない。しかし、四行ならば、どうにか四桁の数字にできはしないだろうか。
数字が答えながら、資料館にあった鍵がおさまったケースのナンバーロックを解除できるかもしれない。
ナンバーロックが四桁の数字かどうかも分からないまま考えても仕方のないことだとは思うが。
「足ってあのことよね?」
果林さんが写し終わり、今度は俺の手元にノゾコさんの手帳が回ってきた。俺は己龍と俺の間に手帳を広げながら、ノゾコさんの言葉に疑問を覚える。
「あのことってなんですか?」
「ほら、都市伝説の話よ」
まさか、ここにもルールを破ろうとする人間がいたのか、と思わず目を丸くする。
「だよねぇ、マジヤバなんだけど~」
果林さんもノゾコさんの言葉に同意をする。
まさか、一緒に行動していた二人がすでに都市伝説のことを調べ済みだったとは。
「二人とも都市伝説について調べたんですか?」
俺が純粋な疑問を投げかけると果林さんもノゾコさんも目を丸くした。
「むしろ、調べてないの?」
「なるべく調べないようにって送られた書類に書いてあったので」
「それでも普通気になって調べるでしょ?」
「……」
俺か? 俺の方が間違っているのか?
「それでも、本格的に調べるのはよくないと思って、私も軽くしか調べてないわよ。都市伝説について詳しく知ったのは、入鹿島に着いてからだから」
ノゾコさんの言葉に安心したが、結局調べたのには変わりないとすぐに気づいた。
「己龍くんも調べてないの?」
「まったく」
ノゾコさんと果林さんが顔を見合わせる。
「それじゃあ、入鹿島資料館に昼ご飯の後、行こうよ!」
入鹿島資料館。
確か、吹き抜けの二階部分に壁に沿うようにして、本棚や椅子やテーブルが置かれたスペースがあった。都市伝説の資料があるとすれば、あそこに違いない。
飲み物を数度おかわりして、話に花を咲かせているとなんとノゾコさんが俺が今まで参加した謎解きゲームのいくつかに参加していたことが分かった。
思わぬところでノゾコさんとの共通点が見つかり、俺と彼女は果林さんと己龍を置いてけぼりにするほどの熱量で語り合ってしまった。
落ちついたのは、姫子さんと魚澤さんが食堂に入ってきた頃だった。
「あら、皆さん、ここにいたんですね。今からお弁当を用意するので待っていてください」
「謎解きは進んでますか?」
姫子さんはキッチンの扉の奥へとさっさと消えてしまい、魚澤さんは俺たちが開いている入鹿島調査ノートを覗き込んできた。
「少しずつ進んでます」
「それはよかったです」
魚澤さんは俺の受け答えに満足すると、姫子さんを追いかけてキッチンの奥へと行ってしまった。
昼食は、からあげ海苔弁当だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます