医学生
夕食を食べ終わった俺は空になったプラスチックの弁当箱を用意されたゴミ袋に放り込んで、席に戻るとまだ中身が半分残っているペットボトルのミルクティーを飲みながら、クリアファイルを手元に手繰り寄せる。
ファイルの中にはさらに小さい「入鹿島調査ノート」と表紙に書かれた冊子が一つ、メモ用紙と書かれた薄い二つ折りの紙が一枚。そして、備え付けの小さな筆記用具がついていた。よくアンケート用紙を渡される時に一緒に紙に挟まれてついてくる小さな鉛筆の芯のようなものが先についた物。
「お、もう謎解き開始すんの?」
「お前もやるんだよ。なんのためにここに来たんだ」
俺の傍に椅子ごと寄ってきた己龍に思わずため息をつく。
「もちろん、謎解きの抽選に通ったから来たけどさ。俺が謎解きできると思うか?」
「できると言えばできるだろ。お前はただ考えてないだけなんだから」
「それは過大評価っていう奴だ。お前の目がおかしいんだよ」
己龍は舌を出して、肩を竦めた。
どうにも馬鹿にされているようで腹が立つ。
他の参加者たちもファイルの中身が気になるようで、ノートを開いていたが、髭の剃り残しがある男性だけはクリアファイルを持ってさっさと食堂から出て行ってしまった。
俺は「入鹿島調査ノート」を開く。
『入鹿島にはとある都市伝説が囁かれている! そんな島で目を覚ました君たちはこのノートを見つけるだろう。都市伝説もこの島で本当にあったことも知らない君たちにはヒントを残す。ノートに書かれたヒントに従って、この島の秘密を解き明かしてくれ!』
最初のページには手書きのようなフォントの文字が書かれていて、その文の下には「入鹿海成」と書かれていた。この文章を書いた人間の名前だろうか。
それにしても、と思う。
危険や秘密を伝えるためにヒントを残すなど普通するだろうか。俺だったら、伝えることがある相手にはきちんと簡潔に物事を伝える。
もし、残した文章が他人に見られて困るようなものだったら、ヒントを残すだけにするかもしれないが。そのヒントを頼りに目的の人物以外の人間に秘密が知られたら目も当てられない。
「この人の苗字も入鹿だな」
「そこは入鹿島に寄せてきたんだろ」
「それもそうか」
次のページにはなぞなぞが書かれていた。
『同じ意味を繋げて、目的の場所を見つけよう!』
そのページにはバラバラに白い丸が散りばめられており、その丸の中には「巫女」「入鹿」「人魚」などの文字が書かれていた。同じ意味を繋げろというのはそのままの意味だろう。
文字の入った白い丸は全部で二十個。
「カサゴ」「人魚」「子供」「海の神」「大人」「人形」「恵み」「足」「魚」「太陽」「島民」「入鹿」「赤い糸」「血管」「魂」「アナゴ」「巫女」「波」「サンゴ」「砂」
この中のどれとどれが同じ意味で、そこから何が分かるというのか。
「え、分かんないんだけど~! ねぇ、ノゾコちゃん、分かる~?」
「お手洗いに行きたいので先に失礼します」
果林さんが隣に座っているノゾコさんに話しかけようとして、あっさり振られていた。
その様子に思わず己龍が笑い声をあげて、椅子から立ち上がって、果林さんのことを慰めに行く。
「あの、参加者の方ですよね。僕よりも後に来た」
ふと、横から話しかけられて、俺は振り返り、源太さんの方を見た。
やはり、俺たちが食堂に最初に来た時には彼はぐっすり寝ていたようだ。
「僕は杉白源太です。よろしくお願いします」
「俺は柳川琉斗です。こちらこそ、よろしくお願いします」
彼が差し出してきた右手に俺も右手を出す。
俺よりも背が低く、小柄で人懐こそうな顔の彼は嬉しそうに微笑んだ。彼も俺と同じくテーブルの上にノートを広げていた。
「分かりませんよね。同じ意味を繋げてって言われても……」
俺の視線に気づいた源太さんが手を離して、自分のノートを俺と彼の間で広げる。
「この入鹿とか、人魚とか、カサゴとかはいかにも入鹿島って感じですけど、意味が一緒っていうわけではないと思いますし……」
「そうですね。こういうのは何か他にヒントがあるかもしれないです」
「ヒント?」
それぞれの文字をローマ字に直しても共通点はない。いや、少しはあるかもしれないが「同じ意味」にはならない。
他の謎解きゲームをした時に同じようなことがあった。
謎解きで指定された場所に行かないと謎解きに必要な前提条件が分からない。そして、指定された場所に行くと謎解きに必要な残りの条件が分かり、謎解きの続きができる。
例えば、謎解きの文章の残り半分の文章がその指定の場所にあったり、その謎解き会場での説明パネルの中に謎解きに必要な図形や文章などが書いてあったりする。今までいろいろな謎解きゲームに手を出してきたのだ。これくらいのことは想像できる。
「じゃあ、この入鹿島でそのヒントを見つけるんですか? ノートの他のページから謎解きをするんじゃなくて?」
「他のページも一応確認しておいた方がいいかもしれないですね。もしかしたら、今回の謎解きゲームはノートのページの順番通りに解く必要はないかもしれないですし」
今まで体験した謎解きゲームの中に、冊子などのページの順番を無視したものはなかったが、もしかしたら、今回は順番を無視していいかもしれない。
たまにはそのような謎解きゲームがあってもいいんじゃないかと思う。
「じゃあ、他のページも確認してから謎解きを始めようかな……。ありがとうございます。琉斗さん。お互い、行き詰ったら協力しましょうね」
「分かりました。そういえば、姫子さんに聞きましたけど、源太さんって医学生なんですか?」
俺の質問に彼は少し照れくさそうに後頭部を手でかきながら、視線を逸らした。
「お恥ずかしながら……でもまぁ、当選したのがうれしくて学業をほったらかしにして、こんなところまで来てしまう時点で察してくれると思うんですけど」
何を言うか、医大に入れるだけでもすごいと思うのに。
「自信を持ってくださいよ。ゲームに当選したからには楽しみましょう。謎解きゲームに応募するくらいだから、源太さんも謎解きが好きなんですよね?」
「はい、好きです!」
源太さんは恥ずかしがっていたことを忘れたかのようにしっかりと俺の目を見て、そう言った。謎解きが好きな人間とこうして話せるのも謎解きゲームに参加する醍醐味かもしれない。
「じゃあ、この島にいる間は学業のことは忘れましょう」
「それもそうですね。僕、すごいワクワクしてきました! 琉斗さんよりも先に謎解きしちゃいますね!」
おっと、それは宣戦布告か?
「受けて立ちますよ」
「それじゃあ、僕は自分の部屋でじっくり謎解きすることにします!」
興奮冷めやらぬと言った表情をした源太さんは勢いよく椅子から立ち上がり、そのまま、力こぶを作るかのような動きを数度してから食堂から出て行った。
頑張ります、と俺に伝えたかったのだろうか。俺はひらひらと手を振って答えた。
振り返ると、己龍と果林さんが俺のことをじっと見ていた。
「……なんだよ」
「いやぁ、俺も果林ちゃんと仲良くなってる手前、何も言わねぇけどさ」
「友情、育んでるね~」
俺は思わず二人から顔を背けて、手元のノートを睨みつけるように視線を落とした。
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