入鹿島の神社
自分の入鹿島調査ノートを取りに行った己龍と、まだ食堂に現れていない果林さんをホールで待ちつつ、次の謎を確認する。
入鹿島調査ノート、三ページ目。
『民謡の残りを見つけ、謎を解こう!』
問題文の下には、正方形の枠があり、その中に四行ほど文字が並んでいる。
「いかるどにるまでこい
るいか魚どかだてな
犬吠てっかる
背出足出」
声に出して読んでみるが、明らかに足りない文字。
問題文にも残り半分を見つけるように書いてあったので、これだけでは民謡として成り立たないのだろう。
そして、気になることに、三ページ目の右下に小さな文字で、『ヒント』と書かれた文章が存在した。
「残りの民謡は骸の山の中にある、か……」
骸とはあまりに物騒な文字ではないか。
都市伝説は具体的に調べていないが、神社から帰ってきたら調べてみよう。昨日も結局資料館を隅々まで調べたわけではない。それに、資料館にはナンバーロックのかかった鍵がおさまったケースがある。
まだまだ資料館には足を運ばないといけないだろう。
あの鍵を使わないのなら拍子抜けだが。
「あれ、まだ果林ちゃん来てねぇの?」
「ああ、まだだ」
「ふーん。女性だから、支度が長いんだろうな」
果林さんがやってきたのは、八時半頃だった。彼女は「ごめんごめん」と両手を合わせて、謝ってきたが、彼女の謝罪よりも、俺は彼女が肩からぶら下げているぱんぱんに膨らんだ鞄の方が気になった。
「入鹿島調査ノートだけが入ってる……ってことはないですよね?」
「よく聞いてくれましたぁ~! 実はこれの設定とか起動に戸惑ってたんだよねぇ。全然電源が入らなくてさぁ~。まぁ、充電してなかったってオチなんだけど」
彼女はぱんぱんに膨れた鞄から、ビデオカメラを取り出してみせた。スマホは禁止だが、このような機械は許されるか。先ほど、源太さんもデジカメを持っていたことを思い出し、自分も持ってきてらよかったと思う。
「今日は神社に行く時の様子もこれでばっちりおさめちゃおう! ってな感じでね。ほら、私っていつも撮影してるからさ。何かあるなら撮っておきたいし、入鹿島の謎解きゲームに参加しました~って動画あげたいし」
「えー、それネタバレになんない? 主催側に許可撮った?」
己龍の心配は最もだ。お化け屋敷などでも、撮影禁止や録音禁止の注意事項が設けられている時がある。他の謎解きゲームでも録音や撮影はご法度だ。
「あ、言ってなかったっけ? 今回撮影した内容を編集して、謎解きとか重要な場面はカットした動画を主催に送ってオッケーもらったら、ウチの方で動画をアップする許可もらってんの」
さすが、動画配信者。
俺たちが心配しているようなことはもうすでに確認済みだったようだ。
「姫子ちゃんは前からウチの動画を見ててね。今回、私が入鹿島に来ることになったからよかったら動画にしてほしいって言われたの。ゲームの宣伝にもなるしね。私は話題のゲームを体験した動画が撮れるし、最高!」
姫子さんも果林さんも強かというか、計算高いというか。
「それじゃあ、行こっか!」
「俺が映像撮ろうか? 配信主が映ってた方がいいでしょ」
「あ、己龍くん、やっさし~! お願いできる? 二人とも映りたくなかったら、カメラの後ろにいてね」
不特定多数が見る動画に参加しろと言われたらどうしようかと思ったが、どうやら、俺と己龍を無理やり参加させる気はないらしい。
「あ、普通に喋ってくれて構わないからね。ていうか、私だけだと謎解き全然できないから助けて!」
「分かりました」
「俺も分からないから、琉斗がなんとかしてくれるさ!」
「おい」
果林さんは俺と己龍のやり取りにけらけらと笑い、俺たちは神社への道を進むことにした。
昨日、パノラマの入鹿島を見たから、西に神社らしきものがあるのは分かっている。
カサゴ館を出て、右手へ進むとやはり、林の中にまっすぐと道が続いているのが確認できた。看板などが一切ないのを見るに、パノラマを見ないと自分たちが歩いている道がどこに続いているのかも分からない状態だったのだろう。
土を踏み固めた道を歩いているうちにちらほらと地面に丸い石が埋まっているのに気づいた。丸く平べったい石は、どんどん数を増していき、やがて、石畳に俺たちは辿り着いた。神社が近いのだろう。
「そんなに歩いてないかな? 結構歩いた? どちらにしろ、ちょっと休憩~!」
果林さんが鞄の中から水の入ったペットボトルを取り出して、飲み始めた。右手首の腕時計を確認する。カサゴ館から出て、二十分ほど経っている。
石畳の先を見ると、石階段と赤い鳥居が見えた。
ついでに石階段の真ん中あたりに座ってうなだれている人物も見えた。
「あれ、ノゾコさんじゃないですか?」
「あ、ほんとだ。おーい! ノゾコちゃ~ん!」
果林さんが片手をあげて、大声で呼びかけると、ノゾコさんが顔をあげた。昨日のこともあるから、もしかしたら果林さんを避けて逃げるかもしれないと思っていると案の定、彼女は立ち上がった。
そして、ずんずんと俺たちに近づいてきた。
え、近づいてきた?
「いいところで会いましたね」
ノゾコさんは目を丸くしている果林さんの手首を掴むとこちらの話も聞かずに神社の方を向いた。
「一緒に探索しましょう」
「え? ノゾコちゃん、昨日も俺たちの誘い、断ったじゃん」
昨日の誘いということは俺が十市さんと話している時に一緒に行動しないかと誘ったのだろうか。確かに、ノゾコさんは謎解きを一人で楽しみたいタイプだ。俺たちと一緒にいなくてもいいと思っていただろう。そんな彼女が何故、急に一緒に行動しようと言い始めるのか。
「そうだよー。果林ちゃん、謎は一人で解くものですから、キリッ! ってウチ達の誘い断ったじゃん。別に一緒に行動してもいいけどさ」
「いや、謎解きは好きですし、できれば、一人で解きたいですよ。でも、なんていうか、神社とかこういう社があるとおどろおどろしいというか、そもそも二問目のヒントの骸ってなに? 怖い漢字を使えば、単独行動しないとか思われてる? 都市伝説モチーフといえど、本当に神社をゲームに組み込むなんて聞いてないんだけど」
早口で息継ぎもなく勢いのみでそこまで言いきったノゾコさんの背中を果林さんがさする。どうやら、神社の雰囲気が怖いらしい。
「そういうことなら、一緒に行こ! ウチも己龍くんと琉斗くんがいるから怖くないよ!」
「別に怖いというわけでは……」
「怖くないの? 一人でも大丈夫?」
「怖いです」
ノゾコさんは観念して、果林さんの袖を掴んだまま神社の石階段へと向かった。
俺と己龍は先に石階段を上り、己龍は上から果林さんがあがってくるのを撮る。ノゾコさんも己龍がビデオカメラを回していることには気づいているが、ビデオに映らないことよりも怖さを軽減させる方が優先なのだろう。
「確かに怖がるのも分かるかもしれない」
俺は呟きながら神社を見回した。本殿の赤かったはずの柱などはところどころ黒くなっている。境内の枯れ葉などは長い間、誰も掃除をしなかったからか、石畳が隠れていて見えないほどだった。
本殿には大きくて黒い南京錠がかけられている上、黒いカーテンらしきものが障子のような木の格子の向こうにあり、中を見ることができない。
「これこれこれ! これ! 見た瞬間、引き返して、足の力抜けて、階段で座り込んでたんだから!」
石階段を上りきったノゾコさんが指さしたのは石階段をあがって、すぐ左手にある小さな社だった。赤い格子の扉があり、外から留め具を外すと扉を簡単に開けることができる。
「……骸ってこれのことか?」
赤い格子の向こうには人形が壁一面、床一面ぎっしりと詰まっていて、そして、その上にさらに人形が積み重なっていた。どれもこれも店頭で販売されている人形ではなく、手作りで布を縫い合わせ、綿を入れ、適当に毛糸を使い髪や目を付けた不格好なものばかりだった。一つも同じものはなく、しかし、全て、人型の人形で、なおかつ、両足が赤い糸によって、縫い付けられていた。
「そうみたいだな……。ていうか、己龍、お前、ちゃんとヒントまで読んでたのか?」
「ひどいな! 俺だってゲームと言われたら楽しむって!」
「ヒント通りならこの中に民謡の残りがあるんでしょう? 開けようよ」
「わぁ! 近づかないで!」
ノゾコさんはできるだけこの不気味な社には近づきたくないようで、扉を開けようと足を踏み出した果林さんの手を後ろへと引っ張る。
己龍はビデオカメラを社に向けている。
どうやら、開けるのは俺しかいないようだ。
「……分かりました。俺が調べますから」
少し錆びついていて、固くなっている留め具を外して、赤い格子戸を開く。できれば、ビニールの手袋があればよかったんだが、贅沢は言っていられない。
「……うわ」
積み重なった人形をかき分けていると、縫い方が甘かったのか、それとも長年放置されていたからか、綿が出ている人形がいた。赤い綿が出ていて、不気味さが増していく。
間違いない。
ここが巻物にも記されていた人形小屋だろう。子供たちが作った人形をこの小屋へと納めていたのだ。
できれば、あまり触りたくないなと思っていると、表面がつるつるとした何かに手が触れた。布と綿の感触ではない。
それをしっかりと掴んで、人形の山から手を引っこ抜く。
「あ」
「プラカードだ」
人形の山の中から出てきたのは、一辺十五センチほどの正方形のプラカードだった。そこには文字が四行ほど印刷されている。プラカードをみんなにも見せようとするが、プラカードの右上に開いていた穴から小屋の奥へと伸びている紐がピンと張り、小屋の中からプラカードを外に出すことはできなった。
「ほんと、罰当たりすぎない……? ここ供物を納めるところでしょ? 巻物でも子供たちに作らせて、儀式の時にここに納めたって書いてたし……」
確かに、謎解きゲームに使うとしても、供物置き場にヒントを隠すのは罰当たりだ。こんなことをして、呪われないか不安になる人だっているかもしれない。
「とりあえず、これ以上引っ張れないのでもう少し近づいてくれませんか?」
「無理無理無理」
ノゾコさんが果林さんの腕を掴んだまま、首を勢いよく横に振る。
「じゃあ、己龍、これを撮ってくれ」
「りょーかーい」
己龍はビデオカメラをプラカードに近づけた。これでノゾコさんも果林さんもこの小屋に近づかずに謎解きができるだろう。
「この社についてはもう終わりよね? もう神社に来なくてもいいのよね?」
「まだ本殿がありますよ」
俺が南京錠のかかった本殿の扉を指さすと、ノゾコさんの顔がさらに青ざめた。
「嘘でしょ……」
「とりあえず、この神社に他になにがあるか確認した方がいいんじゃね?」
源太さんも謎解きではなく、散歩をしているのだ。俺たちもゆっくり散策をしていいだろう。この物々しい雰囲気の中、ゆったりと散策できるとは到底思えないが。
俺と己龍が神社の後ろまで見て回っている間、ノゾコさんと果林さんは石段の一番上の段に座って待っていてもらうことになった。
「この神社、色々足りなくねぇか?」
「おみくじとかお守りを売るところか? 小さい島だったんだから、神社がお守りを売る必要がなかったんだろ」
「おみくじ売る必要がないなら、おみくじ結ぶ場所もいらないな」
己龍の指摘ももっともだ。
この神社は足りないものが多すぎる。
お守りやおみくじを売る建物もない。神社として一番奇妙なのは賽銭箱がないことだ。
建物は本殿が一つあるだけで他は人形小屋が一つ。
俺たちが首を捻りながら、神社前に戻ると「ねぇねぇ」と果林さんが手招いてきた。
「気づいたんだけど、この神社、狛犬じゃなくない?」
彼女が指さした方向へと視線を向ける。
狛犬がいるべき場所には、しゃちほこを上下反対にしたかのような物体がのっていた。怖い顔をした魚という表現が一番正しいだろう。ここにしゃちほこがあるわけないのだから。
「他に何もなかったんだったら、帰らない……?」
ノゾコさんがげっそりとしながら、怖い魚の像を見上げることもなく、提案した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます